12騎士選抜トーナメント9
暗躍する影がある。
闇の中に蠢く、金青の者……
天空に浮く大地で、眼下の喧騒を余所に動き回る。
静かに、しかし素早く……
天空の覇者の住まう地で、その所業は行われた。
主の帰還を待つ神の剣は……
真実を照らし出す、その剣は……
主ではない何者かに……
同じ剣を持つ蒼き者に、静寂の中で奪われていった……
「紅蓮の狼? それが、奴の所属する盗賊団の名前か?」
「ええ、エーシェル・ガルム……盗賊団のリーダーよ。神の狼なんて名前、もちろん偽名でしょうけど」
航太達の眼前に立つ大男……濃い髭を貯えて、太い腕に従える重そうな厚い湾刀……まだ距離があるのに、その威圧感に身が竦みそうになる。
その脇に立つ紅いローブを羽織る女性も、只者ではない雰囲気を纏っていた。
「ベルヘイム最強の盗賊団……ヨトゥンからでも遠慮なく略奪していく、命知らずの武装集団……それが紅蓮の狼よ。その団長が、なんでベルヘイム十二騎士の選抜トーナメントなんかに……」
ゼークの声が、微かに震えている。
紅蓮の狼のエーシェル・ガルムといえば、ヨトゥンの部隊長クラスなら倒してしまうと噂される程の強者だ。
ベルヘイム騎士団による討伐を何度も返り討ちにしている盗賊団の団長……そして、その傍らに立つ女性も弱い訳がない。
「さすがに上位8組まで絞られれば、無名の騎士なんていないわよね。ベルヘイムの戦乙女ゼーク様と、伝説の風騎士の航太様……私達の様な盗賊が戦えるなんて光栄ね」
「はっはっは! ミル、本気で言ってんのか? バロールを殺ったって話がガセなら、ここで散るだけだ。俺の見立てじゃ、奴はバロールを殺れる程の腕はねぇ! 尊敬してやる必要はねぇさ。ただ祭り上げられた道化師だろ……それか、手柄を横取りしたかな!」
ミルと呼ばれた女性……ミルヤミ・カールソンは、見るからに魔法使いという出で立ちをしている。
黒のローブに黒の三角帽子、そして紅い宝玉付きの杖……三角帽子の脇から流れ出る浅紫の柔らかい髪が風に揺れて、仄かに甘い香りが漂う。
「バロールも、団長みたいに油断してたらやられたのかもね。人は見た目で判断しちゃいけないよ。力だって、達人程隠すのが上手いんだから……」
「わーったよ! お前も……そうだったな。強い力程、成約も制限もある。肝に銘じておこう」
ガルムは心を戦闘モードに切り換える……油断を取り除いたその顔から、笑いは消えていた。
その張りつめた周囲の空気が、徐々に広がっていく。
「ちっ、なんだよ……急に空気がピリついてきやがった! うすら笑い浮かべてくれてる方が、やり易かったんだが……」
「でも、この程度の張り詰めた空気……慣れないとこの先やってけないよ! 私達だって、死線を超えてきた。笑われるような戦いだけしてきたんじゃない!」
ゼークの声から、震えは消えていた。
「あったりめーだろ! ヌルい戦いを生き抜いてきただけの奴に、白い閃光だの戦乙女だのって二つ名が付く訳がねぇ! 頼りにしてるぜ、相棒!」
航太の声と同時に、試合開始の合図が鳴る。
「だらぁぁぁ!」
開始と同時に、巨大な湾刀が風を切り裂きながら航太に襲いかかった。
「力があるからって、単調すぎんだよ!」
バスタード・ソードを床に突き立て、更に剣腹目掛けて足を出す。
バスタード・ソードの剣腹に湾刀が当たり、反対の剣腹を片足で支えてた航太が弾け飛ぶ。
重厚な一撃でバスタード・ソードを粉々にして、一瞬動きが止まる湾刀……その背を……峰の部分を駆け上がる閃光……
閃光の如き動きから繰り出される光速の剣撃……
稲妻が走ったが如く、大地から駆け上がった閃光は、太い首に当たる前に動きを止めた。
何かに絡め取られる様に、その剣はゆっくりと動きを止める。
「これは……リンク・マジック?」
驚いたゼークだったが、反撃の為に動き出した湾刀の刀身を蹴って攻撃の範囲外に自らの身体を飛ばす。
たった一瞬の攻防……しかし、明らかに異次元の攻防に会場が沸き立つ。
「おいゼーク! 今、剣を止めた様にも見えたぞ! 余裕かましてんのか!」
「そんな訳ないでしょ! 魔法で止められたのよ!」
「って、あの一瞬でゼークの剣撃を止めれる魔法を唱えたってのか? そんな事、出来る訳ねーだろ!」
ゼークはハァっと溜息をつくと、魔法使い……ミルヤミを視界に捉える。
「褒めてくれてアリガトっ! 高位の魔法使いになると、事前に魔法かけておく事が出来るの。条件を満たすと発動する魔法……リンク・マジックって呼ばれてるわ」
「なんだそりゃ? あの巨体の全身を魔法の防御で固めてんのかよ!」
「そんな広範囲に、高レベルの魔法を仕掛けておけるとは思えないケド……そうだとしたら、王国魔法師団のトップより高位の魔法使いって事になる……」
ゼークの話を聞きながら、航太は腰に付けていた予備のバスタード・ソードを鞘から引き抜き、構える。
「なるほど……相手にとって不足無しってヤツだな! だが……王国魔法師団のトップには悪いが、その程度の力に足踏みしてる時間はねぇ! 最強の神と互角にやりやった男の説得に行こうって……そこへの道程で、神とか神級と戦う事になるかもしれねぇ……そこで、尻尾巻いて逃げる訳にはいかねぇんだ! 戦いながらでも考えて、切り開いて行くしかねぇんだ! 行くぜ、ゼーク! 相手も神剣なし……条件は一緒だ!」
ゼークは頷く。
神器を持っている者達に嫉妬している……負けても言い訳も出来る……でも……
神器を持ってない者に破れて、神器を持ってなかったから負けたなんて、言いたくない。
力を込めるだけで空気を張り詰めさせる事が出来る大男……
魔法を後出し出来る程の高位の魔法使い……
「相手は強い……でも、それでも超えて行く! 神器を持たない者の中では最強……私は、そうならなきゃいけないから!」
「んで、神剣を持つ者と組めば神をも超える……そう言われる為の第一歩だ!」
再び襲いかかる湾刀を、2人は同時に避ける。
胸踊る激戦の裏で起きてる事件を知る者は、まだ少なかった……
 




