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第二十話 人形の夢

 ―1856年、中国・円明園。


 アロー戦争、またの名を第二次アヘン戦争。その末期、イギリスによる中国侵略は一方的な戦いだった。


『イヤだ!熱い!熱い熱い熱い!どうして平然とヒトが焼けるんだ!この魔女め!』


『あああぁあぁぁぁ…母さん…かぁさ、ん…』


 轟々と燃え盛る庭園の真ん中で、茫然とした少女に肉の焼ける匂いが染み付いていく。


『これが軍の生体兵器か…末恐ろしいな…』

 たった数刻でこの惨状を作り出した背中に、味方までもが恐れ慄いた。



 ―1916年、フランス北部・ソンム川畔。

 第一次世界大戦で最大の会戦であり、100万人以上の死者数を出した激戦。連合国軍、つまりはイギリス軍の損害もそれは大きかった。


『隊長!深層防御が強固すぎます!我が隊はこれ以上進むことがッ!』


 そこまで口早に告げていた部下が、脳漿を地面に撒き散らかす。辺りを飛び交う弾幕の濃さが戦闘の苛烈さを伝えていた。

 そんな戦場の中心で、少女は歯が割れんばかりに強く強く食いしばる。

 戦場で零れ落ちていく仲間を弔うことさえできない。彼女はせめてもの惜別として、業火を敵の塹壕に薙いだのだった。



 ―1944年、フランス・コタンタン半島。

 第二次世界大戦で最大の作戦であったノルマンディー上陸作戦。

 フランスの首都パリを奪還を目するこの作戦は、軍の想定では2ヶ月ほどの時間がかかると思われていた。

 しかしイギリス海軍が持ち出した戦略兵器、空中戦艦によって驚愕とともに塗り替えられる。

 落下傘部隊を使わず、一方的に空中から爆発を地面に振り撒き、相手の防衛戦を過剰な戦力で打ち破っていった。

 わずか1週間の電撃戦は大英帝国未だ健在を世に知らしめ、それと同時に魔術の存在も広く知られるようになる。

 そんな船の玉座、艦長室に座るグレーの瞳は、火のない灰のようだった。



 ―かつてのいつか。

 病床に伏せった女王、または自身の製作者に呼び出されたグレー。

 見張りの者もおらずたった2人きりの寝室。女王は嗄れながらも凛とした芯のある声で、少女に語りかける。


『貴女に、今代の女王として最後の命を下します。この大英帝国への如何なる侵略を打ち払い、その悉くを焼き払いなさい』


『―ハッ、仰せのままに』


 背筋を正し完璧な敬礼を見せた軍服の少女。だがそれを見た女王の、微かに目を伏せた変化には気づかない。


『そして、ここからはただの死にゆく老人の独り言ですが…貴女は、私の末妹の体が元となっています。あの子は特別に肺を患っていて、この国の近代化に体が耐えることができず、押し潰されてしまったのです』


『…』


『私はそれを後悔するつもりはありません。この国のために、私の行うべき事をなしたまでですから』


『……』


『ですが貴女を懇意にして、それなりの地位に口添えをしなかったと言えば嘘になります。私とて完璧な為政者ではありません』


『…女王』


『だから、一つ心残りがあるとすれば、公のために貴女をこの国に縛りつけてしまう事です。私個人の、自分勝手な願いを語るのならば、貴女が真に心から願ったことがあるならば、どうかそれを叶えてください。他の誰でもない、ただの私がそれを認めましょう』


 グレーはその言葉を聞き遂げると何も告げず、ただ軍服を翻してその場を後にした。彼女に、語る言葉を持ち合わせていないが故に。




「―人よ、主人よ。聞いておられますか?」


「ん、すまない。少しばかり昔のことを思い耽っていた」


「その丁寧に使っている手帳ですか?ずいぶん大切にされてるんですね」


 グレーは何度も補強され続けている分厚い手帳を閉じると、大切そうに内ポケットにしまった。


「なに、大昔の老婆から譲り受けた物だ。それよりエヌはまだ見つかってないのかフィッツ。もう夜が開けてまた次の夜になりそうだぞ」


「兵士たちには睡眠も休息も必要です。もう何十年も睡眠をお取りになってない主人と同じ作業量をこなせるわけないでしょう?」


 苦々しい表情で執務机に頬杖をつくグレーと、変わらず彼女の側仕えの任を真っ当するフィッツの2人。


 机の上にはエヌの顔写真が印刷された資料が並べられており、集められた紙束の高さから部下の情報収集力の高さを物語っている。


「とはいえ何も知らない、否、知らされていなかった子供を抱えてそう遠くまで逃げられるとも思えんのでなぁ。一か八か我らに向かって来ると思ったが、その気配だって無いではないか」


「唯一雨の中子供が1人で走っていたという情報が入ってますが…」


「それがエヌならばもう見つかっていてもおかしく無かろう。仲違いした一人きりのエヌなど世間を知らぬ幼児同然だぞ」


 熱い紅茶を啜ることなく飲み干すグレーは、苛立たしげに足を組む。

 主人の粗野な態度にも眉をぴくりと動かすだけで何も言わず、お代わりのお湯を注いだ。


「でも、エヌちゃんは僕が裏切ることを直感で気付いて銃を蹴飛ばしてきましたよ。主人が思うほど子供じゃないんじゃないですかね、あの子」


「私にとっては貴様もエヌもそうは変わらん。どちらもか弱い存在にしか見えんよ」


「そうでしょうね…製造されてから200年弱、常に第一線を退くことがなかった貴方にすれば、私達のやることは全て児戯に等しいのでしょう?」


 グレーは注がれたお茶の水面を見つめると、軽くはぁ、とため息をつく。


「否定はせぬが、皆が思うほど私は高尚でもないぞ?」


「またまたご冗談を…2回の世界大戦を経験して勝ち戦ばかりの貴方が何をいうんですか」


「そんなものただ長く生きただけの経験則だ。Eliza・Qの相手など初めてだしな」


 指揮官姿の彼女は紙束を机に投げ捨てると、大きく背伸びをした。その動作一つ一つにカチャリと金属音が伴う。

 グレーはその音源…いくつも軍服に留められた勲章の一つを手に取ると、掲げるように眺めた。


「長く生きれば、人は多かれ少なかれ引きずる物が多くなる。なぁ、フィッツ。其方はそれでも前へと生きる意味を見つけたのか?」


「ええ、僕は貴女に仕えることが一番の使命ですから」


「…そうか。お前は強いな」


 再び太陽が海の向こうに沈む前、赤く燃える空の上。少女はそう、呟いた。


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