王立ベルヘイム騎士養成学校25
(能力の範囲を絞ってきた。範囲を狭くした分、効果が強くなるぞ。気をつけろ)
メイヴがアーサーに向かって床を蹴った瞬間、魔眼が脳内に語りかけてくる。
「何度言ったら分かる? 大人しく見てろ。気が散る」
風と一体化したかのように、自然に繰り出されたメイヴの剣をアーサーは体重移動のみで躱す。
「ちっ! バロール様の真似事を止めて頂けないかしら? イライラする!」
「別に、真似ているつもりは無いんでね……止める気はない。勝手にイライラしてるんだな」
怒りの形相で剣を振るメイヴの動きは、更に加速する。
しかし……当たらない。
体重移動を駆使し荷重を動かす事で最小の動きでメイヴの剣を躱すアーサーに、力を失わせるスキルは効果がない様に見える。
「男の力を失わせると言っても、ギリギリ日常生活は出来る程度の筋力は残る様だな。ベルヘイム騎士が装備している様なクソ重い鎧でも付けていなければ、躱す事ぐらいは出来る。そして、力を使わなくても斬る事は可能だ」
メイヴの動きに合わせる様に、アーサーのエクスカリバーが煌めく。
素早く動くメイヴに、変に力の入っていないエクスカリバーの一太刀が襲いかかった。
鎖帷子に守られたメイヴの太股から、鮮血が吹き出す。
アーサーによって生み出されたエクスカリバーの一閃は、鎖帷子に守られたメイヴの肌にまで届いていた。
「なんて奴……戦える程の筋力なんて、残っていない筈なのに……」
「残念だったな……だが、斬るだけならば力はいらない。そして、勝手に近付いて来てくれていたから助かった。剣の腕も大した事がなければ、頭も悪そうだ」
アーサーの挑発を真に受けて、メイヴは怒りの形相を浮かべる。
震える腕を抑えて瞳を閉じたメイヴは、心を落ち着かせると目を開けた。
「あら、良い事を教えて頂きました。でも、遠距離攻撃をすれば有利に戦える事ぐらい気付いていましたわ。ただ……そんな卑怯な戦い方、わたくし好きではありませんの」
「ほう……姑息なスキルで男の筋力を奪っておいて、よく言ったな。まぁ、どうでもいいが……」
軽く笑いながら答えるアーサーに、再びメイヴの頭に再び血が上る。
「もう容赦しませんわ! わたくしの神剣、クルージン・カサド・ヒャンの力を味合わせて差し上げます!」
「盗んだ剣の……しかも、力を半分にしなければ従わせれなかった剣を自分の物だと勘違いしているとは……頭の中は、さぞかしお花畑なのだろうな」
簡単に挑発に乗ったメイヴは、再びアーサーの懐に飛び込んでいった……
「ザハールくん……いくらお姉さんの敵っていっても、倒れてる相手に剣を突き刺すなんて……」
アーサーの戦いに目を向けていた智美は、ザハールの動きに気付くのが遅れしまう。
智美が気付いた時には、ザハールはティルフィングを手に持ちイヴァンの心臓を突き刺していた。
「ザハール……あんた正気か? これじゃ、イヴァンと同じじゃないか! 強くなって……イヴァンより強くなって、それで見返す事がお前の復讐じゃなかったのかよ! 神剣を奪って、気を失っている相手に剣を突き刺すなんて……」
「本当に……どうしちゃったんですか? 復讐すべき相手が気を失っているからって……確かに絶好のチャンスではありますが、それを実行するような男性ではないと思っていましたのに……」
水の球から解放されたイングリスとジルも、ザハールの元に駆け寄って来る。
今の状況が、とても信じられない……ザハールと共に歩んできた2人にとって、理解できる筈もない。
「姉を殺し、兄をどん底まで突き落とした男だ……気を失って倒れてりゃ、復讐したくもなる! しかも、神剣まで奪えるチャンスのオマケ付きだぜ! 何もしない方が、どうかしてんだろ?」
声を荒げるザハールの顔は、少しの後悔が浮かんでいるように見える。
その表情が、ザハールの意志で復讐を決行したと3人に確信させた。
何かに操られていて、抗えずに殺してしまった……そうであった方が、気持ちの整理がつく。
智美は、ティルフィングに人を操る力があるのではないかと思っていた……しかし、ティルフィングを持ったザハールが自分の意志でイヴァンを刺したのなら……
「ザハールくん、分かってるの? 敵だって言っても、イヴァンはベルヘイム騎士団の部隊長なのよ。こんな事をしたら、騎士になれないわ……」
「智美さん……心配してくれて、ありがとう。でも、覚悟の上だ。イングリスもジルも……今まで、ありがとうな。お前達なら、騎士見習いの試験なんて簡単だろ? オレの分まで、立派な騎士になってくれよ」
ザハールはティルフィングを握り締めながら、その場を離れようとする。
「ザハール……あんた正気か? どこに行くか知らないが、ベルヘイムには戻って来れないぞ……それどころか、情報が回っちまえば他の国にも行く事が出来なくなる」
「罪を償う気は無いのですか? 私達だって、ザハールの事情は知っています。罪を軽くする為に、どんな証言だってしますよ。今、逃げてしまったら……それこそ、私達では何も出来なくなってしまいます」
イングリスとジルが、行く手を遮るようにザハール前に立つ。
「強くなる事に、限界を感じまったんだ……あんな化け物達を相手に戦ってたら、オレは復讐をする前に殺される……武勲を上げて、イヴァンより偉くなって……そう、思っていたけどよ……」
ザハールは、食堂の中で繰り広げられるアーサーとメイヴの戦いに目を向ける。
目で追える速さを超越したスピードで攻撃を仕掛けるメイヴと、その攻撃を立ち止まったままで受け流すアーサー……
ヨトゥン兵2体に手も足も出なかった自分達とは、次元が違う……
自分達が手も足も出なかったヨトゥン兵も、あの2人には手も足も出ないだろう。
その力の差を越える事など、想像も出来ない。
「確かに……凄い戦いだわ。派手では無いけど、だからこそ強い……あの2人の間合いに入ったら、秒で斬り刻まれるだろうな……」
「でも……だからこそ、皆で戦う事を学んだ……そうでしょ? ザハール。敵が強いから諦めるなんて……ザハールらしくないよ……」
イングリスとジルも、その戦いに圧倒されてはいた。
ただ、ザハールの様に現実的に考えられている訳でもない。
「複数で戦って……どうにかなるのか? どうにもなんねぇよ! 仮にオレがティルフィングを使い熟したとして……イングリスとジルがベルヘイム騎士の部隊長クラスになって……その3人が揃っても、あの2人に勝てる気がしねぇんだよ。あの戦い……あれで、神剣の力を使ってねぇんだぜ? 考えらんねぇよ!」
ザハールの言葉に、イングリスとジルの口が閉じた。
確かに、剣と剣の戦いに見える。
「すまねぇが、ここに長居はできねぇ。行かせてもらうぜ……」
歩き出すザハールに、誰も止める事が出来なかった……
 




