第二十九話
冒険者ギルド、そのギルドマスターの執務室で僕らは剣聖バララエフとギルドマスターとの話し合いを眺めていた。
「バララエフ!! 第45階層で冒険者を斬り殺したのはお前か!?」
「儂が試しを行った際には誰ひとりとして殺してはおらん。だが儂の剣を見て目の色を変えた冒険者たちが襲いかかってきたから、撃退したまでだ」
「……なるほど、そういうことか」
バララエフは辻切りをしていたわけではない。
孫娘にふさわしい男を探すため、有望そうな、それでいてそこそこ若い男に斬りかかっていただけだった。
……いや十分に辻切りだと思うが、殺さなければセーフだとでもいうのだろうか。
バララエフの魔剣が尋常の品ではないことは冒険者ならばひと目で分かる。
多少腕が立とうとも老人ひとりなら勝てると踏んだ冒険者が強盗に変わるという話も腑に落ちる。
しかしバララエフがギルドマスターと通じているなら、辻切りとして処分されることなどないはずだ。
悪質である。
「危うく剣聖相手に討伐隊を組む羽目になっていたところだった。本当にコイツは変わらんなあ」
「ギルドマスターが板についてきたな、お前も。苦労が顔からにじみ出ている。儂は生涯現役を貫くぞ」
「放っておけ。それより儂の家にお前の孫娘が退屈して待っているぞ。その少年がお眼鏡に叶ったようだが……治癒魔術師だぞ。剣士じゃなくていいのか?」
「何を言っている。立派な剣士だろう?」
ギルドマスターとバララエフが顔を見合わせて首を傾げた。
あの場を曖昧に笑って誤魔化してから、ギルドマスターの邸宅へ向かう。
邸宅は街の中心部の高級住宅街にあり、そこにバララエフの孫娘リーリエが逗留しているとのことだ。
「えいっ! えいっ!」
元気のいい声が庭から聞こえてくる。
ひとりの少女が木剣を振っていた。
「おおい、リーリエ。帰ったぞ」
「えいっ……あ、お祖父様!」
笑顔を浮かべてこちらに走り寄るリーリエ。
うん、やっぱりメインストーリーのヒロインのひとりリーリエだ、間違いない。
「そちらの方々は……もしかして?」
探るような視線が僕とタチアナを行き来する。
「うむ。このロイクがお前の許嫁だ」
「ちょっと待ってくれ。僕はまだ了承したわけじゃないぞ」
「なにを言っておる。お前の剣筋に惚れ込んだのだ。お前以外にリーリエの婿はあり得ん」
「爺さんに惚れられても嬉しくないし、勝手に許嫁を決められたりしたらその子も困るだろう」
「困るか、リーリエ?」
バララエフが「解せぬ」と呟きながらリーリエを見やる。
リーリエは少し考えて、僕の顔をまじまじと見つめる。
「あの、お祖父様。このロイクという少年が本当にお祖父様のお眼鏡にかなったのですか?」
「おう。儂の連撃をしのぎ切った逸材だぞ」
「お祖父様の連撃を……?!」
驚愕するのも無理はない。
十歳の子供が剣聖の連撃をしのぎ切るのは普通、あり得ない。
僕は例外中の例外だ。
「ならば私から言うことはありません。ロイク様、ぜひわたしと結婚してください」
「どうしてそうなる……」
とは言ったものの、これは分かっていたことだ。
リーリエの理想の男性像とは剣技に秀でていること。
剣聖である祖父と互角に渡り合ったというのならば、これ以上ない良縁だと判断したのだろう。
「ふはははは。同じ歳だし、ちょうどいいだろう。諦めろロイク。リーリエは諦めが悪いぞ。こうなったら、どこまでも追いかけてくる」
知っている。
メインストーリーでも許嫁の話を一旦、断った主人公を追いかけてきたエピソードがある。
ここで固辞しつづけたらどうなるか、それを思ってはたと気づく。
メインストーリーでは十五歳で一人前の剣士として追いかけてきたリーリエ。
だが十歳の少女のいま、同じことができるのだろうか?
ひとりで突っ走った挙げ句にトラブルに巻き込まれたとき、脱するだけの実力をいま身につけているとは思えない。
五年後のリーリエならともかく、いま現在のリーリエはひとり旅などできないだろう。
「……分かった。許嫁の話は性急すぎるから、まずはパーティメンバーとして一緒に行動しよう」
「冒険者ですね。はい、どこまでもついていきますっ」
ぐっと拳を握るリーリエ。
腕を組むバララエフが「ロイクが一緒なら安心だ」とうなずいた。




