オーク
さすが異世界。
異世界といったらオーク、オークといったら異世界だもんなぁ……。
オークのお客さんは、フゴフゴと鼻を鳴らしながら、その手で耳を掘る仕草をした。
どうやら、マジで耳そうじをしてもらいに来たらしい。
ちょっと照れ恥ずかしそうに頬を染めているのがなんとも……。
「ふむふむ……かなり訛りの強いエルフ語ですね」
私の肩で、イアリスさんがうなった。女神の加護がオークに対しては働かないのか、私にはまともに言語として認識することすらできない。
「まじで、このオークの耳そうじをするんですか?」
言葉は通じないかも知れないが、それでも私は用心をして、オークには聞こえないように小声でイアリスさんに尋ねた。
ぶっちゃけ怖い。
「なにを言ってるんですか。我が『ミミノヒ亭』は種族の隔てなく、耳そうじによる癒やしの一時を提供するのがモットーですよ」
イアリスさんは私の肩を降りて、トコトコと小さな身体でオークを案内する。
「そういえば、イアリスさんって背中に羽があるのに、飛んでいるところを見たことがないですね」
「あたしは、翼の機能を魔力の貯蔵に限定していますので」
そういって、小さな妖精さんは金色の耳かき棒をふるった。
これまでお客様に寝てもらっていたクッションが、ボフンと盛大な煙を発して、毛皮張りのソファに変わる。
翼の機能とか魔力の貯蔵とかよくわからないが、魔法しゅごい。
それはそれとして、クッションをソファに変えたのって、つまり……。
「なにをしてるんですか、アユノスケ。さぁさ、お客様に膝枕をしてあげられるように、ソファに座ってください」
ああ、やっぱり……。
まさか、オークに膝枕をする羽目になるとは……。
「は、はっきりいってこわいんですけど」
「もしもお客さんが店員に必要以上のおさわりするようなことがあれば、あたしが黙っていませんのでご安心ください」
薄い胸を張って男前に宣言する。
「イアリスさん、オークよりも強いんですか?」
「この地上において、あたしよりも強い生き物なんかいませんので」
いや、それはさすがに盛りすぎでしょう……。
とはいえ、彼女が大魔法使いとみんなから敬われているのも事実。オークぐらいは軽く捻ることができると信じよう……。
それにイアリスさんには恩返しもしたいし。
そうだ、彼女への恩を考えたら、オークに膝枕をするぐらい、なんだというのだ。
私は意を決し、ソファに座って、オークに膝枕をするように手で示した。
ブタ頭のオークは、膝枕を勧められるという事態に驚いているようだった。
彼は、見ているこっちが恐縮してしまうほどにぺこぺこと頭を下げながら、私の膝の上に頭を載せる。
どうやらいい人のようだ……。
よくよく考えれば、【耳かきスト】に悪い人がいるはずがない。
巨体のあまり、ソファから足の先が飛び出していしまっているが、オークはくつろいだように眼を細めた。
フゴフゴと、鼻を上下させて、何かを告げる。
「膝枕なんて、お袋にやってもらって以来だ。とても癒やされる……と言ってますね。大金星ですよ、アユノスケ」
「よ、喜んでもらったなら、なによりです……」
頭は鉄球みたいに重く、杭のような牙が下あごから上へと伸びていて、やっぱり怖いのだけれど、オークが安らいでいるのも確かなようだった。
厳つい生き物が和んでいる様子に、私もだんだんと恐怖と緊張がほぐれていく。
イアリスさんはソファをよじ登り、「失礼します」と断りをいれてから、オークの肩に飛び乗った。そして、金色の耳かき棒を再び振る。匙の先から放たれた銀色の粒子が、私とオークの身体を包みこみ、オークの触覚が、一方的に私の身体に流れこんでくる。
着ている服の上にもう一枚皮膚が乗ったような、不思議な感覚だ。
「ふごおっ」
直後、強烈な耳の奥のかゆみに襲われる。
オークが感じている耳のかゆみだろう。
よくもこんなの我慢できたな……。
私は内心で彼に感心してしまった。
「施術の関係で、お客様の触覚をこちらのスタッフにも共有してもらっております。何か不快感などはありますでしょうか?」
イアリスさんが普段私と話すときとは違う言葉で話しかける。女神の加護によって言葉は通じるけど、さらりと異種族の言葉を話すイアリスさんは、やっぱりこの世界のエリート……大魔法使いのようだ。
なんでこの人、耳かき屋なんてやってるんだろ。
……あ、耳かきが好きだからか。
オークの許可を得て、イアリスさんは、肩から頭のほうへと降りていく。
頭の上にある、折れ曲がった三角形のブタの耳へと歩み寄り、曲がった耳を伸ばし、光魔法で照らしながら、中をのぞき込んだ。
「うわわ……耳の中が、まるで鍾乳洞のようですね」
「鍾乳洞って……」
ちょっと見てみたいぞ。
「皮脂からにじみ出てきた水飴状の耳垢が長年にわたって耳壁にたい積していって、このようなつらら状の耳垢を形成したんですね」
イアリスさんが金色の耳かき棒を動かした。
すると私の耳の中に、カサカサッと耳かき棒が動く感触がする。
耳の壁にはりついた、硬い岩の表面みたいな耳垢を、尖った匙の先がガリガリと削っていく。
ほぉあああ……。
膝のオークと同様に、私は頬を崩した。
「いかがですか、アユノスケ」
オークの耳を堀りながら、イアリスさんが尋ねる。
小さな彼女の耳の吐息が私の耳にまで届いた。
「気持ちいいです……」
「それは見ればわかります」
いやいや、耳かきしてる最中に、よそ見しちゃ駄目ですよ。
「もう少し力を入れても平気ですね?」
「はい」
カリカリ……コリコリ……ゴリゴリ……。
鼓膜に届く震動と、私の迷走神経への刺激は、徐々に大きなものへとなっていく。
耳の壁にはりついている奴が、徐々に剥がれようとをしているのだとわかると、その瞬間に向けて心がときめいた。
そして――。
ベリッ。
大きな耳垢が耳から剥がれる瞬間、私もオークも、思わず声をあげてしまった。
イアリスさんは、さらに耳かきを動かして、オークの耳の中にできた鍾乳洞を崩していく。
バリバリ、ゴソゴソと、それによる音は、私の聴覚を塗りつぶす勢いだった。
この感じ、どこかで味わったことがあると思ったら、ハード系の耳かき音だ……。
本当に、こんな耳を削るような耳かきって、存在するんだなぁ。
こんなに耳垢がゴロゴロと出てくる激しい耳かきを味わってしまったら、もう普通の耳かきでは満足できなくなってしまうかもしれない。
私がダミーヘッドだったら中にマイクを仕込んでこの音を録音できるのにな……って、それは怖い。
ソファの手すりのところに載せた麻布に、飴色の耳垢が山を成していく。
ツンと鼻を突くにおい……これは、ラードか。
ブタの脂だものな……。
こんな物が詰まっていたのか、それをきれいにほじくり出しているのか、という感動。
耳栓をしているようだった耳の中が、徐々にスッキリとしていった。
イアリスさんの耳かき棒の動きも激しかったものから、注意深いゆっくりとしたものへと変わっていく。
メリメリ……と、音を立てて、カサブタ状に耳壁についた耳垢を剥がす。
「ピンク色の耳の粘膜が見えてきましたよ。どうしてこんなに溜めてしまったんですか」
オークが恥ずかしそうにぽつぽつと語る。
その言葉は、私にわからなかったけれど、オークの緊張がどんどんほぐれていっているのは、伝わってきた。
別に、耳垢を溜めてしまったエピソードとか聞きたくないし、この様子を見るだけで充分だな……。
「折れ曲がってる耳は、耳垢が自然と外に出て行かないで、溜まりやすい傾向にありますからねぇ」
「ふごふご」
イアリスさんの相づちに、心地よさげなオーク。
耳かき妖精は、すっかりきれいになった耳穴の奥を見て、「うん」と満足げにうなずいた。
「耳の外側もきれいにして、最後にスッキリするハーブエキスを中に塗りますからねぇ」
「外側よりも先に内側をやるんですね。なにか理由が?」
私が尋ねた。耳かき音声とかだと外から中へと入っていくのがよくあるパターンだ。
「理由はありません。気分です」
「気分ですか」
「汚れた耳穴を見たら、もう耳かき棒を突っこまずにはいられませんでした」
すげー楽しそうだな……。
イアリスさんは15センチで300年以上生きているそうだけど、見た目は美少女だから、こんな美少女に楽しく掘ってもらえる耳は幸せものだ。
黄金の耳かきの匙が、オークの三角形の耳をかく。
「この三角形の頂点の場所、よく耳垢が溜まるんですよ」
彼女が言う通り、三角形の耳の先っぽの部分からは、つまめるくらい大きな耳垢がぽろぽろとこぼれ落ちた。
当然、その快感は私のほうにも流れてくる。
ああ、そんな、耳の縁に沿って、力強く動かされたら……。
垢で汚れて皮膚が厚くなっていなければ、すぐに赤くなって、傷がついてしまう。
感覚同調してるからこそ味わえる、この至福。
「アユノスケ、ヘチマを取ってください」
耳の外側を終えて、イアリスさんはそういった。
はいはい。
私はソファの横にあるサイドテーブルから、小さく刻まれたヘチマのスポンジをピンセットで取った。
イアリスさん特製のハーブエキスに一度浸して、彼女に渡す。
「ルーアムエスエーエミミミキカミミ」
イアリスさんは、魔法の呪文を唱えてひとまわり小さくなってから、ヘチマのたわしを受け取った。
そして、オークの耳の中へと入っていく。
ハーブエキスで湿ったヘチマのたわしで、ごしごしと耳の中を擦る。
濡れたたわしに拭かれるたびに、耳の中をスーッと清涼な風が吹き抜けていくような、爽やかな気分になった。
なんだこれは、初めての快感だ。
擦られている感覚は濡れ綿棒に似ているけれど、イアリスさん特製のヘチマたわしは、それよりも耳へのあたりが繊細で、一方で、たわしらしい硬さもある。
うあ、もうこれ、垢が取れないわけないよ……。
つい、半開きになってしまう口。
イアリスさんは、軟骨の裏側を丹念に磨き、それから耳の穴のきゅっとすぼまった部分の入り口のところをなぞった。
「ふぅっ」
と息を吹きかけられると、それだけで身体がビクンと震えてしまう。
気持ちいい……。
「さて、こっちの耳は終わりです。反対側にいきますね」
耳元に優しく告げて、イアリスさんはオークの耳の中から出てきた。
彼女を一度、私の肩に移動させて、膝枕をしたオークに動いてもらおうと、私はその肩を叩いた。
しかし。
「……ぐぅ」
お客さんのオークは心地よさそうに寝ていた。
無理もない。
「こういう場合はどうするんですか?」
私は、イアリスさんに尋ねた。
「そうですね……他にお待ちのお客様がいるわけでもないし、起きるまで待ちましょうか」
イアリスさんの判断に、私もそれがいいとうなずく。
眠っているオークは、どんな夢を見ているんだろう?
穏やかな寝顔を見れば、大体予想がつくような気がした。
「イアリスさん……このお仕事、いいですね」
「なにをいってるんです。当たり前じゃないですか」
朗らかな笑顔をむけられて、私もほっこりしてしまうのだった。
そして、オークが目覚めてからもう反対側の耳も掃除する。
すべての施術が終わると、彼は銅滴七粒の代金を払って、とても満足そうに帰っていった。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」




