第四十九話
試合後は大歓声に包まれながら優勝のお言葉を王様から頂き、闘技大会は閉会した。
控室で、婚約者たちに祝福されていると、バララエフがやって来た。
「ロイク。いやルーセルガルト公爵、いまそこでタチアナに聞いたのだが、ルーセルガルト領では優秀な武官を欲しているようだな。どうか儂も公爵の家臣に加えてくださらぬか」
「いいのか、バララエフ。もちろん歓迎するけど、仕官はなんとなく嫌なのかと思っていた。闘技大会で連続優勝しているときも王様から仕官の打診はあったんだろう?」
「ああ。そのときは剣を極めるのに夢中だったから仕官など頭になかったのは確かだ。しかし儂は公爵に破れた。老いたとは思っていない。儂は強くなり続けたはずだ。しかし公爵はそれを上回る速度で上達し、儂を打ち破ったのだ。だから、個人で剣技を極めるのはもう諦める。残った人生を、リーリエや他の才能ある若者を育てることに費やそうと思っている」
「後進の育成に専念するのか……なんだかもったいないが、バララエフがそう決めたなら歓迎する。改めてよろしく頼む、バララエフ」
「うむ、こちらこそよろしく頼むルーセルガルト公爵」
「今まで通り、ロイクでいいよ」
「そうか? ではロイクと、今まで通り呼ばせてもらおう」
いつもピリピリしていた雰囲気がなくなり、バララエフは憑き物が落ちたかのように穏やかな雰囲気を放っている。
……ああ、本当に剣を極めることを諦めたんだな。
いや、諦めたのではない。
僕に託したのだ。
さらなる高みへと登るのは、僕の役目だと。
リーリエが目に涙を浮かべてバララエフのもとに歩み寄る。
「リーリエ。これからはいっそう厳しく鍛えるぞ」
「はい、お祖父様。よろしくおねがいします」
かくして僕は剣聖バララエフを家臣として抱えることとなった。
秋を自領で過ごして、冬がやってきた。
もう僕は自分の領地をもつ貴族家の当主だ。
冬になったからといって、実家に帰る必要はない。
父や兄上たちに会えないのは少しさびしいけれど、僕の周囲には三人もの婚約者がいる。
仕事を覚えることに熱中もしているし、毎日が充実していた。
この冬にはファーランド卿が訪ねてきた。
フェリシアが帰らない代わりに、父親の方がやって来たのである。
「ご無沙汰しています、ファーランド卿」
「こちらこそご無沙汰しております、ルーセルガルト卿。闘技大会でのご活躍、我が領地にまで届いております。娘婿がこのように立派な方で誇らしく思っております」
「ファーランド卿、どうかロイクと呼んでください。僕はまだ若輩者で、領主の仕事も勉強中の身です。公爵の肩書きで呼ばれるのは背中が痒くなります」
「ははは。いずれ慣れますよ、ロイク様。しかしルーセルガルト領は随分と活気に満ちていますな。以前来たのは随分と昔になりますが、その頃よりいっそう発展しているように思えます。公爵の人望の賜物ですかな?」
「いや、代官を始めとした文官たちの手柄でしょう。……立ち話もなんです。フェリシアに早く会いたいでしょう。どうぞ自分の家だと思ってくつろいでください、ファーランド卿」
ファーランド卿の言うことにも一理あるのだ。
最近のルーセルガルトには武官志望の若者たちが集まるようになっている。
原因はもちろん僕が闘技大会で優勝したことと、家臣にバララエフを抱えたことだ。
正直なところ武官を急に増やす気はない。
常備軍など周辺の魔物を討伐できるだけの練度と規模があればいいのだ。
今のルーセルガルトはタチアナとバララエフが平均を押し上げているが、それを抜きにしても練度と規模はちょうどいいと思っている。
だから武官への仕官は狭き門であり、倍率ばかりが凄いことになっている。
それに仕官にあぶれた若者たちが多く、治安の悪化が懸念されるところだ。
活気があるのはいいことなのだが……。
いっそのこと何らかの公共事業を立ち上げて、仕官からあぶれた若者の働き口を確保してみようか。
真面目に働く者ばかりならば、治安が悪化することはないだろう。
ファーランド卿を歓待しつつも相手をフェリシアに丸投げして、僕は領主の仕事に邁進していた。
最近ようやく仕事の流れを掴めてきて、楽しくなってきたところなのだ。
〈記憶力〉のおかげで仕事の覚えは良く、文官たちから称賛の声もちらほら聞こえてくるようになってきている。
代官のフィルマンからも「公爵様は覚えが早くて正確なので、もう半年もあればすべての仕事を任せられるようになる」と太鼓判を貰った。
そんな仕事の中のひとつに、新たに採用した文官と武官のリストの確認があった。
武官になりたくてやって来た貴族の子弟たちの中で、武官には採用されなかったが勉学に秀でていたため文官での採用なら、と声をかけた者たちが文官として採用されたのだ。
武官の採用はバララエフに一任しており、特に才能に恵まれた者だけを採用してもらうことにしていた。
流石に数が多い。
やや採りすぎだとは思ったが、バララエフが認めたということは本当に才能があるのだろう。
そのような有為な人材を野に放出するのも惜しいので、雇うのは問題ないのだが。
そんな長いリストを眺めていると、見覚えのある名前を見つけた。
アルベリク・アブラーム。
アブラーム子爵家の三男で、『ソード&ソード』の主人公の名である。
…………は?




