王立ベルヘイム騎士養成学校34
「フレイヤ……貴女、何故バロール様の素性を知っているのですか? この地に住む者達だって知らない筈ですのに……バロール様に捕まっていた時に、何かしましたわね!」
「メイヴ……私は、貴女の事も知っているわ。私の意識を奪って暗示をかけていたのは、蒼の魔眼……それで分かるでしょう?」
フレイヤの言葉を聞いたメイヴは、瞳を見開く。
驚きと哀しみと恨みと……その表情は、メイヴの複雑な心情を映し出す。
「蒼……ですって! バロール様は、涅の魔眼を使っているって……私を騙していたのね! クロウ・クルワッハか……それとも、ルシファー?」
「貴女を騙していたのが誰かは分からないわ……でも、バロールは涅を取り除きたかった筈。魔眼による呪縛……自らの罪を償う為にも、呪縛から逃れたかった……」
メイヴは手首を縛られながらも、後ろ手のまま壁に拳を壁に叩きつけた。
そして、怒りの形相でフレイヤを鋭く睨みつける。
「罪を償うですって! バロール様に何の罪があるっていうの! もし、その話が本当なら……バロール様が憎んでいたのは……」
「バロールは、人もヨトゥンも……そして神も……きっと恨んでいた。貴女の妹を殺した人も、その子供に貴女を恨むように仕向けたヨトゥンも、ヨトゥンとの戦闘の場所にこの地を選んだ神も……」
フレイヤの言葉を聞きながら、メイヴの瞳からは熱い物か流れ始めた。
しかし、その唇は強く閉められ、その奥で歯を食いしばっている事が分かる。
「涅を外す事は許されていなかったんでしょうね……この大地を犠牲にする訳にはいかなかった。涅と朱を離せば、起爆させる前に止められる」
「黒き森が、黒き焔を生み出す事は知っていますわ……でも、バロール様は涅を外したって……だから、バロール様は自らの意志でヨトゥンに協力していると思っていましたのに……」
膝から崩れ落ちたメイヴの身体を、フレイヤは座りながら抱きしめた。
「バロールは、貴女の事を大切に思っていた。それは、蒼も朱も知っている。だからね……アーサー様は貴女を救いに行ったのよ。マーリンの作戦を無視して、貴女の元に……」
フレイヤの言葉を聞いていたマーリンは、呆れた顔でアーサーを見る。
「なんだ、その顔は? フレイヤの妄想話を真に受けるかは貴様の勝手だが、疲れているから小言は聞かんぞ」
「アーサー様にもフレイヤ様にも、小言なんて言えませんよ……それに、黒き森は燃える事は無い。ゼーク様の残した封呪の印がある限りな……」
フレイヤは頷くと、メイヴの瞳を真っ直ぐに見た。
「バロールは、この地を守る為……そして、貴女を守る為に涅の魔眼を外さなかった。7国の騎士との戦いでこの地を選び、雄鶏ヴィゾーヴニルの羽を持つゼーク卿に黒の焔を封じてもらう為に、朱の魔眼の全ての力を使った。だからバロールが死んだ今でも、この地は黒の焔に包まれていない。バロールの一族……一つ目の巨人達は、バロールが命を懸けて守ったのよ……もし貴女がバロールの事を戦友以上の存在だと想っていたのなら、バロールが守ってきた大地を共に守りましょう……」
「ふざけないで! バロール様を殺した連中が、よく言うわね! 涅の魔眼に侵されていたって、バロール様は、私と私の家族の恩人なのよ……その恩人を手に掛けた貴様達と、お仲間なんかになれないわ!」
叫んだメイヴの胸元が輝く……聖印トリスケリオンが、マーリン目掛けて解放される。
「トリスケリオンとやらは、オレに使えと行動で示していたつもりだったんだがな……これでいいのか? 朱の目玉?」
「いちいち癪に障る奴だな……まぁ、儂のクレイモアにグラムを当ててくれた一瞬の隙に隠れられたのだから、貴様も儂の命の恩人と言うべきかな? さぁメイヴ、儂らの本当の敵を討ちに行くぞ……」
一瞬でマーリンの前まで移動したアーサーは、トリスケリオンから放たれた光に晒されていく。
その光の道を、アーサーの胸元から放出された赤い光がメイヴに向けて一直線に飛び込んでいった……




