髪を切った理由
「おっ?」
「何よ」
「おっ? おっ?」
「何やねん。はっきり言えや」
「髪、切ったな!」
それぐらいいちいち言わんでも誰でもわかるやろ。一目瞭然や。
昨日までのロングの真っ黒ストレートをばっさりショートにして、さらにオレンジに染めたんや。どんなに鈍い男でも気づくもんやから安心し。
「なんだ? 男にフラレたか?」
「昭和か! イマドキちょっとイメチェンしてみよっかな〜ぐらいで髪型ぐらい変えるわ」
そう言っても目の前の男は疑うように、本音を探るようにあたしの顔から爪先までニヤニヤと眺めた。
あたしは見透かされんように目を逸らす。
「ファッションの系統まで変えるとは、やはり尋常ではないな。何があった?」
「別に」
あたしはそう言いながら、バッグから本やノートや筆記用具を取り出し、長机の上に置きはじめる。
「気分を変えたかっただけや。ぼちぼち教授、来んで? 準備しとかな」
「ふうん……?」
高志はそれでもまだニヤニヤし続けながら、楽しむように言った。
「そういえばおまえ、久しく見んかったなー。どんな男だろうなー」
正直、あたしは自殺を考えた。
10日間部屋に引きこもっていた。
彼が死んだのだった。
あたしの愛した、次元大介さまが。
もちろん、声優を変えて生きてはいると言えるだろう。
あたしも納得していたはず。
でも、あたしにとって、次元大介といえば、あの声だったのだ。
その声の主の訃報に、あたしはすべての生きる意味を失った。
毎日、彼が今どうしてるかって、妄想してた。
次元大介はあたしにとって、生きている人間だった。
側にいないのに、最もあたしの側にいる人間だった。
生きていた。
笑い合っていた。
拳銃の使い方を彼が教えてくれて、
赤いポールモールの味を彼が教えてくれて、
あたしに教えてあげられることなんて最近の音楽のことぐらいで、
しかも流行りの音楽には疎かった。
彼は気障な言葉をサラリとあたしの中に染み込ませた。
人生で大切なことはすべて彼が教えてくれた。
彼は生きた人間だった。
あたしの恋人であり、パートナーであり、戦友であり、お兄ちゃんであり、おじいちゃんだった。
10日間、動画サイトやDVDで、もうこの世にはいない彼の声を聞きながら、あたしは歌をたくさん作った。
どの歌も、明るいメロディーに暗い歌詞がついた。
自殺の歌を7曲作って、誰にも披露はしなかった。
作詞作曲しながら、自殺ってどうすれば出来るんだろうと、そればかり考えていた。
7曲作ると、あたしはようやく実行に移そうとした。
大きなハサミを自分の体に当てた。
喉元、心臓、口の中。どこを突けば苦しまずに死ねるだろう。
その時、あたしの頭の中で、次元大介さまのあの声が、言ったのだった。
『俺は刃物は髭にしか使わないって決めってるんだ』
くすっと笑いが漏れた。
そうだ。彼はあたしの胸の中で、生きている。
あたしに大切なことのすべてを教えてくれたあのひとの、この教えを生かして行かなきゃ。
あたしはハサミを、ゆっくりと、上に上げた。
あたしに髭はないから、長い黒髪に、ゆっくりと当てた。
ばっさりと切ったのを鏡に映して見ると、涙でひどい顔の女の子が、汚れた髪型で、ひどいもんやった。
あはは、と笑いながら、あたしはハサミを縦に持ち、合わせ鏡にして髪型を整えはじめた。
いつ彼に見られても恥ずかしくないようにしとかんとな。