聖凰騎士団5
「おい小僧、仕掛けてくるぞ。気をつけろ」
「小僧ってのは止めろ。何回言わせるつもりだ?」
アーサーは自らの胸部を見ながら、独り言を言っているかのように声を出す。
アーサーの純白の鎧の奥……胸部の中心に大きな目玉が付いている。
魔眼……かつてバロールに寄生していた内の一体だ。
その魔眼が、アーサーの脳内に直接語りかけている。
「ふん……親切に奴の神剣の能力を教えてやったのに、随分な言い草だな」
「頼んでない。そして、不必要な情報だ。奴の神剣の能力を知らなければ、負けるとでも思っているのか? 逆に、貴様の方が失礼だ」
アーサーは普段と変わらない会話を魔眼と交わし、マック・ア・ルインを構えるフィン・マックールを睨む。
「仕掛けてくるな……」
「タイミングは教えてやらんぞ。だが、貴様のような強者はあまりいないからな……死んでくれるなよ」
魔眼の言葉に、アーサーの口元が少し緩む。
半笑いのアーサーの表情に、フィアナ騎士団の団長であるフィンは苛ついた。
「町を破壊し人々を殺す事が、そんなに楽しいか! ならば、ここで引導を渡してやる! マック・ア・ルインの力に絶望しながら死んでいけ!」
マック・ア・ルイン……フィン・マックールの愛剣である神剣は長く、柄元は幅広いが剣先にかけて細くなっていく形状をしている。
この神剣が、槍の息子と呼ばれる由縁だ。
そして、マック・ア・ルインの力……心臓と肺を強制的にマック・ア・ルインに引き寄せる能力。
身体を引き寄せるのではなく、心臓と肺のみを引き寄せる。
つまり、その力に抗えば心臓と肺は身体から引き離される事になる……そして、引き寄せられた先に待つのは猛毒を纏ったマック・ア・ルインとフィアナ騎士団最強の剣技を持つフィン・マックール……
能力を使っている間は引き寄せる効果は継続する為、臓器はマック・ア・ルインの軌道に引っ張られながら、フィン・マックールと戦わなければいけないのだ。
この能力を使った時、フィン・マックールは一度も負けた事がない。
が……龍を召喚しているようなディルムッドの能力に比べて、地味で陰湿なフィンの能力は人気がなく、フィアナ騎士団ではナンバー2のディルムッドの方が人気である。
余談はさておき、フィンはマック・ア・ルインの力を解放した。
対象がアーサーに固定され、能力が発動する。
だいたいの人間は、最初に心臓と肺が身体から切り離されて終わる事が多い。
が……アーサーは心臓と肺が引き寄せるスピードに逆らわず、フィンに……マック・ア・ルインに寄って行く。
「流石だな! だが、先程のように素早く動いた瞬間に心臓と肺が身体から分断される! そのまま、ゆっくり動きながら死んでいけ!」
マック・ルインの動きに合わせて動くアーサーに対し、素早く動きながら攻撃を仕掛けるフィン。
が……当たらない。
動きが制限されてる相手に、かすり傷でも負わせればフィンの勝ちである。
しかし……
「動きが遅くなれば、当たると思っていたのか? おめでたい奴だな。剣速が違い過ぎるんだ。その程度の動きで何とかなる訳ないだろ?」
マック・ア・ルインの攻撃は、黄金の軌道を描くエクスカリバーに尽く防がれていく。
「相手を間合いに入れる能力は、自分より弱い奴に使うべきだったな」
「余裕だな……だが、オレにも貴様の剣は届いていないぞ! そして、このマック・ア・ルインには切り札がある!」
フィンの声に呼応するように、マック・ア・ルインが光る。
光の中で、マック・ア・ルインが長細いレイピアのような形状になり、幅広くなっていた両端が三角形に分離していく。
「心臓と肺……別々に引っ張ってやるぞ! 分身でも使えぬ限り、逃れる事など不可能だ!」
マック・ア・ルインの本体を残し、分離したパーツが左右に分かれて飛んでいく……
そのパーツのそれぞれに、心臓と肺が引っ張られる。
アーサーの身体から、心臓と肺が飛び出す……筈だった。
が……マック・ア・ルインのパーツが飛びだそうとした瞬間、その動きを阻害するかの如く炎の輪が現れる。
炎の輪は飛び出したマック・ア・ルインのパーツを収縮する事で絡めとると、炎が消えて持ち主の手に戻った。
「アーサー様、ご無事ですか? あまり無茶をなさらないで下さい」
「フレイヤ……お前が近くにいる事に気付いていなければ、奴が仕掛ける前に止めを刺していた。その程度の相手に、無茶も何もない」
炎の腕輪……ブリーシンガメンを右腕に戻したフレイヤは、少し呆れた表情を浮かべてアーサーの前に出る。
「私のマック・ア・ルインの動きを止めるとは……貴様、何者だ?」
「聖凰騎士団の騎士の一人、アーサー様を守る盾です!」
美しい金色の髪が風に揺れ、更に美しい顔が顕になった。
「これは……美しい。貴女のような美しい方が、そのような野蛮な輩に付き従う事もない。我々が、貴女を解放してさしあげましょう」
「余計なお世話だな……そして、貴様は私にヨトゥンの血が流れていても同じ台詞が吐けるのか? それともう一つ……アーサー様を侮辱した者を、私は許さない。アーサー様と貴様、どちらが野蛮な行いをしているか、考え直せ!」
フレイヤの背中から水の翼が現れ、瞳は青に染められいく。
右腕を彩るブリーシンガメンは、輝きながら形状を変化させていき、細長い両刃の剣となってフレイヤの手に収まった。
「ちっ! こんなに美しいお嬢様が、まさかヨトゥンとはね! だが……だとしたら、容赦なく倒してやるよ!」
ディルムッドは二本の神槍を構えて、フレイヤに攻撃を仕掛けようとした……その時……
足元の大地がマグマに変わり、ディルムッドを焼き尽くそうとする。
間一髪……赤き槍ガ・ジャルグをマグマに突き刺し、ディルムッドは身体を浮かせる事でマグマの熱から逃れた。
「アーサー様、ゲフィオン様、お怪我はありませんか? 目的は達成しました! 長居は不要です。」
「ルナ……高位魔法を気軽に使うものではないわ。でも、良いタイミングね……私も冷静になれた」
フレイヤ……いやゲフィオンは、ブリーシンガメンを腕輪に戻しアーサーと共に素早く後退する。
フレイヤは女神、ヴァナディースはベルヘイムの姫として有名な名前であり、アーサーと共に行動するには名を変える必要があった。
その為、フレイヤはゲフィオンを名乗っている。
ルナの横まで後退したゲフィオンは、その傍らにいる女性に目を向けた。
「絵美……戻ってきたのね。アクア……いえ、ミルティも一緒ね」
「ホントに、カズちゃんとフレイヤさんだわ……フレイヤさんが一緒って事は、目的も無しに町を襲わないよねー? いやいや、カズちゃんに惚れ過ぎて、カズちゃんの命令には絶対服従状態って可能性も……」
頬を膨らませて、疑念の眼差しでアーサーとゲフィオンを交互に見る絵美。
「ルナ、この女は誰だ? オレの事を知っている様子だが?」
「それは本国に戻った後で……マーリン様が、転移魔法陣を準備してお待ちです」
アーサーは頷くと、絵美には目もくれず歩き出す。
「あれが、一真くん? 瞳が……とても冷たい……」
絵美の横で、美羽が呟いた……




