12騎士選抜トーナメント1
「あー、疲れてる。オレは、超絶疲れてるぞー! 特訓からの開会式、そして特訓して今だ! いいか、オレは人間であって化け物じゃねぇ! 一睡もせずに初戦を向かえる頭の悪い人がいますか? あー、ここにいましたねぇ!」
充血した目を擦りながら、悪態をつく男が一人……あからさまに不機嫌な顔で、十二騎士選抜試験の会場に立っている。
「航太の頭が悪すぎるから、徹夜になっちゃったんでしょ! 私だって、徹夜なんてしたくなかったわ! また、肌が荒れちゃうよ……」
「ゼークの肌荒れと徹夜は関係ねーだろ! 関係あるとでも思ってんのか?」
「あんですってぇー! 私の肌が毎日荒れてるって言いたいわけ? もー怒った! 抜きなさい航太、ここで決着をつけてやるわ!」
喧嘩を吹っかけてくる航太を睨みながら、ゼークはバスタード・ソードを構えた。
「おーおー、やってやんよ! 卑怯だろーがなんだろーが、神剣使ってギッタンギッタンにしてやんぜ! そしてオレは、睡眠時間を手に入れる!」
航太もエアの剣を構え……そして、その神剣に力を込める。
「ゼーク、いい加減にしないか!」
「航太は相変わらずか……数日で成長する奴はいるが、大抵は成長せんからな……期待してた分、残念だな」
殺気が渦巻く2人の間に颯爽と現れた男が2人……凛々しき2人の騎士は、それぞれゼークと航太の目の前に立つ。
「オルフェ元帥……」
「って、アルパスター将軍じゃねーか! あんた、フィアナ騎士団所属なんだろ? だとしたら、暇じゃねぇ筈だろ!」
オルフェの登場に少しだけトーンを落としたゼークとは対照に、航太は久しぶりに合ったアルパスターに対しても引く姿勢を見せない。
「久しぶりに会ったってのに、随分と礼儀が無いな。それに我々が忙しいのは、一真絡みだ。と、なれば……航太に会いに来るのは、自然な事だろ?」
アルパスターからの言葉は、静かながら剣を納めろという揺るがない意思を感じた。
歴戦の勇士たるアルパスターの視線と言葉と態度から凄まじい程の圧力を感じた航太は、渋々エアの剣を納める。
遠征軍に帯同していた頃は、アルパスターの事を強いとは思っていたが、恐怖に感じる事は無かった。
相手の力量が分かる様になったという事は、それだけ航太が強くなった証明かもしれない。
しかし航太は、縮まらない力の差を感じていた。
「相変わらず、おっかねぇなぁ……冗談だよ、冗談。こんな場所でベルヘイムの戦乙女を傷つけたら、野次馬共に殺されちまうぜ! そんな阿呆な事、まぢでやらないって!」
「なら……いいがな。そんな事より、一真を取り巻く状況……分かっているかもしれんが、かなりヤバイぞ。フィアナ騎士団も、近いうちにキャメロット国へ進軍する。そして各国も、その動きに合わせて進軍する予定だ。そうなる前に、一真を心を取り戻さなければならない」
アルパスターの言葉に、航太の顔も真面目なモノへと変わる。
聖凰騎士がベルヘイムに現れ、ヨトゥンの将を連れ去った時から、何となく分かっていた。
「キャメロット国が……聖凰騎士団が、ヨトゥンまで仲間にしてるから……って事か?」
「そう……それだけではなく、マックミーナ族や禁忌を犯した魔法使い、神と各国の騎士……ありとあやゆる種族を仲間にしている。そしてその国の国王は、最強の神と互角に戦う程の力を持った心を失った化け物……」
その言葉が終わる前に、航太の右手はアルパスターの胸ぐらを使む。
少し前に感じた畏怖感は、アルパスターの言葉で掻き消されていた。
「今、何て言った! 一真は化け物じゃねぇ! 少なくとも……あの時、あの場にいた奴が化け物だなんてぬかしてんじゃねぇよ!」
「落ち着け、航太! アルパスター殿も、一真を化け物だなんて思ってない! 世間では、そう言われているってだけだ! そうでなければ、こんな時にベルヘイムまで来ない。分かるだろ?」
オルフェの言葉で冷静になった航太は、アルパスターから右手をゆっくりと放す。
「ああ……そうだな。すまねぇ、将軍」
「気にするな。失言をしたのは私の方だ。話が逸れたが、このままではキャメロット国が大部隊に囲まれる事になる。当然、聖凰騎士団も黙って降伏などする筈はない。一真やフレイヤ殿……それに、ヨトゥンの部隊長クラスと戦争になる。双方に多大な犠牲が出るのは間違いない。その悲劇を止めるのは、あの時、あの場にいた私達……一真の本当の姿を知っている我々が止めるしかない。そうだろ?」
アルパスターの言葉に、航太は静かに頷く。
「航太……だからこそ、私達は十二騎士にならないといけないわ。肩書きなんて、ただの肩書きだって言うかもしれないけど、十二騎士がキャメロット国を救うために動いているって……それだけで、私達に賛同してくれる人々は増える筈なの。そうした人々の想いが、キャメロット国を……一真を救ってくれる……」
「ああ……けどよ……気になってはいたんだが、キャメロットにはフレイヤ様もいるんだよな? 多くの犠牲を出しても取り戻そうとした姫様が所属する国を攻めるってのか? ベルヘイムもアルスターも……」
航太の問いに、オルフェはゆっくりと首を縦に振る。
「その通りだ。当然、フレイヤ様の救出部隊は別に編成されるだろうがな……それ程に、キャメロット国は……一真は脅威だと思われているって事さ。航太も見たのだろう? 聖凰にほろぼされた町……フィアナ騎士団が主戦力を投入しても守りきれなかった町……聖凰騎士団は先兵のマックミーナ族が数名犠牲になったが、フィアナ騎士団の犠牲者は数十名に及んだという。最強の騎士団の団長まで最前線に出たにも関わらず……だ。そんな連中が、本気で攻めて来たら……分かるだろ? オレ達は、一真の事を信じれるかもしれない。心を失おうが、無駄に人を傷つける様な事はしないってな! だが、他の者……遠征軍で一真の戦いを見ていない者達にとっては、最強の神と互角に戦える心を失った人間が、町を滅ぼしたって事実しかない。ただただ、恐怖なんだ……」
「フレイヤ様奪還は、最重要の任務に位置付けられる。だからこそ、フィアナ騎士の上位ナンバー、ベルヘイム十二騎士からフレイヤ様奪還の部隊が編成される筈だ。その為の選抜試験でもあるのだろう。おそらく、その部隊の隊長は私になるだろうからな」
航太の耳に、アルパスターの声は届いていた。
そう……フレイヤ奪還が成されなければ、本格的な攻撃は出来ないだろう。
強引にでも連れ帰れる程の力を持った精鋭で部隊を組む必要がある。
「実力で、そのメンバーに入れって事か。確かに……これだけの人が見ている大会で活躍すりゃ、そのメンバーに入れるな。だから、ゼークもテューネも……」
「私達も、一真に戻って来て欲しい気持ちは一緒だよ。それに、私ね……4人と食事を一緒にしたい。皆が揃って食事した事って、一度も無いんだよ。智美がロキの捕虜になって、一真がバロールと戦いに出て……遠征軍の時は、一真はホワイト・ティアラに所属していたし……皆で笑って食事した事無い。笑って食事して……そして、お礼がしたい。ベルヘイムも……神もヨトゥンも知らない国から来て、それなのに私達の世界を守る為に命を懸けて戦ってくれている英雄達に……」
ゼークの想いが、航太の胸に突き刺さった。
徹夜したのは、自分だけじゃない。
ゼークも……そして、この状況を整えたオルフェも、忙しい中アルスターから駆け付けたアルパスターも……欠伸しながら歩いて来るテューネも……
皆、一真を救う為に全力で出来る事をしてくれている。
一真を救う為に先頭で声を上げなければいけない自分が、徹夜如きで……
「そりゃ……怒るよな……すまねぇ、ゼーク……」
俯いたまま小さく呟いた航太は、強く……強く拳を握る。
力の篭った一歩を踏み出す為に……




