第十九話
ジリジリとすり足で間合いをとる。
十分な距離が空いたところで、
――〈模倣・闘気法〉〈魔力操作〉〈魔力圧縮〉〈集中力〉〈瞬発力〉〈膂力〉〈疾走〉〈剣技〉!!
ガン、と木剣がアーヴァング先生の木剣をかち上げた。
「お見事!」
「……はあ、はあ」
汗だくになってその場に倒れ込む。
晩秋のある日。
僕は遂にアーヴァング先生から一本を取ることができた。
「遂にアーヴァング氏から一本を取りましたね。坊っちゃん、本当に八歳ですか?」
「八歳だよ。これでもね」
「神童と呼ばれるだけのことはありますね。学園とやらで習う座学もほぼ終わっていると聞いていますし、イチェリーナ先生の魔術の講義も余裕でついていっているとか。はあ~……才能の差ってやつですかねえ」
タチアナがうなだれている。
最近ではタチアナに負けることがほとんどなくなっていたから、それも仕方のないことだ。
なんだか悪い気もしてくる。
こちらはスキルツリーというこの世界の理から外れたチカラを行使しているからだ。
「でもタチアナの〈盾技〉にはまだ追いつけていないよ?」
「そこが最後の牙城ですけど……坊っちゃんなら早晩、〈盾技〉も追いついてきそうで」
否定できない。
最近タチアナとの立ち会いではもっぱら〈盾技〉を〈模倣〉してレベルを上げようと頑張っているからだ。
とはいえタチアナも上達している。
僕とアーヴァング先生との模擬戦を経て、タチアナ自身も〈闘気法〉を身につけたし、〈剣技〉〈盾技〉ともにレベルが上がっている。
全体的なステータスも伸びているから、かなり強い部類の戦士なのだ。
アーヴァング先生はもとより、僕という規格外が身近にいるから自己評価が低くなりがちなだけで、タチアナは十分に強い。
「さあ、次はタチアナと僕の番だね」
「はい坊っちゃん。お手柔らかにお願いしますね」
「手加減はしないぞー」
「……モテませんよぉそんなことじゃ」
ジト目でタチアナが僕を見下ろす。
夏の間に機嫌を取ることに成功したフェリシアの記憶が蘇る。
ええええ、モテませんよどうせ僕はモブキャラですからね。
学園で主人公と決闘して負ける役目を負った後は、固定セリフを吐くだけのモブだ。
しかし、こんなに強くなってしまったけど、主人公は僕を倒せるのだろうか?
そもそもフェリシアを巡って決闘する気が僕にはない。
最初から他人に惚れると分かっている女の子、という位置づけなので、今更それを巡ってどうこうしようとは思わない。
一目惚れするならしてくれて一向に構わない。
もちろん今、僕に懐いてくれているフェリシアが可愛くないわけじゃないんだけど。
もやもやしたものを抱えてタチアナとの模擬戦に臨んだためか、危うく負けるところだった。
油断大敵である。
退屈な冬がやってきた。
学園で学ぶ座学はとうに終わっていたから、もっぱらアーヴァング先生の剣技の授業か、イチェリーナ先生の魔術の授業を受けながら過ごした。
あとはこっそりと〈水の精霊術〉についての研究だ。
家にあった書物には精霊術に関する詳しいものはなかったので、手探り状態で精霊術を使いまくった。
〈水魔術〉の再現は概ね問題なくできる。
それどころか、〈水魔術〉の強化にも使えることが分かった。
これは非常に強力な効果で、〈水魔術〉が大きくレベルアップしたようなものだった。
しかし〈水の精霊術〉単体では〈水魔術〉と変わらない。
いや、制御が難しい分だけ〈水魔術〉に劣るとも言える。
当面は〈水の精霊術〉は〈水魔術〉の強化にだけ使うことにする予定だ。
学園の図書館に行けば精霊術に関する書物も見つかるだろうから、そのときが今から楽しみである。
あとは遂に〈記憶力〉ツリーをコンプリートした。
〈写真記憶〉は動画を記憶することができるようになり、その動画内容を〈模倣〉することができるという便利な使いみちを発見し、これでいつでもアーヴァング先生の戦い方をモノマネできるようになったのだ。
これは非常に大きい。
当人が目の前にいなくてもいいのだから。
また〈記憶の図書館〉に入れるようになった。
任意の壁に鍵つきの扉を作り出して、そこに入ると僕がこれまでに読んだことのある書物が並ぶ図書館に入ることができる。
それどころか僕のこれまでの人生で見聞きしたことについての記憶も書物と化して閲覧できる。
まあそれはこれまでも脳内で行えたことだが、緊急避難場所として図書館に籠城できるようになったのは大きい。
何よりこの〈記憶の図書館〉、僕のみならず他人も引っ張り込めるところが大きいのだ。
更にこっそりと毛布や保存食を持ち込み、疑似〈時空魔術〉の亜空間収納としても扱えるのがありがたい。
風呂がないのが難点だが、そこは〈水魔術〉と〈光魔術〉の混合魔術〈クレンリネス〉で汚れを落とすことができるので、それを活用することになるだろう。
なおトイレはある。
重要なことに前世の水洗トイレだ。
さすがに温水洗浄機能まではないが。
ジンを倒して得られた熟練度はかなりの量で、〈記憶力〉ツリーをコンプリートして余りあるものだった。
なので保留にしていた〈情報魔術〉を伸ばすことにした。
〈情報魔術〉のレベル2は〈エンサイクロペディア〉だ。
これは『ソード&ソード』のゲーム内設定資料集の閲覧ができるというもので、ほとんどすべての項目が閲覧できる状態にあった。
新しい読み物が大量に増えたので、夜なべして読書した結果、この世界の成り立ちからマナの性質、主な登場人物のパーソナルデータまで、様々な情報を得ることができるようになった。
更にこの魔術は〈記憶の図書館〉と連結することができて、〈記憶の図書館〉に設定資料集が納本されることとなった。
〈検索〉をかければいつでも情報を引き出せるので、〈エンサイクロペディア〉の魔術自体は不要になったが、大きな収穫だった。
気を良くした僕は、調子に乗って〈情報魔術〉のレベルを3にした。
レベル3の〈情報魔術〉は、〈インベントリ〉である。
物質を情報に分解して個人空間に格納する……〈時空魔術〉の亜空間収納と同等のものだが、これは情報に変じた時点で時間が止まるのが大きい。
時間停止アイテムボックスとか、チートの極みじゃないか。
これを習得した時点で〈記憶の図書館〉に格納していた毛布や保存食を〈インベントリ〉に移した。
チートを確信した僕は意気揚々と〈情報魔術〉をレベル4にする。
得た魔術は〈フレンド申請〉と〈フレンド通信〉だ。
もうここまで来ると魔術じゃなくて機能だが、これはテレパシーとして有用であることは確かだが、予め〈フレンド申請〉した相手としか通信できないのがネックか。
〈フレンド申請〉するとどうなるのか分からないので不用意に試せないのがまたややこしい。
便利だと分かっているのだが、塩漬けになりそうな機能だ。
そして〈情報魔術〉はレベル5でコンプリートとなった。
最後の魔術は〈オンライン接続〉と〈ログアウト〉である。
一瞬、この世界から〈ログアウト〉できるのかと思ったが違う。
かつて『ソード&ソード』がオフラインで遊べるメインストーリーモードと、オンラインで遊べるレベリングモードがあることは説明したのを覚えているだろうか。
〈オンライン接続〉はどうやらレベリングのできるオープンフィールドへ転移する魔術らしい。
そしてそこから元のこの世界に戻ってくるのに必要な魔術が〈ログアウト〉というわけだ。
少し試したところ、驚くべきことに〈オンライン接続〉した先のオープンフィールドにいる間、この世界の時間は停止状態になることが分かった。
メインストーリーから外れてレベリングができるというゲームの仕様をそのまま魔術にしたようなものだ。
修行し放題とは完全にチートである。
かくして僕は日常生活に支障が出ない程度に修行を始めることにしたのだった。
そうこうしている間に冬が終わり、春が訪れた。
ロイク・ルークエンデ(男/9歳)
【魂】
└【前世の記憶】
【肉体】
├【器用】
│ └〈剣技〉Lv7 update!
├【敏捷】
│ ├〈回避〉Lv6 update!
│ ├〈俊足〉Lv4 update!
│ ├〈軽業〉Lv4 update!
│ ├〈水泳〉Lv1
│ └〈跳躍〉Lv1
├【感知】
│ ├〈発見〉Lv1
│ ├〈索敵〉Lv2
│ └〈常在戦場〉Lv3 update!
├【筋力】
│ ├〈格闘技〉Lv5 update!
│ ├〈盾技〉Lv6 update!
│ ├〈膂力〉Lv4 update!
│ ├〈瞬発力〉Lv4 update!
│ └〈鍛冶〉Lv1 new!
└【体力】
├〈持久力〉Lv5 update!
└〈持久走〉Lv3 update!
【精神】
├【知力】
│ ├〈集中力〉Lv6
│ ├〈記憶力〉Lv10
│ │ ├〈模倣〉Lv5
│ │ ├〈写真記憶〉Lv5 complete!
│ │ └〈記憶の図書館〉Lv5 complete!
│ │ └〈検索〉Lv3
│ ├〈錬金術〉Lv5 update!
│ ├〈指揮〉Lv3
│ └〈戦術思考〉Lv3 update!
└【魔力】
├〈魔力操作〉Lv6 update!
├〈魔術制御〉Lv6 update!
├〈魔力圧縮〉Lv5 update!
├〈闘気法〉Lv5 update!
├【精霊語】
│ └〈水の精霊術〉Lv2 update!
├【水属性】
│ └〈水魔術〉Lv6 update!
├【光属性】
│ └〈光魔術〉Lv4 update!
└【情報属性】
└〈情報魔術〉Lv5 complete!




