大会に向かう道1
「朝だーっ! そして、この小っせー寮の部屋ともオサラバだ! さっさと出てくかーっ!」
さして荷物の無かった航太は、数分で部屋の荷物を片付け玄関の前に立っていた。
颯爽とドアノブに手をかけた航太だったが……その手を離して振り返る。
「そんなに長い時間、過ごした訳じゃねーのに……色々とあったな……ジル達と話をして無茶なカリキュラムに巻き込んだのも、この部屋だったか……」
その時も荷物なんて無くて、皆に色々と持ち寄ってもらったっけ……
「ザハール……お前、今どこにいるんだよ? くそ……オレが食堂に残ってさえいれば……」
あの時……フェルグス達が助けに来てくれる事を知っていれば、食堂を離れる事もなかった。
ザハールが暴挙に出る前に、止められたかもしれない……
「なんて、考えててもしゃーねーか。時の流れなんて、不可逆なんだ。後悔したって時間の無駄、大事なのは今……これからどーするかだ! 12騎士になって、一真の心を取り戻して、ザハールの話を聞いてから説教する! んで、元の世界に帰って終わりだ! いいか? 物語の主人公みたいに、余計な事に首を突っ込むな! 自分の限界を知れ……出来る事しか出来ないんだ……宇宙から何が攻めて来ようが、世界が滅ぼうが、今は関係ねー! そんな事、一真ぐらい力が使えるようになってから考えればいいんだ!」
航太は自分に言い聞かせるように……無理矢理にでも自分を従わせるように、声に出した。
一真が心を失う寸前に託された世界の命運……ずっと考えてはいたし、何が出来るかを悩んだ日もある。
だが……答なんて出やしない。
何かをしようとしても、力不足で何も出来ない未来が容易く想像できてしまう。
だからやらない……それは、逃げなのだろうか?
そう思った事もある……しかし、無い袖は振れないとも言う。
自分の力を過信した結果、フィアナ騎士であるアーレイを犠牲にしてしまった事もある。
無理な事でも、それに向かって努力する事は大切だと思う……しかし、それは目標ではない。
到達可能な目標をクリアしていった先にある夢の様なモノである。
「やれる事をやる……それだけだ。それでも、今のオレには困難な道程だ。それでも……信じてるぜ、相棒!」
航太は軽く自分の胸を叩くと、力強くドアノブに手をかけた。
「やぁぁぁぁ!」
気合いの入った女性の声が、広場にこだまする。
その声の後に、鋭い金属音が連続で響き渡った。
「オッケー、ジルちゃん。ちょっと休もうか? 太刀筋も良くなってきたね! 努力の賜物だよ!」
「ありがとうございます! 智美さんの指導のおかげです!」
額の汗を拭うジルの横で、イングリスがレジャーシートを広げ、智美がピクニック・バスケットを開く。
「今日は、クラブハウスサンドを作ってみたよ! あと美味しい紅茶も持ってきたから、水分補給もしてね!」
「わぁ! 美味しそう! 実家でも、こんなに素敵なパンの食事を頂いた事ないかも!」
卵にベーコンにレタスにトマト……
色取り取りに食材がサンドされたクラブサンドから、食欲をそそるオーロラソースが少しだけ顔を覗かせる。
「ウチだと、焼いたパンにサラダが出れば上出来だからな……こんな綺麗に食材が挟まっているパンは、見たことないよ……」
「そんなに言われると、少し恥ずかしいよ。食材を切って、挟んだだけなんだから……」
目を輝かせるジルとイングリスの表情に智美は少し顔を紅らめながら、お皿にクラブハウスサンドを取り分けた。
「智美さんと組んで良かったです! こんなに綺麗で美味しいお食事が頂けるのですから! はぁ~幸せ!」
上品ながら、嬉しそうにクラブハウスサンドを口に頬張るジルを見ながら、智美は作り笑いを浮かべる。
「いや……ジルちゃん。ご飯目当てでチームを結成されたとなると、ちょっと頭が痛いんだけどな……」
「でも智美さん、食事は大切だと思いますよ。美味しい食事を食べるから疲れも吹き飛んで、また頑張ろうと思える。智美さんの食事は、上位の回復魔法ぐらい凄いと思います。美味しいし!」
イングリスも、笑顔でクラブハウスサンドを口に入れた。
「はぁ……まぁいいか。美味しいって言ってもらえるのは、やっぱり嬉しいし……」
智美はそう言うと、少し湯気が立つ紅茶を静かに啜る。
「それにしても、今回の選抜試験……なんか不思議だよな。2人1組なんてさぁ…… 極端な事を言えば、1人がとんでもなく強くて、もう1人が弱くても優勝できちゃう可能性もある。それでも、2人とも12騎士になれちゃうなんて……」
「1人だけ強くても、優勝なんて出来ないよ。少なくとも、航ちゃんとゼークのチームとフェルグスと聖剣使いのチームは、1人だけの力で戦っているチームで勝てる筈がない。個人の力をつけた上で、チーム力もつけないとね!」
最後は自分に言い聞かせるようにイングリスに向かって言うと、智美は最後の一切れのクラブハウスサンドを口の中に放り込む。
「そうですね。そのチームの中に、私達も入れて欲しかったですけど……いえ、他のチームの方々に難敵だと言ってもらえる様になる為にも努力しないといけないですね。その為にも……」
「そうだね。でも、焦っちゃダメだよ。神剣の力が本当に必要だと願った時、きっと助けてくれるから」
智美の言葉にジルは頷くと、無意識にティルヴィングの柄を握る。
アンジェル家の当主達を支え、その当主達の心臓を貫いてきた剣。
当主達の願いを叶え、命を奪ってきた宝剣。
自分も、過去の当主達の様に……ティルヴィングに認められた瞬間に夢が叶う事が確定し、そして命を奪われる事も確定するのだろうか……
そう思うと、恐怖が襲ってくる。
夢の為に命を懸ける……命を落としても夢に辿り着けない人なんて、沢山いるだろう。
それならば、夢が叶うだけ幸せなのだろうか……
「ジルちゃん? どうしたの?」
智美の声に、ジルはハッと我に返った。
ティルヴィングを見たまま、少し固まっていたようだ。
「大丈夫です。少しボーっとしてしまいました。頑張りましょう。智美さんはアーサー王……一真さんの心を取り戻す為に、私は私の夢の為に。強く……ならなくちゃ……」
最後は呟く様に自分に言い聞かせると、ジルは勢いよく立ち上がった。




