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第84話 焦撃波

 悲鳴のような声を上げ、冷静さなど消し飛んだかのように、残り6頭の子攫(こさら)いイヌは襲い掛かってきた。


「出来るだけ血を流すな!」


 カミーラがそう叫んだ。返事をする者はいないが反発も無い。

 体の前で盾を構えていたマトウィンは、その下半分の刃状になった縁を使ったりせずに跳びかかってくる魔物をはじき返している。


 子攫いイヌは仮想レベル10前後で低級魔物に属する。とはいえ低級魔物と言われるは10台前半くらいまでであり、つまり低の中では上位に居る。大人でも体の柔らかい部分なら喰いちぎられる。

 マクシムは指先まで覆われた蛇腹手甲で拳闘のようにして戦っている。空中で複数回殴られた子攫いイヌは地面に落ちて後退(あとずさ)った後、今度は地を這うように駆けて足元を狙ったが、やはり姿勢を低くしたマクシムの地を這う拳ですくい上げられすっとんで行った。


 【不破】のキリルが一頭を持ち上げ、その首を両手で締め上げている。前足後ろ足の爪で制服が引っ掻かれている。だが装備しているのは≪鎧装強化≫の異能で強靭化された、防具としての性能がある制服だ。胸部には白鉄板も張り付けてあり、内側は軽鋼の鎖鎧になっている。低級魔物の爪でどうにかなることは無い。

 イリアたち中央の三人の左側、ぽっちゃりした隊員の振るった特殊鉄棍で一頭の前足が叩き折られたようだ。地面を転がった魔物はさらに蹴飛ばされ、カミーラの魔法のせいで未だにびくびくと震えているいる仲間の、その傍らで立ち上がった。だが痛みのためか、運動機能的な問題か。動けずにいる。

 キリルに絞められていた一頭が、だらりと力をうしなった。


「いけましたね、もう勝ったのでは?」

「……」


 カミーラは西の方。ビソキオスト山とは反対側の森を見ている。


「まずいな……」

「はい?」

「マクシム! 共生種だ! ルーメン! ちゃんと索敵に集中しろ!」



 イリアたちは今、周囲よりも2メルテほど高くなったのっぺりした丘の上に居る。その位置で戦えるように、マクシムたちは調整しながら移動したのだろう。

 そして西側。膝丈の雑草の生える平地が数百メルテ広がっているそちら側は見通しがいい。

 その半ほどの距離に灰色の獣の群れ。草をかき分けるように四つ足で駆けてくる。数が多く、明らかに10頭以上。

 さらにその後ろから、形状の異なる灰色の何かが、やはりこちらに向けて走ってきていた。

 違和感のあるその動き。4本の脚で駆けながら、ときおり立ち上がって後ろ脚だけで走ってくる。


「共生種ってなんです」

「言葉の通りだ。ちがう種類の魔物がお互い利用しながら暮らしてる。蟲みたいな魔物だとよくある」

「でもあれは……」

「逆に、かなり賢い魔物同士でもそれをやる場合がある。子攫いイヌは社会性を持つくらい賢い。そして、あれは(つの)ザルだ」


 イリアの人生において、重要な局面で現れた2種の魔物。

 それらがお互いに助け合い、計30頭もの群れとなって向かってきていた。



「ジゼル頼む、ウチの『新式紫電(レシデンジーヴィ)』はあと一回しか使えない。本当はもっとだが、あれだ」

「わかりましたわ!」


 使おうと思えば、【魔蝕】の性質によってステータスを削りながら撃つことは出来るのだろう。だがカミーラはおそらく格闘戦で戦うことも得意としているはずで、ステータスが削れるとそちらが機能しなくなる。


 ジゼルは胴衣の懐から銀容器を取り出して、親指で蓋を開けた。

 純銀を通じてマナを燃料に込め、火精霊(ヴルクン)にそれを捧げる。


「エルク ファンシルフェ、ファナンタス ゼル ヒェローン——」


 聞こえてきたのは風精霊(シルフェ)への呪文。以前雑談で聞いたことだが、どちらかといえばより相性のいい精霊に対して思考詠唱をし、発声詠唱をするのは比較的慎重になるべき精霊に対してであるらしい。【火の導師】であるジゼルが火精霊に相性がいいのは言うまでもない。



 戦闘小隊員が魔物からイリアジゼルを守るための隊形を解き、西側正面を開ける。北側、最初に襲ってきた11頭は既に無力化されている。

 足の速い子攫いイヌが先にこちらに接近。その数は十数頭。距離はもう10メルテを切っている。

 ジゼルの伸ばした両腕の先に、銀容器から霧のように吹きだした燃料。そこに集中するように吹く風と混じって半透明の球体を形成した。

 キーンと耳に触る音が球体から発せられ、一抱えほどの大きさまで数秒で膨らんでいく。


「——パレス マナヴァーセ。ビノ、アルダレヴィーコ!」


 ジゼルの声で高らかに唱えられた呪文。

 球体は一瞬にして真っ赤に燃え上がり爆発した。腹に響く音が辺り一面に響き渡る。

 ジゼルの目の前まで迫っていた子攫いイヌは爆風で信じられないほどの距離を吹き飛んだ。宙を飛び、あるいは地を転がって十数メルテ、やってきた方向に叩き返された。

 何が信じられないのかと言えば、イリアたち味方側には爆発の影響がなかったのだ。音で耳が少し遠くなっているが、風はむしろ反対側、魔物の群れが居る西に向かって吹いたくらいである。


「見事だ!」


 針のような刺剣を持った剃り上げ頭の隊員がジゼルの魔法を称えた。

 戦闘小隊員の大半が、群れを追い返すべく緩い坂を駆け下りて行く。

 残っているのは【耳利き】ルーメンと覆面のような皮兜のキリル。そしてイリアジゼルとカミーラの5人。


 数では向こうが4倍近いのだが、まだ『凶化』していなかったらしい角ザルを中心とした群れは小隊員から逃げまどっている。ジゼルの魔法で腰が引けたということかもしれない。

 戦況を見ながら額の静脈を隆起させているカミーラにイリアは話しかけた。


「今度こそどうですか? 勝てますか?」

「さっきの鳴き声のせいか、子攫いイヌのほうはそうそう退かねぇし、何匹か殺すことになるだろうな。そうなればまた血で引き寄せられる魔物が来るかもしれねえ。本隊が来るまで粘るしかない」

「『焦撃波(アルダレヴィーコ)』はもう一回使ったらマナ切れになりますわ。どうします?」

「十分だ。あとはもう自分の身を守ることを考えな」



 キリルが北側の無力化した方の群れほうに近寄り、何かしている。おそらく失神している状態から復活しないよう、何らかの処置をしている。


 ルーメンが直剣を持っていない方の左手を耳に当て、音をよく聞こうとするような手振りで顔を動かしている。今度は東側。ビオキスト山人工管理魔境の方角だ。


「おい、まさかルーメン」

「悪い。嬢ちゃんの魔法で耳を」

「バカ野郎、アルダの呪文くらいわかってるはずだろ! なんで耳塞いでなかった!」

「だから謝ってる。それより、まただ」

「クソが!」


 西側では5人の戦闘小隊員がこちら側に魔物をよこさないように駆けまわっている。東の方にイリアが振り返れば、魔物の群れ。角ザル。10匹に届かない程度の数。

 大き目の個体が前足というか、手に太い枝を持って振り回し、「キヒャアキヒャア」と威嚇するような声を上げている。


「捌ききれないかもしれないから、イリアはちゃんとジゼルを守れよ。立派な鎧着てんだから」


 唐突なカミーラの言葉。ずっと緊張はしていたが、守られる立場から守る立場にさせられたことで、イリアの心拍は一気に倍増した。

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