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第十五話 パッチワーク

「貴女はね、死んだ私の妹、それと足りない部分を私の肉から移植して作られたの」


「……貴女はっ!」


 エヌは声を荒げてあるじ様へ飛びかかり、襟を掴んで顔を詰め寄らせる。

 足腰に力の入っていないあるじ様は少女の跳躍に耐えきれず、思わずペタンと尻餅をつく。図らずもベットに押し倒して馬乗りになったエヌは、キッと主人を睨みつけた。

 それに対してあるじ様は、口元には場にそぐわない笑顔が細波のように現れては消え、いっそ諦めのついた潔い表情になっている。


「貴女っ!自分の血の繋がった妹を!」


「仕方なかったのよ…っ!」


 あるじ様は泣きそうな顔で声を荒げると、彼女も同様にエヌの襟を握りしめた。


「事故に遭って、植物状態になったあの子の為ならなんでもしたわ。あの子の肺がダメになれば、腎臓がダメになれば、そしたら私のを移植したわ」


 そのまま少女を身体に寄せると、2人の瞳が触れ合わんとする距離まで詰め寄らせる。


「それでも換えが効かないものなら、手に入れるために危ない橋だってわたった」


「どうしてそんな事を!」


「私には!私にはもうあの子しか残っていなかったの!父さんも母さんもあの子を庇って即死、そして残ったただ1人の妹の命が手から零れていくのよ。だから何だってしたわ!それでも、あの子は、事故から六月で息を引き取ったわ」


「……」


「でもどうしても、私はあの子に追い縋った。それで帰ってくる訳がないって、落ち着いて考えれば分かるのにね。それで、あの子の人形を作ろうとして実際に生まれたのが貴女、エヌだったのよ」


 そこまで吐き出した彼女は息を荒げていたが、エヌを掴み上げた部分が赤くなっているのに気付くとハッと息を飲んだ。

 依然少女は掴みかかった手を離さないまま、2人の微かな息遣いだけがその場を支配する。

 そして不意に、あるじ様は疲れ切った微笑みで一つの提案を絞り出した。


「ねえエヌ、このまま遠くの農村にでも逃げちゃわない?2人でさ」


「…どういう事ですか?」


「エヌは普通の人なんかより体が強いし、狩りをやっても危なげないじゃない?私は普通の機械の修理なんかもできるし多分生きていけると思うのよ」


 しかし少女はその未来予想図を聞かされても、自嘲気味に笑いかける。


「でもグレーはどうするんですか。地の果てまでも追ってきそうな感じでしたけど」


「逃げるだけなら大丈夫。こう見えても私は天ッ才の魔導技工士だったのよ?持ってるもの全部吐き出せば2人で逃げるくらいの時間稼ぎは出来る…はずよ」


 尻すぼみになりだんだん雲がかっていくあるじ様だった。しかし何が彼女をそこまで駆り立てるのか、なおもエヌの肩を掴んで捲し立てる。


「今すぐ逃げれば間に合うのよエヌ。私は貴女がまた傷ついて倒れる姿を見たくないし、無理に兵器になろうとしない道だってあるわ」


「……………ですか」


 エヌは俯き口元を少しだけ動かすが、激しくなってきた雨音に消されてよく聞こえない。

 あるじ様が何事かとエヌに顔を近づけ見やると、少女の顔からやけっぱちの笑顔が消え、深くから湧き出た冷泉の如き形相が現れる。


「またって何ですか!エヌがあんな風にボロボロになったのは今までであの時っきりです!あるじ様はエヌを誰と重ねてるんですか、エヌはエヌです!」


「や、そんなつもりじゃ無いのよ。違う、違うわエヌ。貴女をそんなあの子の代わりなんて」


 しどろもどろに言葉を紡ぐ彼女であったが、エヌは聞く耳を持たずピシャリとあるじ様の反論を一刀に伏した。


「代わりじゃなかったら何なんですか!?体の良い人形ですか!それにどうせ、エヌがこのことを知らなかったらずっと黙っている腹づもりだったんでしょうね。エヌが何も知らずに無邪気に笑っているとき、あるじ様は一体誰を重ねていたんですか?」


 その言葉にあるじ様は言い返せない。たとえどのように言葉を取り繕おうとも、彼女がエヌの姿に自身の妹を重ね合わせたことがないといえば嘘になる。

 何も言わずに押し黙るあるじ様の、言外にある肯定を受け取った少女は暗く俯いた。そして服の袖をキュッと握り、擦り切れた声を紡ぎ合わせた。


「…そうですよね。きっとそのためにエヌは作られたはずです。本当に血肉を分けるなんて、見ず知らずの人にする筈がありません」


 エヌが覚束ない足取りでと立ち上がると、俯いたまま窓際に近づいていく。思わず少女の袖を掴むあるじ様だったが、服の裾はしゅるりと手から滑り抜けていった。

 エヌは小さな手で窓を開けると、ビュウと部屋の中に雨が入り込む。


「………あるじ様の、バーカ」


 一瞬、足を止めて後ろを振り替えると、目線を合わせずにたった一言。それだけ伝えるとベランダに足をかけ身を投げ出す。

 腕を伸ばすだけのあるじ様は、大地に引かれていくエヌを見送ることしかできなかった。


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