第三十五話
冒険者ギルドにワーウルフの毛皮と爪、フロストウルフの毛皮と牙を売却しに行くと、珍しいことにギルドマスターがカウンターに立っていた。
「おお、バララエフか。またここ迷宮都市に戻っていると聞いていたが……挨拶くらいせんか」
「何。いち冒険者としてダンジョンに潜っておるのだ。わざわざギルドマスターに挨拶をするのもおかしな話だろう」
周囲の冒険者たちがカウンターに立っているのがギルドマスターだと知って、そして対面しているのが剣聖バララエフだと知って、驚きに静まり返る。
前者はともかく、後者は知名度的に微妙なところだが。
「それでわざわざギルドマスターのお主がなぜそんなところに突っ立っておる」
「深層に潜っている冒険者に警告を出しておるのだ。バララエフのパーティは確か中層辺りを探索しておるのだろう? 関係ない話だが……」
そう言ってギルドマスターは僕らを見渡し、渋い口調で言った。
「女子供連れではな。やはりバララエフには関係のない話だ」
「気になるではないか。そこまで言っておいて……いいから話してみろ。関係ないかあるかは儂が決める」
ギルドマスターは他の冒険者たちに聞こえないよう、声を落として言った。
「……まあいいか。深層で魔族を見かけたという情報が入っている。それだけだ」
「ほう」
魔族が深層に?
メインストーリーの展開に頭を巡らせる。
こんなところに魔族がいるイベントなんてなかったと思うが……。
ちなみに迷宮都市ジェロイスホーフのダンジョンでは、第1階層から第30階層までを上層、第31階層から第70階層までを中層、第71階層から第100階層までを下層、第101階層以降を深層と呼んでいる。
今の所、深層の第157階層が人の踏み入った最も深い階層である。
「確かに深層に足を踏み入れるのはまだ先の話だな」
「だろう。……しかしバララエフ、もしお前さえ良ければ討伐隊を組んだときに協力してくれぬか? 深層に潜れる冒険者だけで討伐隊を組む予定があるのだ」
「良かろう。ただしそのときはこのロイクも討伐隊に入れることが条件だ」
「子供だろう。本気か?」
「本気だ。ロイクは今や儂と互角に近い勝負ができる剣士。深層でも戦えよう」
「その子供が、バララエフと互角……!?」
ギルドマスターが目を見開いて僕を見た。
今の僕ならば、本気を出したら確かにバララエフと互角に戦える自信がある。
停滞の魔眼が通用すればワンチャン勝てる見込みすらあるうえ、距離をとって魔術を撃ち込むことができるなら更に勝率は上がるだろう。
ギルドマスターは半目でバララエフと僕とを見比べて、言う。
「まあバララエフが言うなら本当なのだろう。信じがたいことだが。良かろう、ひとりでも多くの実力者が欲しいところだ。討伐隊の結成の際にはふたりにも声をかけよう」
バララエフは満足気に頷いた。
……って僕、なにげに巻き込まれてるんですけど。
日程の調整は速やかに行われ、深層を探索している冒険者パーティと、下層を探索していて深層でも戦えるだろう実力者、そしてバララエフと僕が冒険者ギルドの大会議室に招集された。
「よく集まってくれた。深層にて魔族が目撃されたという情報は行き渡っていると思う。君たちには魔族討伐を目的とした討伐隊として、深層の探索をお願いしたい」
「チョット待ってくれ。それはいいんだが、ここには似つかわしくないジジイとガキが紛れ込んでいるのは、一体どういうことだ?」
下層に潜っている実力者のひとり、いかつい男性戦士が声を上げた。
バララエフは何事もなかったかのように黙っている。
ギルドマスターはため息をつき、言った。
「そこな老人は剣聖バララエフ。若い者は知らないかもしれぬが、王都の闘技大会で優勝し続けた経歴の持ち主だ。そしてその横の少年はバララエフが見込んだ剣士。実力は深層でも通用するとお墨付きだ。他に質問がある奴はいるか?」
「待てよ! ジジイの方は確かに聞いたことのある名前だ。だがガキが深層で戦えるわけねえだろ!」
「……だそうだぞバララエフ。どうする?」
ギルドマスターは苛立ちを隠さずに言った。
連れてきたのはバララエフなのだから、なんとかしろということだろう。
丸投げだ。
「ならば実力を確かめればいいだろう。そこの威勢のいい若造と、ロイクのどちらが強いのか。訓練場で模擬戦でもすればはっきりする」
「俺にガキの相手をしろってか!? 面白え。もしガキが俺より弱かったらどうするんだ!!」
「その時は連れていくのを諦める。だがお主が勝つことはあり得んだろうよ」
「言ったな! おいガキ! 尻尾巻いて逃げるなら今のうちだぞ!」
あーあー……。
バララエフ、もうこれ半分楽しんでいるな?
〈斧技〉レベル7の戦士が僕に勝てる道理はない。
体格の差はあれど、技量の差が隔絶している。
「では訓練場で模擬戦だな。さっさと終わらせて深層の探索に向かってもらいたい」
ギルドマスターも僕の実力には興味があるようで、あっさりと許可を出した。
結果?
語るまでもなく圧勝だったよ。




