第四十四話
僕たちは王都に着くと、まず最高級のホテルのロイヤルスイートで休むことになった。
ホテルはシャルロッテが先触れを出した段階で押さえられており、シャルロッテ自身は先に王城へと帰っていった。
多分、事前に親子間での打ち合わせなどがあるのだろう。
翌日は王城に上がるために相応しい服装を用意すべく、仕立て屋に行く。
この仕立て屋も王城御用達の老舗で、王城に上がって恥ずかしくない服装を仕立てることとなった。
費用はシャルロッテが出してくれた。
当人曰く「私の都合で王城に上がらなければならないのですから当然です」とのこと。
ホテルや仕立てにいくらかかっているのかは把握していないが、相当な金額だろうことは予想がつく。
こうした準備期間を数日経て、いよいよ王城に上がる日がやって来た。
まずは応接室で王様と面会だ。
僕の横にはシャルロッテ、フェリシア、リーリエの順に並んで座っており、対面に王様が座ることになっているようだ。
バララエフたちも同室にいる。
言い忘れていたが、僕の父とファーランド卿も同席している。
父はもちろん関係者であるし、ファーランド卿はフェリシアが産んだ子を跡取りにしなければならない事情があるため同席することとなった。
……まあ僕が授爵する式典みたいなのがあるから、暇な貴族は集まっているらしいけど。
学園にも通っていない年頃の少年が魔族を倒して叙爵され、王女を娶るだなんて大事件だ。
その場に居合わせたいと思う野次馬根性あふれる貴族が大勢いる、とシャルロッテから聞かされていた。
先触れがやって来て「間もなく陛下がおなりになります」と言って立ち去る。
しばしの間の沈黙。
この場になぜか居合わせることとなったタチアナとエルミーヌは緊張しすぎで顔色が悪い。
僕の今のパーティメンバーとも顔を合わせておきたい、とは先方の要望だ。
婚姻に関係のないふたりには気の毒だが耐えてもらうしかない。
そして遂に扉が開き、王様がやって来た。
「楽にせよ。ここはまだ公の場ではないからな」
開口一番にそう言って席についた王様は、チラリと僕を見てからシャルロッテに視線を移した。
「彼がシャルロッテの婚約者か。どのような男を選ぶかと思ったが……神童で名が通っているルークエンデ家の三男とはな」
名が通っていたのか。
初めて知った。
「初めまして、ロイク・ルークエンデ。婿殿と呼ばせてもらうが、そのじゃじゃ馬を娶る覚悟があるということでいいいのだな?」
はい、と言おうとして躊躇する。
肯定したらシャルロッテをじゃじゃ馬扱いすることになるからだ。
「シャルロッテは戦いのときは勇猛果敢で、平時は淑女然としていますが、じゃじゃ馬なのですか?」
「ん? 王女の身でありながら自ら戦場に身を置きたがるのは、じゃじゃ馬と言わんとして何とする」
「それもこれも国を思ってのことだと思います。シャルロッテは魔族の陰謀から国を守ろうとしているのですから」
「まあそこは否定できんな。私怨もあるだろうが、シャルロッテが王族として戦場に立っているということは理解はしている。だが可愛い娘が戦場に立つことを喜ぶ父親はいない」
バララエフ辺りは喜びそうだが。
そんなことを思いつつ、最初の問いに答えることとする。
「僕はこの通りまだ若いので娘を持つ父親の気持ちは分かりかねます。しかしこの先、シャルロッテを守って一緒に戦う覚悟があります」
「……ふむ」
王様はうなずき、しかし「覚悟はそれだけでは足りぬぞ」と言った。
「叙爵され若くして貴族の当主となる苦労。王女を娶ることによる周囲からの嫉妬。この二点についても覚悟を決めてもらいたい」
「はい。その二点についても覚悟の内です」
「よかろう。シャルロッテとの婚姻を認める」
「ありがとうございます」
シャルロッテも緊張が解けたのか、ほう、と息をつく。
「さて……さしあたって決めなければならないことは、新しい家名だな。何か希望があれば言ってみよ」
「その前に、授与される爵位について教えて頂けますか?」
「公爵だ。王家直轄領の一部を領地にして渡すつもりでいる。領地経営については代官がいるから当面、問題はなかろう」
爵位についてはシャルロッテから予め「多分、前例からいって公爵でしょう」と聞かされていたから驚きはない。
しかし領地については聞いていない。
「領地があるなら、その地名を家名にすることはできますか?」
「ふむ……候補となっている領地はルーセルガルトだ。だからルーセルガルト公爵となるが、よいか」
「はい。構いません」
「よろしい。では正式には式典の後となるが、そなたは今日からロイク・ルーセルガルトだ」
「はい」
それからは細々とした世間話や、迷宮探索の話、ファーランド家の後継者問題などについて話し合われた。
「剣聖バララエフとは十年ぶりか。久しいな、息災でいたか」
「は。国王陛下もご健勝そうでなによりです」
「そなたがいなくなってから、闘技大会はつまらなくなった。今年は面白くしてもらいたい」
「この老いぼれに出場しろと申されますか?」
「もちろんバララエフが出てくれるならそれも良いが、出てもらいたいのはロイクの方だ」
「ああ、なるほど」
勝手に僕が闘技大会に出ることになった件。
いやまあ分かるよ?
つまり魔族を倒した実力を見せてみろってことでしょう?
「ロイクが出場したならば、優勝するでしょうな」
「ほう。バララエフが出ても、か?」
「既にロイクは儂の上を行っております」
「……見たいな。剣聖が若き獅子と戦うところを」
「お望みとあらば」
バララエフの視線が僕を貫く。
どうやら本気を出さなければならないらしい。
バララエフとは普段、手合わせをしないけど、短期決戦ならば分は僕にあるだろう。
そうは思っても、手のひらにはじっとりと汗をかいていた。




