第二話
前世には『ソード&ソード』という大人気VRMMOがあった。
プレイヤーはオフラインモードでメインシナリオを進行する。
これはいくつかのルート分岐はあるものの決まったストーリーが展開され、敗北しない限りはハッピーエンドに到達することができる。
ただしメインストーリーでは経験値やお金を稼ぐ、いわゆるレベリング行為ができない仕様となっている。
しかしメインストーリーから外れていつでもオンラインモードに移行でき、そこでは他のプレイヤーと協力して経験値やお金を稼いだり、アイテムの制作などを行うことができるという仕様だ。
オンラインモードを夢中で遊んでいると、気がつけばオフラインモードのメインストーリーがヌルゲーになっていた、というのは『ソード&ソード』あるあるである。
さて実は僕、ロイク・ルークエンデはメインストーリーに登場する端役だ。
序盤の学園で、プレイヤーになびく幼馴染の少女を振り向かせるべく、決闘を挑んで負けるという情けない役どころである。
正直なところ、メインストーリーでの出番はそのくらいで、処刑されたり国外追放にあったりと、酷い目にあうようなキャラクターではないことには安堵している。
何よりやり込んだ『ソード&ソード』の世界に生まれ落ちてテンション上がったというのが正直なところだ。
「ロイク様! ロイク様~!?」
今日もマリアベルが僕を探している。
いい加減、書庫にいると気づいてもいいような気もするのだが、根が善人なマリアベルは僕が父上の言いつけを破って書庫にいるなどとは考えもしないのだろう。
こそこそと書庫を抜け出し、何食わぬ顔でマリアベルのもとに行く。
するとマリアベルは可愛らしい少女を連れていた。
「あ、ロイク様! もうどこにいたんですか?」
「暇だったから屋敷を散策していただけだよ。それで……そっちの子は?」
「隣領のお嬢様で、フェリシア様です。ロイク様と同じ六歳ですよ。旦那様がお相手して差し上げろ、とのことですのでお連れしました」
出たよ幼馴染。
そうか、六歳だからわからなかったけど、よく見れば面影があるなあ。
「分かった。……初めましてフェリシア、僕はロイク。ルークエンデ家の三男だ」
「初めましてロイク。フェリシア・ファーランドと申します」
「庭は寒いし、僕の部屋に行こう。リバーシは知っている?」
「はい!」
ゲーム『ソード&ソード』ではミニゲームとしてリバーシが登場する。
だからか、子供から大人までリバーシを嗜む人は多い。
ただし貴族ともなると、兵棋演習に近い複雑なボードゲームもあって、そちらに習熟することが求められるのだけど……六歳の僕たちには今のところ関係はない。
僕はフェリシアを連れて自室でリバーシを楽しんだ。
手加減しなければ勝ちっぱなしになってしまうため、適度に先読みしないように気をつけながら打つ。
「やった、勝ちました!」
「これで僕の六勝四敗だね」
暖炉の薪がパチリと爆ぜた。
寒いと思って窓の外を見れば、雪がチラついている。
「見てフェリシア、雪が降っている」
「本当だ。ねえロイク、外に出ましょう?」
わざわざ寒い思いをしたいとは奇矯な子だ。
いやこれは僕が老成しているだけかもしれない。
子供ならば雪遊びをしたいものだろう。
「マリアベル、外に出るから外套と手袋を」
「かしこまりました。フェリシア様の分も準備してきますね」
側で控えていたマリアベルに雪遊びの準備を命じた。
事件は玄関で起きた。
いや、既に事件が起きていた、と言うべきか。
「ロイク。それにフェリシア嬢も。外に出てはいかんぞ」
「どうなされたのですか、父上」
父は鎧を着て帯剣していた。
アーヴァング先生も実剣を佩いている。
ただならぬ事態が起こっていることは容易に察せられた。
「スノーウルフとゴブリンが出た。まったく――雪が降った途端にこれだ」
「分かりました。部屋に戻ります」
ゴブリンは子供くらいの大きさの魔族で、人間の敵だ。
スノーウルフは白い狼の魔物で、知能が高い割に魔族によく使役されている。
スノーウルフが俊敏さで撹乱し、その間にゴブリンが略奪をするのは黄金パターンである。
「フェリシア。私もルークエンデ卿を手伝いに出陣する。ロイク君と大人しく待っているんだよ」
「はい」
フェリシアの父、ファーランド卿は魔術師だと聞いている。
杖を右手に持ち、左手でフェリシアの頭を撫でてから、父とアーヴァング先生の後に続く。
「仕方ない。フェリシア、今度はカードで遊ぼう」
「うん」
ちなみにカードというのはトランプのことで、『ソード&ソード』のミニゲームにポーカーがあったため、この世界でも流通している。
主に賭け事に使われるが、貴族の家では子供の算数教育がてら神経衰弱や七並べなどが遊ばれる。
しかし雪が降ると同時にスノーウルフとゴブリンが出るとは、今年の冬はついていない。
どうか父たちが無事に戻りますように。