王立ベルヘイム騎士養成学校2
ガァキキキィ!
金属音が断続的に……規則正しいリズムで響き渡る。
「これがベルヘイム騎士団の剣術だ! 構えも受けも素人の貴様が、いつまで持つかな?」
クスターは優等生であり、その剣の腕を見込まれて、学生ながらベルヘイム騎士団の訓練に参加した事もある実力者だ。
その型は基本に忠実であり、精練されている。
その攻撃を受ける航太は、逆に基本動作の類いは一切ない。
襲いかかる攻撃に対して、防御する……ただ、それだけだ。
「いい加減、防御だけじゃなく攻撃してみたらどうだ? 攻撃出来る余力があれば……たがな!」
反撃に移れない航太に、クスターは大声で煽る。
「ちっ、なんだよ……オレは、学生にも舐められるレベルだったのかよ……くそったれがっ!」
規則的に訪れる攻撃……その斬撃の一つに合わせ、航太は剣を捻りながら上に持ち上げた。
「なにっ!」
剣の回転にクスターの斬撃は絡みとられ、弾き上げられる。
一瞬クスターの視界から消えた航太は、身を沈めて回転していた。
剣を弾き上げた反動を利用して沈み込み、その動作中に回転。
回転により威力とスピードを増した航太の斬撃は、剣腹がクスターの腹に食い込む程である。
「がはぁぁ!」
そのままクスターの巨体は後方へ二回転程し、そして止まった。
「おい……いくらオレを舐めてるにしても、ガードぐらいしろ? いや、オレの強さが想定外だったって事か? まぁいいや、今度は本気で勝負だ!」
訓練用のバスタード・ソードの剣先をクスターの方へ向け、航太は強い口調で言う。
「航太、もう勝負アリよ! クスター君、大丈夫?」
ゼークがクスターの元へ駆け寄り、航太の横には頭を掻きながらオルフェが歩み寄って来た。
「航太、お前なぁ……相手は学生だって言っただろ? 手加減ぐらい出来ないのか!」
「いやいや、手を抜いてたのはクスターって奴の方だろ? 同じ攻撃を繰り返すばかりで、しかも遅ぇし……あそこまで舐められたら、そりゃマヂで攻撃すんだろ! それとも何か? 今のがクスターって奴の全力だって言いたいのか?」
航太の反論に、オルフェは頭を抱える。
「航太、学生は実戦に出ていない。 フィアナ騎士のアルパスター殿やフレイ様に稽古を受け、 ヨトゥンの軍勢と戦い、ガイエンやフェルグスとも刃を交えた……たとえ神剣を持っていたとしても、それだけの経験を積んだ人間が学生相手に本気になるな……」
「んな事言ってもよ……あれだけの大口を叩かれたら、強いって思うだろ? まさか、あれで全力だった……って事かよ」
航太はゼークに介抱され起き上がろうとするクスターを見ながら、呆然としてしまう。
騎士見習いになる為の勉強……そんなモノに意味があるのか?
いや、そもそもクスターって奴が学生最弱の可能性もある……
「航太様、騎士見習いになる意味が分からないって顔してますよ。私には、オルフェ様の意図が何となく分かりましたけど……うーん、今度は私と手合わせしてもらえますか?」
「そうね……テューネ、お願い出来る? クスター君も、いい勉強になるから見ていって」
腹を押さえながら立ち上がるクスターに肩を貸しながら、ゼークは訓練用のバスタード・ソードを持って立つテューネに声をかけた。
騎士見習いに手が届きそうな学生を簡単に倒した新入生と、ノアの龍騎士の練習試合……
先程より、ギャラリーが増えていく。
「オレの意思はお構い無しかよ! まぁテューネが相手なら、まぢで手加減無し……全力でいくぜ!」
「うーん、少しは手加減して下さいね。わたし、女の子なんですから」
そう言いながらも、先に仕掛けたのはテューネだ。
クスターも使っていたベルヘイム騎士の型を使って攻めていく。
「そいつは、さっきから散々みたぜ……えぇ!」
型は確かにクスターの使っていたモノと一緒だ……しかし、圧倒的に違う事がある。
スピードも違うが、その型から繰り出される斬撃の種類が圧倒的に違う……
先程とは違い、不規則な金属音が響き渡る。
いつでも反撃出来そうだったクスターのソレとは違い、同じ型から様々な攻撃が繰り出される為、反応が一呼吸遅れてしまう。
決まった動きと不規則な動きの融合……基本がない航太の剣術は、少しずつだが確実に崩されていく。
「航太様、実戦で磨き上げられた航太様の剣は強いです。でも、崩された時……防戦一方になった時、基本のない脆さが出てしまいます。強い騎士は、必ず何らかの型を……流派を修得しています。一真様が使っていたのは、鳳凰神剣天麗……神がヨトゥンを退けた時に使っていたとされる古えの剣術の一つです」
一真の名前負けが出て一瞬動きを止めた航太の隙を付いて、テューネのバスタード・ソードが航太の喉元へ突き出された。
「一真も、学んでいた流派があるのか……」
「一真のは、神の時の記憶を呼び起こして使ってたのかもしれないけどね。けど分かったでしょ? ベルヘイム十二騎士になるには、ベルヘイム騎士の型の習得は必須なのよ。だから……必ず二ヶ月で習得して、見習い騎士の称号を受け取って。そうしないと……」
勝負あり……膝をつく航太の元へゼークが歩み寄り、その肩にソッと手を置く。
「分かった……遠征軍で学んでた時は、エアの剣の能力を最大限に使えるようにする事しか考えていなかった……けど、ベースの剣術の基礎が無い……強くなった自信があっても何となく不安だったのは、多分基礎を学んでなかったからなんだな……」
立ち上がった航太の視界の先に、笑顔のテューネが見える。
「サンキュー、テューネ。なんか、目が覚めた気分だ。二ヶ月で習得出来るかわからないけど、頑張ってみるよ」
「航太様なら、出来ますよ。あとは学生生活を送るにあたって、仲直りだけはしといて下さいね」
ウィンクしたテューネの向いていた方向を見ると、怒りの形相の智美が航太の瞳に映った。
「智美……何怒ってんだよ?」
「航ちゃん! とりあえず、クスター君だっけ? に謝って! 弱いとか遅いとか、倒した相手に……それも敵でもない人によく言えるわね! カズちゃん、私達にそんな事を言った事ある? バロールの城に旅立つ前に、私達が全力でカズちゃんに立ち向かった時……私達の事を強くなったって……心強いって言ってくれた……」
「弱いとは言ってねぇ! そもそも、なんで一真が出てくんだよ! 関係ない……」
関係ない……だろうか?
無意識で、相手を下に見ていたのではないか?
一真は戦闘で自分より弱い人達に対して、自分が尊敬出来る事を見つける事が上手かった。
いや、そう人を見れる人間だった。
だから、心を失っても人が集まる。
その一真の心を取り戻そうとしている自分が、一真と同等以下の事をしていてどうする?
一真はバロールの城に行く前に、足手まといのオレ達に礼を言った。
心配してくれて、ありがとう……と
そして、ベルヘイム遠征軍を頼むとも……
今の自分に言えるのだろうか?
もしバロールの城に行くのが自分で、クスターが止めに来たら……
航太は首を横に振ると、クスターを見る。
謝ろうと口を開いた航太の前に、紫の髪を靡かせ眼鏡をかけた理知的な女性が突然現れた。
「航太さん、王立ベルヘイム騎士養成学校へようこそ。私は、学級委員長のセルマ・ラーゲルベック。とんでもない新入生が来るとは聞いていましたが、まさかテューネ様と互角に戦える程だとは思いませんでした。クスターの様に新入生を歓迎しない輩もいますが、大多数は新入生を歓迎しています。その証拠に……」
セルマの視線に合わせて航太も学校の方へ視線を向けると、校舎の方から大歓声が上がる。
「テューネ様との戦いで、航太さんのファン急増中って感じかしらね。二ヶ月で騎士見習いの称号を得る為には、試験を最短で合格しなければいけません。学園生活で分からない事があったら、私に相談して下さい」
そう言うと、セルマは踵を返して学校の方へと戻って行く。
そして、航太の学生生活が始まるのだった……




