鉄仮面姫②
美しい美しい美しい。
手に、入れたい。ナニを差し出してでも。
「ひぃ…!」
一歩踏み出すと、カノジョがが悲鳴をあげて後ずさる。
ウレしい。自分のことをイシキしてくれている。
……何言ってんだぼく!?
僕はその場で土下座して頭を打ちつける。
痛いが、こうでもしていないと『美しい』ということ以外わからなくなる。
「逃げ……っつ!」
体が勝手に動く。
顔が、カノジョの方へ向く。
目を必死に瞑る。しかし、無理やり顔がいうことを聞かない。
「がぁあ……」
目が開く。その視線の先には、二つの黄色い目。
バチン!!と大きな音がして、僕の頬に痛みが走る。
遅れて、ビンタされたのだと気づいた。
「きさ、らぎ……?」
「ええ、如月です」
そう言って彼女は立ち上がり、俺の背中に蹴りを入れた。
痛ったぁ!?
「……何をしていらっしゃるのでしょうか、タチ凪くん」
「ちょっと、待て……“太刀”の発音おかしかったぞ今!」
僕の言葉への返しとして如月は、ジトッとした視線で刺してきた。
今度は心が痛い。
そのまま数十秒が経過し、満足したのか如月は小野さんの方を向いた。
そして姿勢を正し、45度最敬礼のお辞儀を披露した。
「こんにちは、私は如月栞と申します。今日はこちらの“メイちゃん”が大変迷惑をおかけしたみたいで……すみません」
お前は僕の母か?とでも言おうとしたが、小野さんから見れば自分がとんでもない変態だということを理解しショックだったため、何も言えなかった。
「いえいえ……こちらこそすみません。私も教室で着替えるとか不注意でしたし」
「そうですよね、不注意ですよね。今度から気をつけてください」
「あ……はい…すみません。出ていきます……。」
そう言って、小野さんはそそくさと服を着て教室を出て行った。
……よくよく考えれば如月のせいじゃねえかよ。
まあ確認しなかった僕も悪いからおあいこか。
それはそれとして……。
「おい、如月!あれは……“アトギ”だよな!?そうだよな!?」
「うるさいですね……。地べたに這いつくばっているのがお好きならこのまま話しますが、あなたがアメーバでないなら座るか立つかしてください」
そう言われて、自分がまだ教室の床と抱き合っていたことに気づく。
何だか少し、名残惜しい……気分もあったが、普通に立って自分の席に座った。
如月は……新聞読んでる。
「座ったぞ!今更立ってて欲しいっていうのはキャンセルな」
「今いいとこなのでちょっと待ってください」
……新聞に、そういうのあるのか?
まあ、時間ができたし今のうちに、アトギについて振り返るか。
アトギっていうのは、“言霊と御伽話”が繋がって生まれてしまった者だ。
人は、よく自分の願いを口にだす。それは言霊となって魂を持つ。
すると言霊の願いと同じような御伽話がそれと結びついてしまい、人ならざる何かができる。
この何かを僕らは『悪伽』(アトギ)と呼んでいる。
こいつらは、放っておくとその宿主を乗っ取ってしまうのだ。
でも、乗っ取る時には兆候がある。
例えば、その悪伽の力が溢れて、周りの人に影響を与えたりとか……。
さっきのは、多分これに当たるだろう。
「……あったあった。おーい、タチ凪君見つかりましたよー」
「何がだよ?あと“タチ凪”はほんとにやめてくれ」
僕の意見をスルッと無視し、新聞の記事を見せてくる。
そこには、こう書かれていた。
『凛輪町で乱闘騒ぎ、何が原因か』
凛輪町はまあまあ遠くの町である。何なら県も違った気がするぞ……?
ここは御伽町の御伽高校だしなんの関係があるんだ?
「え?気づきません?」
「……まさかさ、小野さんがそこから御伽高校に転校してきたとか言わないだろ」
「な〜んだ。わかるじゃないですか」
それは……最悪なんじゃ?
悪伽は、宿主の罪悪感とかを吸収して成長する。
つまり。
「多分、ギリですね……おかしいと思いませんでした?まだ4時半です。外では野球部が練習していて、文化部の方もたくさんいます。そんな状況で麗しき女子高生が着替えますか?いくらカーテンが閉まっているといえど、鍵も閉めずに」
「……まだ、よほどのMって可能性も」
「じゃあ、わざわざ鉄仮面なんてつけてきますか?最初からさらけ出せばいいじゃないですか」
「確かに」
納得しちゃったよ。
どうしよう。
「どうしましょうか、マジで。このままだと町ごと“私のために争わないで”が起きますね。あちゃー」
「あちゃー、で片付けられるもんじゃねえ!?」
僕は立ち上がって彼女にツッコむ。
さっきの変態って呼ばれていたのが全部吹き飛んでしまった。
もう厄介ごとはキャンセルだって去年言ったはずなのに!
「タチ凪君」
「……何だよ?」
もう、僕の頭はこんがらがっていた。
名前のイントネーションの違いも指摘できないほどに。
もう、諦めてもいいだろう。
そうだそうだ、別に僕がやらなくたって……。
「諦めてもいいですが……お礼の“森の妖精さん達の人形”もらってないです。よって契約違反でゲームが1日1時間しかできない県に飛ばされるので覚悟を」
「おっしゃやってやろうじゃねえの!」
僕はビデオゲームを生きがいの一つとしている。
故にゲーム1日1時間条例のあるK県には住めないのである。
「といっても。あれにくっついてる御伽話はなんだ?有名な奴っぽいけど」
「美人、皆を虜にさせる、小野美月……月」
「月といったら……“かぐや姫”」
かぐや姫。中学高校と古典で散々苦しめられる『竹取物語』の現代における表記である。
簡単なあらすじは調べてくれ。ここに書くと文字量がすごいことになる。
「それですね。じゃあ……それから二つ名をとってください」
「……またこれか」
宿主と悪伽を分ける方法は以下の通り。
①悪伽に二つ名をつけて宿主の前で呼ぶ。
②そうすると呼ばれたと勘違いした悪伽が出てきて、襲いにくる。
③それを何とかする。
今は①のところだが、二つ名をつけるためには厨二を心に宿さなければならない。
「今回は……“美人”というのがキーワードになってそうですね。小野さんの願いもわかればいいんですけど」
「美人ねぇ……麗しの令嬢、とかどう?」
「麗しって……何百年前ですか」
「お前さっき“麗しき”っていってたじゃねえか!?」
騒ぎ立てながら、悪伽の二つ名を決めてゆく……。
ちなみに、如月はネーミングセンスが壊滅的なので、実際はほとんど僕の案である。
「ふふ……明日が楽しみですね、太刀凪君?」
もうやだ。