王立ベルヘイム騎士養成学校20
イングリス、ザハール、ジルの3人は、騎士養成学校の中で噂になっていた。
ヨトゥンとのハーフであるイングリスと連んでいるだけでも噂にはなるのだが、それ以上に剣の技術の上達が凄まじく、良い意味での噂にもなりつつある。
イングリスが来ても、食堂から出て行く生徒の数は少なくなっていた。
そんな昼下がりの食事時……航太達5人は、特訓の合間に休憩も兼ねて食堂の席に腰をかける。
「明日は、いよいよ最終試験だな! これに受かれば、最年少騎士への道も見えてくんぜ!」
「ザハール、浮かれ過ぎてると足を掬われるわよ」
トレーに乗せた食事を持って、意気揚々と席に着いたザハールにイングリスがチクリと釘を刺す。
「本当に、あと一歩ですね。私、今の自分が信じられません。無難に平穏に生きて来たのに、こんなに凄いチャレンジをしている。でも……飛び込んだからこそ、素敵な友人達に出会えました。クラスメイトとして出会っていたのに、こんなに素敵な方々だと知らないまま、通り過ぎていたかもしれません。今まで、ほんとうにありがとうございました」
パンを千切る手を止めて、ジルはペコリと頭を下げた。
「なんだよ、今生の別れみたいな言い方だな。明日の試験が終わっても、そこで終わりじゃねーぞ! 騎士見習いが、スタート地点みたいなモンだろ? 明日は全員でサクッと合格して、騎士見習いになって、そっからサクサクと騎士まで上り詰めるぞ!」
「んじゃ、飯食ったら最終確認だな。航太、相手頼むぜ!」
ザハールは力こぶを作り、それを見た航太はゲンナリした表情を浮かべる。
その光景を見ていたイングリスとジルの顔から、笑顔が零れた。
航太は始めて学校の食堂に来た時、一人で食事をしていたイングリスに出会っていた事を思い出す。
その時はイングリスが来ただけで、食堂にいた生徒達は食事を片付けて外に出て行った。
今はイングリスが食事をしていても、普段と変わらない食堂の風景が流れている。
それだけでも、航太は自分が学校に学びに来た価値があったと思えた。
「じゃあ、特訓再開といきますかねー。短い安らぎの一時だったぜ……」
食後の水を一口だけ啜り、航太が重い腰を上げた……その時……
「航太さんは……ここにいますか?」
汗だくのセルマが、食堂の入口に立っていた。
大量の汗と少しズレた眼鏡が、セルマの焦りを物語っている。
「セルマ、どうした? 何かあったのか?」
差し出された水を一気に飲み干したセルマは、縋るような目で航太を見ていた。
「航太さん……ベルヘイム西門が、ヨトゥン軍に襲われているんです……指揮をしているのは、ニーズヘッグ……クロウ・クルワッハ軍の精鋭です」
「んだと! クロウ・クルワッハの部隊がベルヘイムを攻めようとしてるって噂は聞いた事あったけど、本腰入れて攻めて来るのはバロールの居城だった城を取り戻してからになるだろう……って聞いてたぞ! オルフェ将軍の読みも当てになんねーな!」
駆け寄って来た智美からエアの剣を受け取った航太は、セルマの脇を抜けて食堂の外へ飛び出す。
その直後、食堂の中から悲鳴が上がった。
「何があった?」
「航太さんは行って下さい! ここは私達が……私達だって、騎士になる為に学んでいるんだから!」
剣を構えたセルマは、そのまま食堂の中へと駆け出して行く。
食堂から聞こえる悲鳴は大きくなり、ガラス窓に血が激しく付着した。
「くそっ! 西門どころじゃねぇ! 裏口から食堂に侵入されたのか?」
食堂の中は航太の読み通り、食堂の中の裏口に近い場所に数人の生徒が血を流し倒れていたが、食堂の真ん中あたりからは倒れている生徒はいない。
3人のヨトゥン兵を前に、智美を中心にザハール、ジル、イングリスが防衛線を張っていた。
「航ちゃん、行って! これ以上入って来られたら、流石に守りきれないわ!」
「行け、航太! ここは私達が守ってみせる!」
水の盾で攻撃を防がれたヨトゥン兵の胸に、イングリスの剣が深々と突き刺さる。
「イングリス……分かった、任せるぜ! 皆、死ぬなよ!」
後ろ髪を引かれる思いで、航太は走り出した。
差別されていたイングリスが、差別していた学生達を守る為に剣を振る姿に、航太の胸は熱く燃えていた……




