第二十五話
雪が溶けた頃。
初春に早速、僕とタチアナはルークエンデ領を旅立った。
タチアナには「ハヤテは幻獣界に送還してある」と言ってあるが、実際には〈記憶の図書館〉で放し飼いだ。
毎日こっそりオープンフィールドで戦いの訓練を積んでいる。
向こうではもっぱら槍の特訓に明け暮れていた。
騎乗戦闘のためだ。
リーチの短い剣では騎乗したまま戦うことはできない。
馬上で使うロングソードもあるにはあるのだが、これは翼を傷つける恐れがあるため使いづらい。
やはり竜に騎乗するなら突撃槍がベストだ。
行き先はタチアナの提案でダンジョンのある迷宮都市ジェロイスホーフに決まった。
前衛に盾を持った剣士のタチアナ、後衛に治癒魔術師である僕、という構成で通すつもりらしい。
もちろんそれは表向き冒険者登録をする際の決め事であり、実際には僕も前衛で剣を振るう。
十歳の僕がダンジョン内に入るには、剣士としてではなく治癒魔術師として、というのが自然だ。
冒険者に魔術師は希少というほど希少ではないが、それでも治癒魔術師に限って言えば希少と言える。
もっと安全で楽に稼げる治癒魔術師は、冒険者などにはならないからだ。
冒険者の傷の治癒はもっぱらポーションで行う。
本当に極稀に幸運なパーティに治癒魔術師の冒険者が加入していることがあるが、それは例外なのだそうだ。
そんな希少な治癒魔術師だから、十歳でもダンジョンにつれていくという絵面がまかり通るようになる。
迷宮都市ジェロイスホーフには徒歩で向かう。
だいたい一ヶ月程度の道のりだ。
馬車を使わないのは路銀の節約のため。
実のところ現実世界でもポーションを売ってそれなりのまとまったお小遣いを持っていたのだが、今回の旅支度で防具の新調などで吹き飛んだ。
オープンフィールドに行けばもっと良質な自作防具があるのでもったいないことだが、こればかりは仕方がない。
必要経費だと割り切ることにした。
ジェロイスホーフへ向かう途中途中で、商隊の護衛を引き受けながら進む。
一ヶ月の道のりを女子供がふたりで行くというのはちょっといただけない。
実際にはそんじょそこいらの野盗に襲われても返り討ちにできるのだが、そこはそれ。
商隊の護衛をすれば食事付きで給金が出るのだから、懐が寒い僕たちにはありがたい仕事だ。
僕が治癒魔術師だと言えば、十歳だろうとありがたがられる。
一人前として給金が出るのだから、悪くない。
ジェロイスホーフへの道のりの半ばあたり。
いつものように商隊の護衛を務めていた僕は、嫌な〈直感〉を感じて周囲の気配を探った。
どうにも掴みどころがないが、恐らく商隊が山賊に狙われているのだろう。
襲撃を受けるのがいつになるのか分からないが、警戒に越したことはない。
「タチアナ、嫌な感じがする。多分、山賊に襲撃される」
「本当ですか? ……〈索敵〉には反応がありませんが」
そりゃ相手も〈索敵〉を警戒して距離をとってこちらを観察しているだろう。
もしくは〈隠密〉スキルで〈索敵〉を欺いている可能性もなくはないが……そのような手練とは当たりたくない。
そういえばまだ人間を殺したことはないな、と漠然と思った。
魔物を散々殺してきたから、今更人間を殺したところで心はこれっぽっちも動かないだろうが、ここいらで殺人童貞を捨てておくのも悪くないかも知れない。
〈発見〉と〈索敵〉で周囲を警戒する。
……いた。
道の両脇の樹上に弓を持った賊がひとりずつ。
僕は魔力を練り、
「〈ウォータースピア〉!」
片方を撃ち落とした。
〈魔術制御〉で鋭く尖った水の槍は賊の胴体を貫いている。
あれなら助かるまい。
すぐさま〈魔力圧縮〉で二の矢を放ってもう片方も片付ける。
商隊とその護衛も、排除された賊を見てはじめて伏兵に気づいたようだ。
そこからは乱戦となる。
馬に乗った山賊が前後からやって来て、「女以外は皆殺しにしろ!!」と叫びながら襲いかかってくる。
僕は表向き治癒魔術師なので剣は抜かず、〈ウォータースピア〉を馬を狙って連射していく。
落馬した山賊たちを商隊の護衛たちが順番に制圧していった。
最も大きな馬に乗った山賊のリーダーはさすがに強かったようだが、タチアナの敵ではなかった。
〈ディテクト・ステータス〉を使うまでもない、多分〈斧技〉レベル4程度の技量だろう。
「凄いな坊主。治癒魔術師と聞いていたが、攻撃魔術もなかなかのものじゃないか!」
「おう、誰よりも早く樹上の伏兵に気づいたものな」
「タチアナさんも賊のリーダー格を瞬殺だ。こりゃふたりには特別報酬を出さないとな!」
商隊のリーダーが僕たちを褒めてくれる。
これも冒険者としての実績になるから、認めてくれるのは嬉しいことだ。
山賊の襲撃はこの一回こっきりで、僕たちは無事に迷宮都市ジェロイスホーフにたどり着いたのだった。




