耳かきの色々
静かな昼下がり。
お客さんが来ないので店内の清掃をしていると、イアリスさんが自身の金色の耳かき棒を眺めながらうなった。
「ううむ、竹の耳かき棒ですか……」
「どうしたんですか、藪から棒に」
「耳かき妖精を称するものとして、様々な耳かき棒を試してみたいと思うのは当然のことでしょう」
イアリスさんは求道者の目つきでテーブルの端にたって、腕を組んだ。
さながら、高波押し寄せる断崖絶壁に立つサムライを彷彿とさせる。
「アユノスケの世界の耳掃除について、教えてくれませんか?」
「教えるといっても……基本的に耳かき棒の形は変わりませんよ。耳の中に入る程度の、小さな匙です」
これでも、私も耳かき好きを自負している。
耳かき棒の歴史について調べてみると、この形の耳かき棒は、ヨーロッパでは紀元前から存在したというから、オーソドックスな耳かき棒は、時代に囚われぬユニバーサルデザインといえる。
「まぁ、こっちの耳かきにはスクリュー型とか三連ワイヤーとか色々種類はありますけど」
「スクリュー、三連ワイヤー?」
イアリスさんが、瞳を輝かせて食いついてきた。
まぁ、彼女の耳かき道に資するものなら、ゆくゆくは私もその恩恵のご相伴にあずかることができるわけで、紹介しておくべきだろう。
私はイアリスさんから羽ペンと羊皮紙を借りて、図で説明した。
まずはスクリュー型から。
棒の先っぽに、ドリル状のエッジが巻きついていて、一般的な耳かきが一方向からしか取れないのに対して、全方向から取れるというものだ。
「利点は、力の分散とか、耳の中が見えなくっても取りやすくなるといったところですかね……基本的には、自分で自分の耳を掃除するためのものです」
「ふむ。ですがこの形だと、耳の壁のより広い面積をかけますね。それはそれで気持ちいいかもしれません」
あ、なんかこんな話をしていると、私の耳もかゆくなってきた。
次は三連ワイヤー。
三つの匙状の形をなしたワイヤーが、縦に三つ並んでる。
パサパサ系の耳垢には弱いけど、ほどよくたわむワイヤーは湿り気の多いぬちょぬちょ系の耳垢をごっそりとこそぎ取れる。
「弱点は、コシがなさ過ぎて、あんまり掻いる気がしないことですかねぇ……」
耳かきストとして、色々試したけれど、私は結局竹の耳かきに戻ってしまった。
なんと言うかな……原点にして頂点、という言葉が思い浮かぶ。
「ほぅほぅ……でも、使いようだと思いますね。今度ドワーフの郷に行ったときに作ってもらいましょう。この紙はいただきますね」
そういって、イアリスさんは私が書いた羊皮紙を魔法で折りたたんで、自分のスカートのポケットに入れた。
あの大きさまで畳んだら、ふつう、分厚くなってイアリスさんのポケットには入らないと思うんだけどなぁ……。
魔法すげぇ。
「もぅ、なに人のスカートをじろじろ見てるんですか。アユノスケはエッチですね」
つん、と金の耳かき棒の匙ではないほうでつつかれた。
「そういえば、こっちの世界には梵天もないですね」
「ボンテン?」
「私の国の耳かき棒には、よく匙がついていないほうにワタのようなものがついてるんですよ」
「ワタ? 綿花から取れるあれですか」
「はい。わたして、ワタでいいのかな? もともとは、水鳥の羽を糸で束ねたものだったらしいですが」
「水鳥の羽……くすぐったくないですか、それ」
「くすぐったいのがいいんじゃないですか」
「なるほど」
「耳垢を取り終えたけど、まだどことなくスッキリしないときに耳の中にボンテンを突っこんでグリグリって……はぅ」
ああ、思い出しただけで頭が真っ白になってしまう。
「水鳥の羽も、綿花も手に入りますね。こっちはエルフたちに要相談でしょうか」
「ああ、でしたら綿棒もいかがでしょう」
「メンボウ?」
「その名の通り、綿花から取れるワタを棒の左右に巻きつけたものです。私の国の耳かきストは、広く耳かき棒派と綿棒派に大別できます」
「ほう!」
イアリスさんは目を輝かせた。
「なぜそれを先にいわないのですか!」
「いやまぁ、感触はイアリスさんが使うヘチマのたわしに似てるんですよね。ハーブエキスに浸して使えたりとか、そこらへんの汎用性も含めて」
自分の工夫で綿棒に行き着くあたり、イアリスさんの耳かき愛は本物だ。
20世紀にアメリカで発明され、日本に入ってきたのは第二次世界大戦後の、耳かきの歴史を振り返ればニューフェイスにあたる綿棒。
しかし、入浴後に綿棒で耳の中をグリグリするという悪魔的儀式の普及により、瞬く間に耳かき界を席巻した綿棒(※ 綿棒は耳掃除をするためだけのものではありません)。
耳の中を散々グリグリした挙句に黄色く汚れたヤツの顔を見たときのスッキリ感といったら……!
「なるほど、ワタを棒に巻きつけて耳垢をこそぐですか……それはそれで、なかった発想です。さっそく、良質の綿花を送ってもらえるようにエルフ王に手紙を書きましょう」
イアリスさんは、ウキウキと彼女専用の小さな机に向かった。
そして、15センチの彼女のためにつくられた小さなペンで、小さな紙の切れ端に、小さな文字で書いていく。
「イアリスさんが書いた手紙って、読めるんですか? 魔法で自動で読みあげてくれるとか?」
「エルフ王の元には、私と同じフェアリー族の小間使いがいますから。ここ十年くらいは、老眼防止のためにがんばって自分で読んでるそうですが」
エルフにも老眼ってあるのか……。
イアリスさんは、書いた手紙を小さな筒の中に入れると、窓際にたって指笛を吹いた。
青いハトが降り立ち、彼女の手紙を足にくくりつけて飛び立つ。
のどかな異世界の営みに、私はほっこりしていた。
ちなみに筆者はド定番の『匠の技』を愛用しております。
あ~、イアリスさんに耳そうじして欲しいんじゃ~