王立ベルヘイム騎士養成学校35
「で、オルフェ将軍! ヨトゥンの連中が、何で攻めて来たか……しっかり説明をしてもらうぜ!」
「ちよっと航太! 将軍じゃなくて、元帥! しかも、見習いにもなってない人が元帥にそんな口を利いちゃダメだって!」
オルフェに突っ込もうとする航太を、ゼークが慌てて後ろから襟首を掴み急停止させる。
「どわっ! おいゼーク! 頚椎捻挫になったら、どーすんだ? 責任とってもらうぞ!」
「頚椎捻挫って……むち打ちって言いなよ。それでも、コッチの世界の人達に伝わるかも分からないんだから……」
呆れた顔で航太の前に歩み出た智美は、オルフェと向き合った。
「とは言え……私も航ちゃんと同じで、説明は聞きたいです。ヨトゥンの……それも、かなりの部隊が動いていたのに、お城に近付かれるまで気付かなかったんですか? これだけの国の防衛としては、あまりにも杜撰というか……」
智美の指摘に、少しバツの悪い表情を見せたオルフェは、視線を外しながら口を開く。
「まぁ……その通りだな。今は、予想外の事態が起きたとしか言いようが無いんだが……しかし、その件も含めて防衛計画の修正をしなくてはいけない事は確かだ。そして実際のところは一真達の介入で助かったが、国民には更なる恐怖を植付けてしまった事も事実だ……色々と厄介な状況にしてくれたよ」
オルフェは眉間に皺を寄せて、疲れを浮かび上がらせる。
「元帥……そんな顔をしていたら、ドンドン老けちゃいますよ。朗報なのは、城内に入り込んだヨトゥン兵を全滅できた事かしら? 今回の作戦が成功したかどうか、クロウ・クルワッハに伝わってないでしょうから……」
「城外のヨトゥン兵も全滅だ……一真の一撃でな。ヨトゥンの幹部も連れ去って行ったから、ヨトゥン側からしたら大惨敗な筈だ。そして……聖凰騎士が強ぇって事は、改めて思い知らされた……ベルヘイムの国民に恐怖を植付ける程にな。キャメロット国ってのは、別にベルヘイムの友好国って訳じゃねーんだろ?」
ゼークと航太の言葉に、オルフェは意識的に皺を伸ばして穏やかな表情を作りながら軽く頷く。
「ゼークの言う通り、最悪の事態だけは免れた。しかし、近衛軍……もしくは軍の上層部にいる何者かが裏切っている可能性がある。でなければベルヘイム城下とは言え、容易く侵入出来る筈が無い。だが当面の問題は、キャメロット国の脅威だ。策を弄さず城下に入り込み、ヨトゥンの将メイヴを捕らえ、更に……黒き龍の二つ名を持つニーズヘッグをも退けた。それも部隊を派遣せず、騎士数名でやってのけたんだ。それだけの騎士達が束ねる兵達は、一つ目の巨人からヨトゥン……傭兵や奴隷、魔術師も含めた混合部隊と聞く。あまりに不気味で、そして強すぎる……」
言葉の最後には、再び眉間に皺を寄せるオルフェ……
「だからぁ……本当に年寄り臭くなっちゃうってば! 聖凰の動きは気になるけど、フレイヤさんとか絵美とかもいるんだから、何かあれば交渉出来るんじゃない? それより、民衆の動きをコントロールしないと……大きな波になったら、止められなくなるわ……」
「けど……カズちゃんも含めて、聖凰の人達はベルヘイムを守る為に戦っているようにも見えたわ。それでも、反聖凰になっちゃうんだね……」
ゼークの言う事も、智美が言ってる事も分かる……
「だから、これが戦争をしているって事なんだろうな……聖凰は聖凰の事情で戦争に介入し、結果としてベルヘイムを助ける形になった。ベルヘイムが正式に支援を要請し、それを受けた訳じゃないんだ……傍から見りゃ、ヨトゥンの将を簡単に倒した敵国の騎士って事になる。そう考えると、やっぱり脅威さ。心を失った悪魔……そう言われてんだからな」
歯軋りする航太に、悲しそうに瞳を伏せる智美……
救いたいと思っている義弟が、お世話になっている国の人々にそう思われている事が悔しく悲しかった。
命を削り……心を削ってまで守った国の人々から、恐怖の対象として見られている事にも納得が出来なかった。
それでも、だからこそ救いたいと思う。
「こんな事……言える力が無い事は分かっちゃいるが、救ってやんねぇとな……事実を知っているオレ達が目を背けたら、一真が何の為にロキの野郎と戦ったか分からなくなっちまう! ベルヘイムの騎士を命懸けで守った意味が無くなっちまう!」
「そうかな? 一真がロキと戦ってくれたから、私もオルフェ元帥も……それにテューネも帰ってこれた。そして、私達は感謝している……だからフレイヤさん達とは別の方法で、一真を助ける。私達だって、一真の功績を全てのベルヘイム国民の前で伝えたい……分からせてあげたい。でも、心を失っている状態じゃダメ……必ず取り戻そう……一真の心を!」
ゼークは首を横に振りながら、航太の手を取る。
オルフェもゼークも忘れていない……ベルヘイム騎士に容赦なく降り注いだ雷の雨……その雷を一身に受け止めた鳳凰の翼を……
「航太……ベルヘイム12騎士の1人になって、一真を救いに行こう! 世論が聖凰を……キャメロット国を敵だと煽り始める前に、私達がキャメロット国とベルヘイムの掛橋になろう!」
「あ? ああ……けどよ、オレはまだ見習い騎士にもなってないんだぜ? 明日が最終試験だったってのに、こんなメチャクチャになっちまったら試験どころじゃねーだろ? だからゼークが12騎士になって、お供でオレを連れて行ってくれよ。キャメロット国によ……」
浮かない顔で言う航太の言葉に、オルフェとゼークは顔を見合わせて……そして笑った。
「んだよ! 何笑ってんだ! 結構、深刻な問題だろーが!」
「いや……航太は結構頭が切れるから、騙されているフリをしているだけだと思っていたんだがな……まさか、本当に最終試験を受けるつもりだったか?」
頭にハテナマークを大量に放出する航太を見て、ゼークが頭を抱える。
「航太……元帥って、軍の最上位の階級なのよ。って事はさぁ……」
「おい……オレの予想が正しければ、今すぐブチ切れるんだが……覚悟は出来てんだろーな!」
オルフェは、ひとしきり笑った後に真剣な顔つきになった。
「航太……ベルヘイム騎士になる上で、ベルヘイムという国を見てほしかったんだ。騎士養成学校での生活の中で、感じた事も沢山あっただろう。騎士養成学校で学んでいる者の中にも、真剣に取り組んでない者もいる。奴隷制度と上下関係、差別や理不尽な出来事を抱えながら生きている者もいる。そして、そんな人々を救えない国が……騎士団がいる。その事を知った上で、それでも航太と智美にはベルヘイム騎士になってもらいたい。勿論、航太と同じカリキュラムを受けていた3人も同様にな」
「まぁ……オルフェしょ……元帥の考えは分かっていたけどよー……騙されたフリし続けんのも楽じゃあないぜー。ははは……」
大量の冷や汗をかきながら、ゼークと智美の冷たい視線に耐える航太。
「そーいや、イングリス達はどこだ? 試験受けなくても合格って事、早いとこ教えてやらねーと! 智美、一緒に行動してたよな?」
「うん……ジルちゃんとイングリスは無事よ……でも、ザハール君が……」
智美の言葉は、航太の頭を真っ白にさせるに充分だった……




