エルフの姫
エルフ王に手紙を送ってから数日後のことである。
ドシン、ドシン、ドシン……っ!
いつもの日課で店内のそうじをしていると、どこからともなく巨大な足音が聞こえてきた。
「一体なんですかね……」
「エルフ王からの使者かも知れません。出てみましょう」
イアリスさんを肩にのせて、私は店の外に出た。
ドシン、ドシン、ドシン……っ!
足音を立てて、大きな木が、こっちに迫ってくる。
「うわあ、なんですかあれ!」
「エントですね。やっぱり、エルフ王の使者と思って良さそうです」
遠目から、木の幹に巨大な顔があるのがわかった。
太い根っこの足を前後に動かして、大木はわたしたちの店の前で止まる。
「ここが、大魔法使いイアリス様の屋敷ですね」
かん高い、女の子の声が聞こえてきた。
見た目の割りに、かわいらしい声だな、と思ったが、違った。
エントの枝から、長いブロンドの髪の少女が降りてきて、ぺこりとお辞儀をした。
流れるような髪の隙間から、わずかに切れ長の耳がのぞく。
「はじめまして。わたしは、エルフ王の娘、ティエッタと申しますわ。以後、お見知りおきを」
緑色のドレスのスカートの裾をちょんとつまんでみせる。
といっても、エルフらしく森の中での活動を想定してか、とても丈の短いスカートをはいていたので、太ももがいい具合のところまで見えた。
ティエッタと名乗ったエルフのお姫さまは、お上品な笑みを浮かべる。
薄緑色に透きとおった瞳は宝石のように美しく、身体は健康的でしまるところは締まっていて、出るところは出ている。
私は、自分の自己紹介も忘れて、彼女の太ももに見入ってしまった。
素晴らしい太ももだ……。
さわりたい、頬ずりしたい、この膝を枕にして、耳かきをしてもらいたい……!
「な、なんですの……?」
私が熱い視線を送っていると、ティエッタは若干引いていた。
肩にのったイアリスさんが、耳を引っぱる。
「すみません、うちのが卑猥な視線を送ってしまい」
「ひ、卑猥でしたの……」
「太ももより上には手を出さない自信があります」
ブスッ。
「ぎゃあ!」
イアリスさんの金色の耳かき棒が、私のほっぺたをつっついたのだった。
私は耳かき行為に太ももにタッチする以上の過剰なエロは必要ないというポリシーをかかげている紳士なのに……。正直、耳舐めとかも必要ない。やるんだったらせめて別トラックにわけてくれ……あ、これは耳かき音声作品の話です。
「あたしが耳かき妖精のイアリスです。それで、こっちが助手のアユノスケです」
「どうも」
わたしたちが頭を下げると、ティエッタは小首を傾げた。
「耳かき妖精……? 大魔法使いでは、ありませんの?」
「大魔法使いの、耳かき妖精です」
「……なんだかよくわかりませんわ。とりあえず、お父さま――んん、父であるエルフ王から預かった手紙と荷物ですわ」
ティエッタ姫は腰のポーチから手紙を取り出す。
彼女が乗ってきたエントは、枝葉にかくれていて見えなかったが木箱を担いでいたらしく、それを地面に置いた。
とりあえず、先に手紙を受け取ることにする。
といっても、わたしは読めないので、広げてイアリスさんに読んでもらうのだが。
「えーなになに、拝啓イアリス様。陽春の候、うたた寝の心地よさを感じるこの季節……むにゃむにゃ」
「寝ないでください」
「前置きが長くって……えーっと、要約すると、頼まれていた綿花をお送りします。代わりにこちらのティエッタさんの修養の儀の面倒を見ていただきたいと、そういうことですね」
「修養の儀?」
「我々エルフの一族には、18歳になると森の外に出て、高名な魔法使いや賢者の下で一年間修行をしなければならないという掟がありますの。それで、大魔法使いであるイアリスさまに白羽の矢が立ったのですわ」
相変わらず、イアリスさんてすげーんだな。
「まぁ、ベロンさんとは昵懇の仲ですし、ティエッタさんを一年間面倒見るくらいはかまいませんよ」
「本当ですの? かの有名な魔法使い、イアリスさまのお手伝いをできるとは、光栄の極みですわ」
パアアッと、ティエッタは表情をほころばせた。
「今は、何をなさっているんですの? やっぱり、新しい魔法やアイテムの開発? それとも、先頃また暴れだしたという魔王討伐の旅に出るのかしら? わたし、こう見えても弓の腕前なら300メートル離れていても百発百中の腕前ですの――」
「耳かき屋です」
「へ?」
「ほら」
イアリスさんが示した先『耳かき専門店 ミミノヒ亭』という看板があった。
「み、耳かき……?」
「ご存じ無かったんですか?」
「え、だって……父も家臣も、イアリスさまは当代随一の魔法使いだと」
「それは間違いありませんが」
「でしたら、どうしてその才能を活かさないで、耳かき屋なんてくだらないことをなさっているのですか?」
耳かき屋、なんて、くだらないこと……?
その不用意な発言は、当然、わたしとイアリスさんに怒りの炎を灯した。
おそらく我々の背後には今、
ドドドドドドドドドドドドド……!
と不動明王もかくやと言わんばかりの真っ赤な炎が燃えあがっている。
「ティエッタさん、今、耳かきがくだらないといいましたね」
「え、あ、その……く、くだらないですわよ! だって、イアリスさまの才能があれば、耳を掘るなんてそんなみみっちいことじゃなくて、もっとビッグなことができるんじゃありませんの!」
「ビックなこととはなんですか?」
「え、それは……あなたにしか倒せないものを倒したり、あなたにしか作れないものをつくったり……」
「ええ。同時に、あたしの耳かきにしか癒やせない人もいます」
「そ、そんなの」
「今、目の前にある耳のかゆみは、世界の命運よりも重いのです!」
「何を言ってるんだかわかりません!?」
ちなみに私にもよくわからないけど、イアリスさんの熱弁に感動したみたいに首をたてにふっておく。
「も、もういいです……イアリスさまにはついていけません。綿花だけ置いて、わたしはエルフの郷に帰りますわ」
「待ってください」
ぞっとするような声で、イアリスさんがいった。
踵を返そうとしたティエッタが見えない力に捕らえられたかのように、ビタリととまる。
「あなたの耳かきがくだらないという認識を放置するわけにはいきません。今ここで、耳かきの素晴らしさをその身体に刻みこんでさしあげます」
「ま、魔王は放置してるくせに!?」
「魔王よりも、耳の中に溜まった耳垢です」
「けけけけ、結構です。わたし、ちゃんと毎日朝露で耳の中もきれいにしてますし」
「朝露でキレイになるなら耳かき専門店はいりません。さぁアユノスケ、ティエッタさんは魔法で麻痺させて抵抗できなくしてありますので、こっちに連れてきてください」
なんだか悪者みたいになってません、私たち?
まぁいいか、私としても、ティエッタの認識を見逃すわけにはいかないし。
「観念してこっちにきてもらいます」
「ギャー、やーいやー、助けてー!」
わめくエルフのお姫さまを、私たちは店の中へと連れこんだ。
次回、エルフのお姫さまに耳掃除。乞うご期待。
ティエッタの髪型をツインテールから金髪ロングに変更。それに応じて、描写を書き換えました。ご容赦ください。