王立ベルヘイム騎士養成学校
「ここが、王立ベルヘイム騎士養成学校か……で、オレはココで講師でもやりゃいいのか? 余所者に頼まなきゃいけないなんて、ベルヘイムも人材難なんだねぇ……」
荘厳な雰囲気のお城の様な大きな建物の前で、航太はウンウンと首を大きく縦に振る。
「講師って……騎士としての基礎も出来てない航太が、人に教えられる訳ないでしょ? とりあえず、この学校に入学して2ヵ月で見習い騎士の資格を取得してちょうだい。それがないと、ベルヘイム十二騎士の選抜試験に参加出来ない」
「って、まぢかよ! オレが見習い騎士? ここに来る前もフィアナ騎士を助けたりしたんだぞ! そのオレが、見習い騎士……てか、それ以下の扱いかよ!」
正直な話、ベルヘイムに着いたら正式な騎士になって、直ぐにベルヘイム十二騎士になれると思っていた。
それが……見習い騎士になる為に、学校に行け?
航太は、自分の耳を疑った。
「不満はあるかもしれないけど、これは決定事項なのよ。騎士になる為には、しっかりと段階を踏まなきゃいけない。強ければいい……って訳でもないしね」
「確かに……余所者が急にベルヘイム十二騎士になったら、それこそ周りが黙ってなさそう……ランカスト将軍の時も、結構反発があったみたいだし……」
智美はロキに捕まっていた時の事を思い出しながら、ボソッと呟く。
ランカスト・バニッシュ……
智美を助ける為にロキの側近であるビューレイストと戦い、魔剣ダーインスレイヴによって命を落とした騎士……
見習い騎士だった時に、村を襲って来たヨトゥンの部隊と戦い、たった一人でヨトゥンの部隊長を討ち取った騎士……
その功績が認められたランカストは、見習い騎士からベルヘイム十二騎士へと異例の昇格をする。
それでも、周囲からの反発は相当なモノだったと聞いた事がある。
「あっ! 航太様、智美様、ご無沙汰しております! 元気でしたか?」
城風の建物から出て来たテューネが、二人を見つけて笑顔で手を振って近寄って来た。
ランカストの死と同時に、ランカストの使っていた神剣デュランダルを受け継いだ騎士。
皇の目を持つ小柄な女性は怒りに震える航太を一目見ると、今度は不思議そうな顔でゼークと智美を交互に見る。
「久しぶりだね、テューネ。久しぶりなのに、航ちゃんが子供でゴメンねー。強いのに騎士見習い以下って現実が、許せないみたい。エアの剣のおかげで強いだけなのにね……」
「なる程な……まぁ、航太の実力なら直ぐに騎士見習い……そして十二騎士とランクアップ出来るさ。騎士になる為に必要な手順だ……システム上の問題だと諦めて、怒りを抑えてくれ」
テューネの後を追って学校から出て来たオルフェが、航太の肩を叩く。
「わーったよ! 秒で騎士見習いとやらになってやんぜ! 口答えしたって、オルフェ将軍に敵わねぇしよ!」
「はー……相変わらず切り替え早いですねー。私も、航太様を見習わないと……」
嫌味のないテューネの言葉に、航太の顔から険しさが消えていく。
「すまねぇ、テューネ。久しぶりだってのに、変な顔を見せちまったな! オルフェ将軍も……なんか、疲れた顔してんな」
「分かります? オルフェ様は、元帥になったんですよ! 将軍の上の位で、ベルヘイム十二騎士を統率する立場になったんです。気苦労が絶えないから、ドンドン老けちゃって……」
言葉の途中でオルフェ元帥に睨まれたテューネは、言葉を止めて苦笑いすると智美の後ろに隠れる。
「そんな事より……って言っちゃうとオルフェさんに悪いけど、学校の方からメッチャ視線を感じません? なんか凄い人数がコッチ見てるんですけどー」
智美が学校の門の辺りに視線を向けると、明らかに学生のような風貌の人達が智美達の方を見ており、視線を上に向けると、窓を開けて身を乗り出すように見てくる人達もいた。
「そりゃ……銀髪の戦乙女と、ノアの龍騎士が学校に来たんだ。注目を集めて当たり前……彼女達は、ベルヘイム国内ではアイドルみたいなモンだからな。美貌と強さを兼ね備え、更に七国の騎士の末裔……人気が出ない訳ないだろう?」
「元帥、いちいち説明しなくていいわよ……また航太が煩くなっちゃうわ。ほら……とりあえず校舎に入って、校長先生に挨拶に行くわよ!」
テューネ達より大活躍だったオレの人気はよ? と喚く航太の耳を掴んで、ゼークは航太を校舎の方へ引き摺って行く。
「おい、ゼークいてぇ! 引っ張んな! オレの耳を引っ張んな!」
航太が大声で喚いた瞬間、校舎の方から一人の男が鬼のような形相で近付いて来た。
その男は航太の胸ぐらを掴むと、首を絞めるように少し持ち上げる。
「貴様……ゼーク様に対して、何て口の利き方だ! 自分の立場を少しは考えるんだな!」
「ちょ……何してんの? 締まってる! 首が締まってる!」
智美が叫ぶと男は手を離し、地面に転がった航太を見下ろす。
「クスター君……彼は戦友なの。確かに言葉遣いは悪いけど、私の仲間なのよ。そのぐらいで許してあげて」
「ゼーク様が言うならば……しかし、十二騎士最有力候補とも言われるゼーク様に対して、非礼にも程があります。おい小僧、オレが礼儀ってヤツを教えてやる! 剣を構えろ!」
クスターと呼ばれた大男は倒れた航太の頭スレスレに、訓練用の刃の無いバスタード・ソードを突き刺した。
「ふざけんな! てめぇ、覚悟しとけよ! 泣いて謝っても、許してやんねーぞ!」
立ち上がった航太は地面に突き刺さった訓練用の剣には目もくれず、エアの剣を鞘から抜くと、そのまま振り被る。
「航太、ちょっと待って! 本気で殺す気?」
「殺さねーよ! だが、教育は必要だろーが! 初対面の人の胸ぐらを掴むなって教えがな!」
ゼークに言い返しながらエアの剣を振り下ろそうとする航太の腕を、オルフェが掴む。
「航太……今の自分の実力を測る為にも、その剣を取れ。それとも神剣に頼らなければ、養成所の学生一人倒せないのか?」
オルフェの言葉に動きを完全に止めた航太は、エアの剣を鞘に収める。
「わーったよ! この剣でやりゃいいんだろーが! もう一回言うぞ! てめぇ、覚悟しろよ!」
訓練用のバスタード・ソードを手に取った航太の腕に、剣の重量がのしかかった。
自分の身体の一部のように感じる神剣の重量とは違う……鉄の塊を持ったような重量が伝わってくるようだ。
「神剣に間違って認められて、自分を騎士以上とか勘違いしているような……そんな奴は、騎士を名乗る資格は無いんだよ! ゼーク様のように、血の滲む努力の末に辿り着く者が本物の騎士なんだ! 覚悟するのは、貴様の方だ!」
クスターは航太に向かって、訓練用のバスタード・ソードを振り上げる。
騎士を目指す学生達が見守る中、航太とクスターの戦いが始まった……




