第三十二話
「私は妾でも構いません。ロイク様以外の殿方はもう考えられませんので」
どうしよう、となった応接室の空気をぶち壊したのは、リーリエのこの一言だった。
バララエフも「貴族の縁談が優先されるのは仕方がない。しかしリーリエも貰ってもらう」と譲る気配はなし。
父と兄はどこか安堵した様子で、
「そう言っていただけるならお言葉に甘えさせてもらいます。何分、若い二人のことですから、まだまだ具体的な話は先になりますが」
などと話を締めくくる方に向かっていく。
え?
なに?
ていうことはフェリシアが正妻で、リーリエが妾?
なにその豪華なハーレム。
メインストーリーにもなかった重婚エンドだと!?
僕を除いた身内は「話がまとまって良かった」みたいな空気でいるけど、それでいいのか!?
愕然としつつ、脳裏にはメインストーリーのパーティ構成について不安が生じつつあることが気がかりだった。
メインストーリーのパーティメンバー、つまりヒロインの中で攻撃力トップツーのふたりが僕の嫁になるということは、すなわち主人公パーティの攻撃力の低下を表している。
方や物理、方や魔法とそれぞれ違いはあるものの、両方が主人公パーティから抜けるとなるといよいよ僕が魔族の王を倒しに行くという話が現実的になってきた。
フェリシアとリーリエかあ。
順当に育てば十五歳で一端の魔術師と剣士に成長するはずだ。
しかし三人パーティだとするなら、少し心配だ。
このパーティ編成なら、ひとりタンク役が欲しい。
脳裏に描かれるのはヒロインのひとりだが、都合よく彼女が僕になびくとも思えない。
タンクならタチアナがこなせるから、彼女をパーティに入れられれば万全か。
あれやこれや考えつつ、僕はタチアナとアーヴァング先生と乱取りをしていた。
今の僕の実力は、アーヴァング先生と戦って確実に勝てるほど力量が増していた。
それも当然、〈剣技〉レベル10とカンストしているうえに、バララエフのもつスキルを軒並み〈模倣〉してレベルアップしているわけだから、春から比べて一回りも二回りも強くなっている。
ちなみに僕たちの横で、バララエフはリーリエに剣技を仕込んでいる。
アーヴァング先生はどちらかと言えばあちらに混ざりたいらしい様子だが、さすがに自重している。
というか僕との模擬戦でも十分に学ぶことが多いと分かっているのだろう。
目がギラギラしている。
冬の寒空の下で剣技の練習をしている毎日が過ぎ、本格的な冬がやってくる頃。
ファーランド領からフェリシアが遊びに来た。
「お久しぶり、ロイク」
「やあ、久しぶりだねフェリシア」
「私に黙って冒険に出るなんて酷いと思わない?」
「え、ちょ、フェリシア!?」
笑顔のまま迫るフェリシアの顔。
ギリギリと襟首を掴んで、怒りをぶつけてきた。
「し、仕方ないだろ。竜を使い魔にしたお陰で他の貴族家からちょっかい出されて大変だったんだ。僕が家にいると迷惑になるわけで……」
「そんなことは分かっているけど! 何も言わずに行くことないじゃない! こっちはどれだけ…………ん?」
フェリシアの目が背後のリーリエに止まった。
「…………ふぅん。あの子はなに?」
「…………リーリエっていう、パーティメンバーのひとりだよ」
「私たちと変わらない年齢に見えるけど」
「同い年だよ」
「!! じゃあ、私を連れて行ってくれてもいいじゃない!!」
「ええ!?」
フェリシアが冒険者稼業に興味があるとは知らなかった。
とはいえリーリエにはバララエフという護衛がいる。
僕にしたって、タチアナという保護者がいるのだ。
そう簡単には……
「いいではないか。次の春にはフェリシアもロイクくんについていくといい」
ファーランド卿が爆弾を投下した。
「いいの、お父様!?」
「もちろんだとも。よいだろう、ロイクくん?」
こちらの御仁の笑顔も怖い。
横にいる父からリーリエと僕のことを聞かされたのは明らかだ。
「ファーランド卿。冒険者は危険な仕事です。僕にはタチアナという保護者がいますし、リーリエにもバララエフがいます。フェリシアをパーティに加えることは可能ですが、フェリシアに護衛をつけるのが条件です」
「ふむ、なるほど。それでは我が家から魔術師のエルミーヌをフェリシアの護衛につけよう」
「エルミーヌというと、フェリシアの魔術の先生でしたよね?」
「そうだ。問題なかろう」
「はい。それならば問題ありません」
前衛四人に後衛二人というバランスが良いパーティになりそうだ。
フェリシアとリーリエとの間でどのような会話があったのかは不明だが、ふたりはすぐに仲良くなった。
というか気味が悪いほど仲が良い。
フェリシアはリーリエが僕の妾になることを聞いたはずだし、リーリエにしたってフェリシアが僕の正妻になることを知っている。
……女の子ってよく分からない。




