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短篇

小さくなる食べ物

作者: 半ノ木ゆか

 雲が流れ、風が吹き抜けた。翼がかわるがわる影を落とす。谷底には、どこからともなく涼しげなが響いている。その中で、学生たちが野外調査をしていた。携帯顕微鏡を地面に近づけ、野生の生き物を観察しているのだ。


「先生、この生物はなんですか」


 教授が学生のそばにひざまづく。大きく映し出された桿菌かんきんを見て、彼は頷いた。


「プセウドモナス・アエルギノサですね。和名を緑膿菌りよくのうきんといいます。土や水のなかなど、至るところにいる細菌です。一八八二年にフランスのジュサール先生が、緑色の膿のなかから発見しました」


「先生、これはなんでしょう」


 別の学生が訊ねる。


「これは、アキディティオバキルス・ティオオキシダンス。温泉や火口でよく見かけますが、下水道にも棲みつきます。硫酸を出して混凝土コンクリートを溶かしてしまうので、人間からは嫌われています」


 細菌たちが映像のなかでうごめいている。学生たちは手を止め、それに見入っていた。誰かが言った。


「普段食べている生き物が、こんなに身近にいただなんて思わなかった」


 風が吹き抜けた。影が飛び交う。が響く。教授は学生たちを集め、空に立体映像を浮かべた。


「――アフリカを出た人間の食べ物は、時とともに小さくなっていきました」


 青い地球が回り出し、白い雲がたなびくのを学生たちは見詰めた。


「人間はまず、大型動物にねらいを定めました。マンモスや毛犀けさい、米州では大懶獣だいらいじゆうのなかまが、豪州では大型有袋類が、次々に喰い潰されました。ニュージーランドの恐鳥きようちようやマダガスカルの象鳥ぞうちようも、後を追うように絶滅しました」


 芥子粒けしつぶみたいな人間たちが陸地を塗り潰してゆく。


「貪欲な私たちの祖先は、より小さな動物を食べてゆきました。原牛げんぎゆう、ブルーバック、クアッガ、旅行鳩りよこうばとなどです。豚や鶏など、一部は家畜化されてずいぶん長く生き残りましたが、気候変動で餌となる作物が育たなくなると、あっという間に死に絶えました」


 青かった陸地が、少しづつ砂色に染まる。


「哺乳類と鳥類を全滅させた人間は、昆虫食に移りました。昆虫は、地球上でもっとも種類の多い、ありふれた動物でした。昆虫がみんな滅びてしまうなど、生物学者でさえ思ってもみなかったでしょう。ところが人間は、それをまたたく間に喰い尽くしたのです。デボン紀から四億年以上続いた虫たちの血筋は、人間の胃袋へ消えたのです」


 鈍色にびいろの雲がうねり、熱風が吹き荒れた。ビルの谷間に砂埃が舞う。鳥の影も見えず、虫のも聴こえなかった。代りに響くのは、空を縦横無尽に行来する乗物の音と、誰が聴くでもなく無意味に流されている背景音楽だった。


 人々のおなかを満たすため、工場は今日もいきいきと稼働している。育てた細菌をおいしい料理に加工して、地球のすみずみまで届けるのだ。


「先生」


 一人の学生が問いかけた。


「今度細菌が絶滅したら、次に人間は何を食べるんですか」


 教授のコートが旗めく。茶色いビル群を背に、彼は質問を笑い飛ばした。


「あなたも喰いしん坊ですね……いつまでも食べていけると思わないで下さい」

追記


 昔読んだ生物学の本に、今生きている動物たちの大きさを示して、「実は人間は動物のなかでも大きな部類に入るのだ」と言っているものがありました。


 それは思い違いだと私は思いました。人間より大きな動物は人間が滅ぼしてしまったんです。だから人間が大きく見えるんです。

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