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第二八話 朝焼けの決着

 …ヒュウと風の音がする。



「…まだ、まだです…グレーを動けなくしなくちゃ…」


 エヌとグレーの衝突点、それより前方が切断され、テムズ川に水没した戦艦の甲板上。

 自身の千切れた脚を杖代わりに、満身創痍の少女は今すぐにでも倒れそうな身体を引きずっていた。


 向かう先は、意地と矜恃で未だ仁王立ちのグレーのもとへ。

 腹部は縦に裂け、立派な軍服は勲章ごと木っ端になり見る影もない、彼女のもとへ。

 体の皮膚は焦げ、全身がバラバラになりそうな痛みに苛まれながらも、エヌはその足だけは止めない。


「…エヌよ」


 グレーは初めて見せた、耐えるような鎮痛な面持ちでそんなエヌを見やる。

 もはやこの少女を殺すのに凶器など必要ない。レイピアが折れてしまっていようが支障はない。

 グレーのコート、その内ポケットに隠した拳銃で一発、弾を放つだけだ。

 だけれども、グレーはその腕を動かすことが出来ずにいる。

 ズリ、とエヌは一歩進む。


「死にたくないです」


 ズリ、とエヌは二歩進む。


「まだ生きたいです」


 目は虚、体のバランスはすでになく、それでも歩は止まらない。


「なに、そんな悲しそうな顔をしてるんですか」


 ズルリ、とエヌは脚を滑らせ地面に倒れ込もうとする。

 それを、グレーは抱きとめた。

 暖かい人肌のぬくもりの中で、トクン、トクンと脈打つ心臓の音を聞いたのを最後、少女の意識は眠りへと落ちる。

 そのままグレーの体を滑り落ち、地面に転がるエヌ。


 その姿を見届けた彼女は、内ポケットからそっと拳銃を取り出した。


「許せ、エヌよ。私は、私は軍のために、其方を犠牲にしなければならぬのだ」


 その時不意に、胸ポケットから一緒にこぼれ落ちた物がある。

 日記だった。

 グレーが大切に持ち続けた、女王との会話の記憶。それが何の因果か、今この場で姿を現した。



『貴女が真に心から願ったことがあるならば、どうかそれを叶えてください』



 そんな言葉が、彼女の脳裏に染み付いて離れない。

 グレーにとって、欲しても手に入れられないもの。心の奥で強く強く望むもの。

 それは、家族だった。

 機械の体で、親がいなければ子を望むべくもない存在。意志を持った人形であるEliza・Q。


 その中でもグレーはいっとう、情が深い存在であった。

 それは長く生きたからか、それとも生来の気質からかは分からない。しかし彼女は確かにエヌに対して他人以上の情感を向けているのは事実。

 だがそれと同時に責任感が強く、女王から託されたもう一つの遺言、祖国のために軍の任務をこなしもする。

 責任と愛情、公と私。相反する二つの葛藤。

 グレーの銃口はカタカタと左右に震え、エヌに射線が定まらない。


「私は、どうすればいいのだ。妹を手にかけて大丈夫な訳がなかろう。だが任務を、国を富ませなければ…」


 顔をクシャリと歪ませて、引き金に手をかけたその刹那。

 先ほどまでの二人の戦闘に耐えきれなかった艦隊が、グシャリと2つに割れた。

 意識のないエヌは地面に生まれた傾斜に逆らうことなく転がって行き、そのまま街へと吸い込まれようとする。


 その直前、グレーは反射的に拳銃を投げ捨てると、エヌの手を掴んでしまっていた。

 そうして自身がなにをやったか、頭の理解が追いついた彼女はようやく気付く。


「…もう殺せぬ、殺せるはずなかろう。どうして私の妹に、手をかけられようものか」


 割れた戦艦の片割れ、機関のない前方部がテムズ川へと落ちていく。

 それを見送ったグレーは、残った片腕でエヌを優しく担いだ。

 知ってか知らずか、エヌは彼女の背中に手を回す。意識はもう無いはずなのに。

 ロンドンの街に夜明けが訪れる中、ただ静謐に、グレーは泣いた。



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