12騎士選抜トーナメント2
「智美様、頑張って下さい!」
「ジル様も、ファイトー」
観客席の一角から、黄色い声援が飛ぶ。
騎士養成学校の生徒達の視線の先に、2人の黒髪の女性騎士がいる。
静かに…‥しかし、力強く……穏やかな風と共に、その騎士達は舞台に立つ。
その瞬間、会場は更に歓声に包まれる。
「凄い……みんな、応援に来てくれたんですね……」
「うん……力になるね! 私も、こんなに歓声を受けたの始めて……応援が力になるって、本当だったんだなぁ……」
止まる事の無い歓声……
学生達を守る為に戦い続けた伝説の水の女神……
貴族の身でありながら努力を続け、最短で騎士見習いまで駆け上がった心優しき女性……
学生達の声援に巻き込まれる様に、会場全体が揺れる。
「智美様の人気、凄いですね! 遠征軍の時だけでも大人気だったのに、更に学生さん達を助ける為に奮闘したって話ですから、当然ですね!」
「えーっとね、テューネ……それ以上言うと変に拗ねるのがいるから、やめてもらって……」
ゼ―クは隣に座っている航太を見て……そして溜息をついた。
「くっそー! なんなんだ、この女性人気はよ! 城の外で化け物と戦って、退けたのはオレだぞ! オレの時は、これの倍ぐらいの声援があるんだろうな!」
「ある訳ないし、そんな事を言う人の人気があると思ってんの? 少しは智美を見習ったら? あの落ち着いた佇まい……私も見習わないと」
ゼ―クの言う通り、一つ一つの動作に気品が感じられ、つい目がいってしまう。
智美もジルも、地味に見えるが華がある。
それは気品ある動作によるモノなのか、内から滲み出る優しさによるモノなのか……
対戦相手が発表され2人が剣を抜くと、会場のボルテージが最高潮に上がる。
その熱気を冷ます様に……冷静になれと自分に言い聞かせる様に、智美の身体が青白磁の光に包まれた。
目の前の相手は、ベルへイム近衛騎士団に所属している。
純粋な力量で考えれば、圧倒的に不利……
大学生と騎士見習いが、大国の近衛騎士を相手にするのだ。
水の女神の力は癒やしの力……強い騎士と組めば絶大な力を発揮するだろうが、パートナーは騎士見習いになったばかりの女性……
観戦している殆どの者が、ベルへイム近衛騎士の2人が勝つと予想しているだろう。
だからこそ、応援にも力が入っていた。
「ジルちゃん、いくよ。神剣を使いこなせなくても……神剣の力を使わなくても……私達は戦い抜く。強い心を持って……」
綺麗な青に包まれた智美の……その瞳を見つめ返し、ジルは静かに頷く。
試合開始の合図が会場に響いた……瞬間、智美の身体が消える。
智美は後方支援……そう思っていた近衛騎士は意表を突かれた。
白磁の光を残して近衛騎士の懐に一瞬で飛び込んだ智美は、2本の剣で幅広のバスタード・ソードを弾き上げる。
その細い腕のどこにそんな力があるのか……
バンザイをする様に腕を上げた近衛騎士に、光の中から飛び出したジルの一撃が襲う。
剣腹で胴体を叩かれた近衛騎士は、後方に転がって倒れる。
倒れた近衛騎士は、審判により戦闘不能の宣言を受けて場外へ運ばれた。
「ナイス、ジルちゃん! あと1人!」
「はい! 集中……切らさないように……」
一瞬の出来事……あまりに一瞬の出来事だった為、一呼吸置いて大きな歓声が会場を包み込む。
その歓声の中心で……しかし、智美とジルは冷静だった。
残った近衛騎士を視界に入れ続け、反撃に備える。
仲間が倒された隙を付こうとしていた近衛騎士は、ジルの前で剣を構える智美によって止められた。
その一瞬の間で、近衛騎士を倒したジルも次の行動に備えて剣を構える。
「落ち着け……危険なのは水の女神だけだ。純粋な力量では私の方が上の筈……近衛騎士になれた自分を信じるんだ!」
大きく息を吐き肩の力を抜いた近衛騎士は、自然体で自分の型を整えていく。
緊張が走ったのは、僅かな時間だった。
近衛騎士の剣術は、王を守る為のもの。
が……王を護れる腕を持つ者が弱い筈がない。
攻めに出ても、その辺の騎士など相手にならない実力を持っている。
ガキイィ!
ジルの頭を目掛けて振り下ろされるバスタード・ソード!
その剣筋は柔らかく絡み取られ、擦られる金属音と共に地面に導かれた。
相手の力に逆らわず、受けた剣を反転させて、逆に近衛騎士の剣を抑えつける。
決して遅くも弱くも無い近衛騎士の剣撃は、だからこそジルの剣に絡み取られた。
アンジェル家の剣術もまた、護る為の剣……
アンジェル家の人間を慕い、支えてくれる人々の全てを護る為の剣術。
神剣ティルヴィングと共に磨かれたアンジェル家の剣術は、常に強者と戦う為に研鑽を積まれていった。
相手の力を利用し、その力を反転させる。
バスタード・ソードを抑えつけているジルの影から、白磁の光が飛び出す。
「くっ!」
近衛騎士はバスタード・ソードを放棄すると、瞬時に後方に飛ぶ。
閃光と共に振られた草薙剣を躱し、近衛騎士は無駄のない動作で脇に差していたスモール・ソードを抜く。
智美の次の一撃……天叢雲剣の剣撃をスモール・ソードで受けた。
防御に徹した近衛騎士は強い……はずである。
確かに、皇の目を使っている智美の攻撃をスモール・ソードで受けているのは流石と言えるだろう。
だが、近衛騎士は攻撃に移れなかった。
間髪入れず襲いかかったジルの攻撃を辛うじて受けた近衛騎士に、懐に入り込まれた龍皇の子の一撃を受ける余裕は無く、草薙剣の剣腹による一撃によって後方に派手に飛ばされる。
一瞬だったが息を飲むのも忘れる攻防に、会場全体が静寂に包まれていた。
が……勝者のコールと共に凄まじい程の歓声が上がる。
「智美様もジルちゃんも、強くなりましたね! これは、ライバル出現ってヤツですか?」
「水の力も使わないで近衛騎士のチームに勝利か……それに、皇の目の力も自分のモノにしつつある。厄介な相手になりそうだぜ!」
歓声に応える為に手を振る智美に、ゼ―クは不安を感じていた。
「回復の力を使って、皇の目の副作用を抑えている……けど、その戦い方じゃもたないよ……あなたは、後方支援でいいのに……」
ゼ―クの呟きは、大きな歓声に掻き消されていた……




