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眠れない夜に

此処へ嫁いで半月くらい経っただろうか。

雨空は三日に一度の頻度で帰宅したが、着替えを済ませると何も言わずにまた直ぐに何処へ出掛けてしまった。


実質の一人暮らしには、もうすっかり慣れてしまった。

雨空の家には井戸もあり、有難いことに瓦斯も電気も通っていたから生活に何も不便は無かった。


それでも…と、本城家には主人の家族と家令を頭に数名の使用人も一緒に暮らしている。

その為、常に誰かしら側にいたものだから静まり返った夜はほんの少しだけ寂しさを感じた。


昼間は暖かい日差しと温もりを浴びる事が出来ても陽が落ち夜の帳が下りると身体に寒気が纏わりつくから毎晩布団を被って眠った。


「…寂しいな。」


ポツリと零れた本音と自笑に混じった独り言が静寂に消える。


今頃、雨空は誰かの温もりとなっているのだろうか。

不思議なものだ。

あれだけ拒絶した雨空との結婚なのに、彼が何処かの知らない女と一緒にいると思うだけで胸が騒めくのだから。


いや、違う。


最初から知っていたから拒絶したのだ。

愛されない事、蔑まされ疎まれる事から逃げたかった。

あの冷たい視線に耐えなければならない事から逃げたかった。


あんな最低な臆病なし、人でなしの何が良いの?


一目見た時に感じた、嫌悪感と憎悪の影で顰めた胸の高まりは物語の強制力による物なのか。

久乃はどうしたって雨空を愛してしまう定めにある。


私は前世の記憶があり、原作通りの久乃ではない。

しかし、やはり半分は久乃なのだ。


「抗えないのかな…」


決まっている未来なら、今、私が存在している意味はなに?

運命を変えようと、踠くのは無駄なの?


「そんなこと、ある訳ない…!」


つい弱気になる考えに、頭を振って数日間に起こった出来事から順に思い出してみる。


物語通りじゃない事もあったじゃないか。


初めて買い物に出た帰り道に突如として雨空が現れたり、帰宅した際にも悪態を突いたり睨みをきかせる事もない。


その代わり、いつも何か言いたげな顔をしては少しばかり見つめてくる。

その目は蔑みとは違っていた。


あれ?よくよく考えると原作と違う事の方が多い気がする。


こうして共に夜を過ごす事はないが、顔を合わせた時の雨空は私を傷付ける言葉を投げ掛けたりしなかった。

これは大分違う。


久乃は幾多の雨空の心無い言動に傷付けられてきたのだから。


では、どこから?


何か変わるきっかけを、物語と現実から探しだすように目を閉じて記憶を辿る。


まずは、やっぱりあの買い物だろうか?

原作の久乃は外に出る事を恐れて、実家にいた時からお世話になっていたデパートの外商に頼んで身の回りの物を用意させていた。


そこに丁度雨空が帰宅して、久乃のお嬢様振りに嫌悪感を抱いた最初のきっかけになってしまったと思うのだ。


「ちょっと、酷くない?」


確かに外商を呼びつけてあれこれ用意させたのはやり過ぎとは思うけど、久乃は元々外に出られない生活だったのよ?

いきなり外に放り出されて何もかも自分で用意できると思う?

そんな振る舞いが傲慢に見えたのだろうけど、久乃は華族子女に有りがちな高飛車な令嬢ではない。


勝手な先入観から久乃の人となりを決めつけて否定した雨空に今更ながら苛立った。


でも、私が外に出て自分で買い物しただけで運命が変わるもの?

そんなに些細な事で?


他にきっかけになるような事は…


「あ…っ。」


待って、思い出した。

本来、自死という結末だけを変えれば良いと思ってたから物語の内容がどうだったかなんて忘れていた。


違いがあるとすれば、それはもう最初からなのだ。


雨空に出会って挨拶した後、用があるからと足を進めた彼を、久乃は納得がいかないと止めた。

それは、せっかく嫁いだのに受けいれてもらえない戸惑いと知らない場所に残されてしまう不安からやってしまった事なのだが、その際に思わず久乃は雨空の腕を引いてしまった。


養父の選んだ人だからと無条件で雨空に好意を抱いていた久乃とは違い、雨空は嫌々受けた結婚だと最初から久乃に嫌悪感を抱いていた。


そんな女に強引に腕を引っ張られたのだから溜まった物では無かったのだろう。


悪気はない臆病な久乃と、視野狭窄な雨空が招いた不幸な出会いはこうして始まってしまったのだ。


「という事は…」


私がした、用がある雨空を引き留めない行動はある意味で正解だったのだろう。

まぁ、引き留めた所で行ってしまうのだから放って置いただけなのだけども。


そこから変わっていったのかな?

だとしたら、この先も何かしら変化があるかも知れない。


不安で曇っていた心にほんの少しだけ明るい光が灯される。


気がつくと足先の冷えもマシになってきたみたいだ。

今夜はこのまま眠れそうだと、微睡んできた瞳をゆっくり閉じた。


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