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いざ、初陣!

ついにその日が来た。


私は養父に最後の挨拶をする為に三つ指をついた。

12年間、何不自由なく育ててくれた。

決して慈悲深く優しいだけの父では無かった。

公爵家に生まれ軍の最高官を務める人だ。

時に冷徹さを見せる場もあった。

自身の子ども達にだって基本的には厳しく接していたし、その教育が有ればこそ、兄や姉は弱きを助け先を見据える鋭い閃光を持つ強き人になれたのだ。


「久乃、分かっているな?」


私は「はい。」と返事を返して顔を上げると満面の笑みを見せた。


分かっています…お父様。


「きっと幸せになります。」


物語の終盤、亡骸になった久乃を掻き抱きしめ咽び泣く養夫婦や兄や姉の姿を思い出す。

あんな風には二度とさせません。

私は久乃の命を守ります。

それが、お世話になった本城の家族に還せる孝行になると信じて。

絶対に幸せになってみせますから。


本邸の門を潜ると、もう一度振り返って深々とお辞儀をした。

もう泣かないよ。

だって、強くならなければ。


荷物は鞄1つだけ。

どうせ半年後には雨空の家を出るのだから、身の回りの必要最低限の物だけあれば十分だ。

嫁入り準備金も少しだけ手元に残して後は自分名義の口座に預けた。


ただ、仮にも華族の子女が手ぶらでは家が笑われると養母が用意した雨空への結婚記念品が嵩張り鞄の形を歪にしていた。


あの角を曲がれば雨空の家があるはず。

平屋建ての家で周りには他の民家もないし直ぐに分かるだろうと教えられた。


(いよいよだわ。)


ふぅ…と小さく息を吐いて、角を曲がる。


途端に風が吹いて立派な桜の木から満開の花びらがひらひらと雪の様に舞った。


あまりの美しさに「わぁ…」と声が漏れて、その淡い薄桃色の一枚を掌に捕まえようとした時に、家の前に1人の青年が立っているのが見えた。


いつからそこに?


線が細く背の高い青年。


彼は何を話すでもなく、目の前に突っ立っている私をただ見つめていた。


(彼が、雨空ー…?)


小説の挿絵でも雨空は描かれていたが、私は彼が嫌いだったのもあって、よく見ていなかった。

彼の顔はどれも捻くれて歪んだ表情のものばかりだったし。


だが、この青年はどうだろう?


男性だというのに陶器の様な滑らかな肌で涼し気な目元にスッキリとした鼻筋を持ち、形の良い唇で艶やかな黒髪は風に揺れている。

更に、少し着崩れた着物の胸元から浮き出た鎖骨があまりに色っぽくて息を飲んだ。


前世でも今世でも、こんな風に男性相手に見惚れた事などは一度も無かった。


この人が本当に、あの(尾形 雨空)なのだろうか?


なるほど、コレは確かに美丈夫だわ。


しかし、見惚れたのは一瞬。

惑わされてはいけない。

此奴は私の仇なのだ、惚けている場合ではない。


「初めまして、本城 久乃と申します。」


なんとか凛とした佇まいで挨拶が出来たと思う。


雨空と言えば、そんな私をさして興味無さ気に「ふんっ」と鼻を鳴らして蔑んだ瞳を向けているだけだった。


あぁ…そうだ、これだ。これが、コイツなのだ。

小説の中の私が知る雨空そのもの。

さっきのトキメキは無かった事にしてもらいたい。


沸々と怒りが込み上げて身体が震えていくが、なんとしても此処は堪えなければ!


「色気も何にもないんだな。」


子どもを寄越したとか、俺を馬鹿にするな、だとか散々言いたい事放題の挙句に捨て吐いた台詞がこれだ。


「あっ…んの野郎〜っ…」


(俺は用があるから勝手に家に入っていろ)と通り過ぎた野郎の背中に思わず出てしまった悪態が本人の耳に届いたかどうかは分からない。


家の中に入ると、鞄を投げつける。


「やっぱり嫌な奴じゃんっ!あんな鉄仮面の冷徹野郎がこの世界ではモテるのか?

はぁ?はぁ〜っ?意味分かんないっ!」


誰もいない居間で一頻り暴れて落ち着きを取り戻すと漸く部屋を見渡す余裕が出来た。


成る程、平屋というからオンボロを想像したが尾形屋の坊ちゃんが住む家がそうであるわけがない。


まだ築浅かな?

新しい木の香りがする。


間取りも居間と他に4部屋もある。

独立した台所には自炊の形跡もないし、食事は主に外で済ましているようだ。


男一人だからかな、物も少ないし生活も感じられない。


女垂らしのクセに女性が来ている形跡もないし、もしかしたら雨空は女の所に住み着いて滅多に自宅には帰らないのでは?


だとしたら嬉しい!

だって平和かつ悠々自適に半年を過ごせるじゃない!


「旦那留守で元気がいい。」

いつの時代も妻がよく口にする台詞だ。

これなら何も心配いらないかも!

口元が緩んで笑みが溢れてしまう。


さて、では早速空いている部屋を頂戴して快適な自室を作り上げよう。


居間の直ぐ隣りが書斎らしく、その隣がどうやら雨空の自室とみた。

では、1つ空けて一番奥の部屋を拝借させてもらおう。

6畳間だが、充分な広さだ。

小さな机と布団もある。


物語通りだと、雨空は結婚初夜に美紗緒という尾形屋の売れっ子遊女と逢引きして帰ってこない。

初めての夜にそんな仕打ちを受けた久乃を想うと可哀想で胸を痛めたけど、今の私には有難い。


さて、お風呂沸かしてゆっくり堪能したら実家から拝借した厚切りベーコンを焼いて食べて今夜はグッスリ眠ろう!


「うふふっ、旦那不在の初夜ってサイコー!!」




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