先輩君の決意
試合会場にやってきた。
今日は女バスのインターハイ予選の初戦。相手はそこそこの強豪校と聞いたが、恐らく勝てるだろう。
俺が会場に着いたタイミングで試合が始まり、がらがらの観客席も少しは盛り上がった。
試合に出ているのは、なつき、奈々、まどか、沙紀とあと一人の三年生。
見た感じ、奈々はいつもどおり圧倒的に上手いが、今日はなつきもとても調子が良さそうに見える。
これならきっと勝てるだろう。
そう安心して、俺はベンチではなく、観客席に目を向けた。
「やっぱり」
俺はそう声を漏らす。
そこには、メガホンを握って、複雑な表情をしているあおが居た。
あおがベンチ入りできなかったことは察していた。
ベンチ入りメンバーが発表されると言っていた日の翌朝から第二体育館からドリブルの音が聞こえなくなったし、俺に今日の試合を観戦しに来るように言わなかった。
そして何より、あおはミルクティーを買いに来なくなった。
そんなこと入学して初めての出来事で、あおに会えない期間は、俺も辛かった。
直接言われたわけではないが、そんな態度をとられてしまってはあおがベンチ入りできなかった事は簡単に察することができる。
あんなに頑張ってたのにな。
そんな時、あおが俺の方を見た。
そして固まって動かなくなった後、どこかに走り去る。
今あおがどんな気持ちなのかは分からない。
でも俺は迷わず駆けだしした。
俺がやってきた出入口とはまた別の場所からあおは体育館の外へと走り出て、俺もそれを急いで追う。
人気のない体育館裏、どこかいつものあの場所に似ている所で、俺はあおを捕まえた。
「放してください!」
こんなにもあおに拒絶されたことは一度もない。
少し傷ついたが、それでも話すわけにはいかない。
「なんで来たんですか!」
始めて見るこんなにも怒ったあお。
思えば、俺賀辛かったときはいつもあおが俺の居場所になってくれて、優しく包み込んでくれた。
こんどは俺がそうしなくてはならない。
「このっ!……やめてください!!」
この状況を誰かに見られたら、すぐに警察に通報されるだろう。
でも放すわけにはいかないんだ。
「あお……聞いてくれ」
「嫌です!私を笑いに来たんですか!もうやめてくださいよ!こんなに辛いのに先輩にそんなこと言われたら、私もう耐えられません!」
そう言って、あおは俺の手を無理やり振り払った。
その眼は真っ赤に晴れていて、もう絞り出るほどの涙しか残っていない。
「ダメだったんです!いっぱい頑張ったのに!ベンチにも入れませんでした。全部台無しです!!そんなカッコ悪いところ、先輩だけには見られたくありませんでした……先輩にあこがれて始めたバスケも、もう大嫌いです!」
あおは俺にそう叫ぶ。
こんな時、俺はどうすればいいのだろうか。
そんなことないよ、と励ませばいいのか。
優しく慰めればいいのか。
でもそんな言葉は気の使った言葉で、結局のところ、俺の本音ではないような気がした。
じゃあ俺にできることは何だ?
あおは今、俺にあこがれてバスケを始めたと言った。
あおが俺に今何をして欲しいのだろう。
それはきっと、今まで一緒に過ごしてきた思い出を手繰り寄せれば見つかるはずだ。
俺はあおを抱きしめた。
すすり泣く声は弱弱しくなって、段々と俺に身を預けてくれる。
「俺、試合に出るよ」
あおからしてみれば、変なことを言われたと思うだろう。
追いかけてきたかと思えば、いきなり自分の話をしだしたのだ。
それでもわずかに驚いたように身を固め、そして静かになる。
「そして、あおに告白するよ」
「……え」
あおが俺に憧れてバスケをはじめ、そして嫌いになったというのなら、もう一度俺にお憧れてバスケをまた好きになればいい。
その後に、俺の事も好きになってほしい。
俺にできることは、それくらいだ。
「見てて、俺、勝つから」