王立ベルヘイム騎士養成学校18
「オルフェ将軍! 言ってやりたい事が沢山あるんだがな!」
「って、航ちゃん! ちょっと待って! オルフェさんは、私が助けを求めたから直ぐに来てくれたんだよ! 始めから、そんな喧嘩腰で行かないでよ!」
地面をドスドスと踏み締めながらオルフェに突進して行く航太を見て、智美が声を上げた。
「だがな、ベルヘイム騎士にザハールやイングリスが殺されかけたんだぞ! 助けに来たから許されるって訳じゃねぇ!」
「航ちゃん! 私達の世界とコッチの世界の文化は違うって……散々話したじゃない……奴隷の事だって、私達は嫌悪感も覚えるし、人は平等だって分かってる。でもコッチの世界の人達からすれば、奴隷制度は当たり前の制度で、何もおかしな事じゃないのよ。この世界では、間違った事をやっているのは私達の方……それでも、私達を守る為にオルフェさんは来てくれたんだよ!」
智美の言葉に、航太の足が止まる。
頭に上っていた血がスーっと落ちていき、航太の思考に冷静さが戻ってきた。
自分達の常識を破った者に、寛大になれる人は多くない。
「そうか……なら、本来はお礼を言わなければいけないんだろーな。けど、理解は出来ても納得は出来ない。同じ国の人に、同じ国の人が殺されかけた……奴隷の人の中には、致命傷を負った人もいる。そんな事が許されるのかよ!」
「私達の先祖達だって、同じ事をやって来たじゃない……私達は、悪い事をした訳じゃない……それは、胸を張って言えるわ。でもね、ベルヘイムの人達だって悪い事をした訳じゃないのよ。今まで、そうやって生きて来たんだから……」
それでも……と、智美はザハールとジルがホワイト・ティアラ隊の仕事を手伝っている姿を目で追いながら口を開く。
「ザハール君やジルのように、間違っていたんじゃないかって気付いてくれた人達もいる。私達が伝えていけるといいね……少しずつでも……」
「そう……だな。一真は世界を救う為に……人の命を救う為に戦っていたし、オレ達もヨトゥンを倒して、戦争が無くなれば平和になると思ってた。けど、戦争が終わったって平和にならない人達が沢山いるのも事実……って事か」
航太も、戦場だった場所に目を向ける。
航太達がいなければ、虐殺の場になっていたであろう……
そう思うと、人間もヨトゥンと同じではないかと思ってしまう。
「心を失っても……失ったからこそ、平和への願いが強く出ているようだな……一真は」
航太の傍に歩み寄って来たオルフェは、航太と同じく戦いの後の大地に目を向けた。
争いの火種になりそうな事象を自分に取り込んでいる……一真に対して、オルフェはそう感じる。
普通に考えれば、ただのエゴだ……
だが、一真にはエゴを貫き通す力がある……
だからこそ、人が集まるのだろう……
「なぁ、オルフェ将軍……奴隷っての、無くす訳にはいかないのか? 同じベルヘイムの人達で争ってる場合じゃないだろ?」
「人が生活する上で、上下関係が出来てしまうのは仕方のない事さ。それでも、お前が言っている事も理解できる」
オルフェはそう言うと、遠く……ヨトゥンヘイムの方角を見る。
「ヨトゥンと戦争をしているんだ……そのヨトゥンの血が混じった者を、普通のベルヘイム国民と同じ生活をさせる訳にもいかんのだ。身分を下げなくても迫害は受ける……必ずな」
「オルフェさん、私やテューネが皇の目の力を使えるのは、ヨトゥンの血が体内を流れているからって聞きました。なら、私もテューネも奴隷って事なんですか?」
智美は、奴隷の事を知ってから疑問に思っている事を口にした。
皇の目は、神とヨトゥンの子供……それも女性だけが授かった力だと聞いた事がある。
だとすれば、皇の目を使える自分は、この世界では奴隷の筈だ……
「皇の目は、ヨトゥンの血が神の血によって浄化された時に生み出される副産物だ。故に神とヨトゥンの混血は、ヨトゥンの血に打ち勝った者とされているんだ。凰の目を持っている者はヨトゥンの血を浴びても、その力に抗って手に入れる。ヨトゥンに勝ちし者は、奴隷とは言わないさ」
「そっか……だからテューネも私も、それに絵美も、寛大に扱われるんだね……聖凰騎士の一員として来ていた絵美なんて、捕らえられても不思議じゃないし……」
人の感情として、なんとなくは理解できる。
そして、戦争をしているからこそ奴隷という存在が必要なのかもしれない。
「航ちゃん、やっぱり戦争を止める事が最優先だね。戦争をしているから、心にも余裕が無くなる。だから……頑張らないとね!」
「ああ……」
そう言った航太の視線の先で、天に向かって光が伸びた。
「絵美は聖凰に……一真に付いたのか? 前にも言ったが、ベルヘイムと聖凰は戦争になるかもしれん。出来れば、説得して戻って来て欲しいんだが? 今回、奴隷の人達を見逃してやった恩もある事だし……な」
「って、今の光はワープか何かか? 絵美の野郎、聖凰には偵察に行っただけじゃねーのかよ! てか、帰るなら何か言ってから帰れよ!」
「はぁ……そういえば、美羽ちゃんもいなかったしね……聖凰と全面戦争になる前に、どうにかしなきゃ……」
天に伸びる光を見上げながら、3人は同時に溜息をついた……




