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月の宮殿へ

作者: 奈多来 日和


 月の宮殿へ行きなさい―――さすれば世界は救われる

それは、古くからの言い伝え。月の宮殿はその存在を求めるものを試し、導くという。



「そんなありもしない話を、まだ信じていたのかい」

 君はおかしいよ。碧い目の少年は言う。

「おかしくたって構わないわ。少なくともこんな状態に甘んじているよりは」

「なら、他の人が月の宮殿に行くのを待てばいい、赤い頭巾の少女。君は無力だ」

「無力じゃないわ。私には足がある。これからも同じ生活が続くのに比べれば、月の宮殿に行くくらい、どうってことないわ」

 少女の世界はいつだって残酷だ。毎日のように誰かが動かなくなる。

 このまま死んでいく事を望まなかった少女にとっては、充分、動く理由となるのだ。

 君はおかしい、おかしい、と詰る少年に背を向け、歩き出す。

 少女の行き先は、月の宮殿であって、此処ではないから。


「世界は、もうとっくに救われているよ、銀髪。偉大なる勇者様が月の宮殿へ行ったのだからな」

 とある街、宿屋の青年は銀髪の少女に向かって言った。

 曰く、五十年ほど前に、この国を嘆いた勇気ある青年が月の宮殿へ赴き、世界を救ったのだと。

「でも、私のいた所は救われてなんかいないわ。毎日、誰かが動かなくなるのよ」

 だから、私が皆の事を救うの。少女の言葉を、青年は否定する。

「お前じゃ無理だよ、銀髪。お前は、ただの少女でしかない。すでに救われている世界なんて、救えるわけがないんだ」

「いいえ、少なくとも私の世界は救われていない。月の宮殿に行くことは、健康な身体一つあれば出来ることなのよ」

 少女は彼をおいて出発する。

 少女の到達点は、月の宮殿であって、此処ではないから。



「勇者には、会うことが出来るのかしら」

 夜色の眼を持つ少女は、街の人々に問う。

「会えないわよ。今や勇者様はこの国の王。私たちが会える相手ではないわ」

 誰かの母親が言う。

「勇者様は月の宮殿から帰られた後、そっと私達の事を見守ってくれているんだって」

 小さな子供は言う。

「勇者様は宮殿から戻られてから、姿がまったく変わっていないらしい。どうやら月の宮殿で世界を救った結果、不老不死になったらしい」

 噂好きの少年は言う。

「「「でも、何故月の宮殿へ行くの? 世界はこんなにも救われているのに」」」

 皆が口をそろえて言う。

 そして、少女はその度に答えるのだ。

「いいえ、私の知っている世界は救われてなんかなかったわ。だから、私が世界を救いに行くの」

 少女は、街の人々に背を向けて、歩き出した。

 少女が目指している場所は、月の宮殿であって、此処ではないから。



「あなたはもう進んではいけないわ。勇敢なる少女」

 月の宮殿まであとわずかの所で、占い師の女は言う。

「その昔、私の祖母が占い師をしていた頃、あなたのような勇敢なる若者が、あなたと全く同じことを言って月の宮殿へ行きました。でも、いくら待ってもその人は帰ってこなかった」

「でも、帰ってきている人もいるわ。街には、永遠の命を持つ勇者がいる」

「いいえ、私はその勇者の話をしているのです。二度目に現れた勇者のようなものは、勇者ではなかった。外見が全く同じであっても、中身はまるで違うのです」

 だから、あの宮殿から帰ってきた者は、誰一人としていないのです。占い師の女は言う。

「それでも行くわ。私はどうなっても私の世界を救うの」

 少女は占い師のわきを通り抜け、先へ進む。

 少女が望む場所は月の宮殿であって、ここではないから



「お前は誰だい、赤い頭巾を被り、銀髪で、夜色の眼を持った、勇敢なる少女よ」

 月の宮殿、謁見の間の前で老人は問う。

「私は私。それ以外の何物ではないわ」

 少女は答える。少女は月の宮殿にたどり着いたのだ。

「この先に待つものは死しかない。それでもお前は行くのかい」

 老人は語る。

「月は夢を操り、この宮殿は夢を現世に映し出せる、唯一の場所。訪れる者の中にある世界を救い、その代わりに触媒となるその者の魂を閉じ込め、魂が消滅するまで、その者の身体を使い世界を守り続ける―――いや、その者の世界の者に救われた夢を見せ続けるのだ」

「何故、救われていない世界があるの」

 少女の問いに、老人は答える。

「たった一人の世界など、ほんの少しでしかない。いいか、その者の中にある世界は、その者が知覚できる範囲のものでしかないのだ。当然、救われていない世界だってある。所詮、人が一人だけで救える世界などたいして大きくはない」

 話を戻そう。老人は言う。

「お前がこの謁見の間に入ると、魂が完全に消滅するまで―――およそ千年間、閉じ込められる。その間、お前は何もすることが出来ない。動くことはおろか、感じることさえもだ」

 だが。老人は続ける。

「少なくともお前の中の世界は救われる。その千年の間、ずっとだ」

 それでも、お前はこの先へ進むのかい。再度、老人は問う。

 少女は、赤い頭巾を被り、銀髪で、夜色の眼を持った、勇敢なる少女は答える。

「ええ、私は世界を救いたくて此処を目指したんだもの」

 老人は、もう何も訊かなかった。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと、扉が開いてゆく。


 ここが少女の終着点。


 少女の世界は、救われたのだろうか。


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