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異世界耳かき店 ミミノヒ亭  作者: ひしゃまる
2/15

開店準備1

コリコリッ……。

がさ、さ……。

……ボロッ。



あれ、なんだろう、耳に違和感を憶える……。

む、気持ちいい……。

これは、耳そうじ……?

耳かき音を聞いてるのとは違う、確かな感触がある。


さっきまでのは、夢だったのかな?

そりゃそうだ……死んだら女神様がやってきて、異世界転移なんてそうそううまい話があるわけがない。

ああ、それにしても極楽だ。

ミヤちゃん、こんなに耳そうじうまかったんだぁ。

けど、膝枕が硬くなったな……。

てか、この感触は、床だ。木の床。

つか私、仰向けに寝てると思うんだけど、耳そうじしてんの……?


おそるおそると、私は目を開けた。

見慣れぬ天井が目に飛びこんでくる。

梁がむき出しの、木の天井……趣あるなぁ……あれ? 『耳癒やし亭』の天井ってこんなだったっけ?

鼻をひくつかせると、木と不思議な香りがする。

肌で感じた。

ここは、私が今までいた世界ではない。


ごりっ……!


あふん。

私の耳穴をほじっていた硬い匙が、ぐるりと私の耳の中でまわり、壁にこびりついていた耳垢をこそぎ落とすのがわかった。

なんだかわからんが、死ぬほど気持ちいい。

思わず、唇の端からこぼれる涎。それを手で拭おうとして、私は身体が動かないことに気づいた。

あれ……?

手足に、力が入らない。かろうじて、首を動かすことができた。

しかし、耳かきの最中に首を動かすのは命にかかわる。今耳そうじをしてくれている人にも失礼だ。

なにせ、こんなに気持ちのいい耳そうじというのを私は味わったことがない。

微に入り細を穿つ耳かき棒の動き。

垢をかきだす過程で、かゆくなる場所を的確に掻いてくれる。

時にじらして、かゆみを蓄積させるあたり、熟練の技だ。


……かゆみを蓄積させる、という表現は正しいのか。

不意に背中がかゆくなって、掻こうと手を伸ばすも、狙った場所に届かなくて、思いっきり手を伸ばし、背中の肉をたぐり寄せるようにしてようやく届いた、そのときの瞬間の快感。


身体は動かせないうえ、耳の穴という人体の弱点をさらけ出している、にもかかわらず、私の身体は喜びに打ち震えている。癒やされている。

こんな耳そうじを味わえたのなら、本当に、死んでもいいかもしれない……。

強いて残念なのは、後頭部が、硬い床の上にあることだけど……。


てか、本当にこれはどういう状況なのだろうか……?

私は、勇気を持って、見当たらぬ誰かに、声をかけてみることにした。

「あ、あの――」


「しっ、動かないでください」


耳元に聞こえてきたのは、女の子の声だった。

あまり高くはない、けれど可愛げのある、いつまでも耳元で囁いてもらいたいような声。

それは、私が、耳かきボイスを聞くときに理想とする声に近かった。

かん高いキンキン声え囁かれるのは、ちょっと聞くぶんにはゾクゾクしていいんだけど、長時間聞き続けていると聞き疲れするというのが、私の考察である。


「今、大きいのがとれるところなんです」


「あ、はい」

てか、動けないんですけどね。


そ、そ、そ……と耳かき棒が私の耳穴から出て行く。


「うわ」

うわて。

「ちょー……でっけーのが、とれました」

「まじすか」

「あたしの手のひらよりも大きいです」

「いやいや、いくらなんだって、それは言いすぎでしょう」

私は、安全を確認して、声の方に目をやった。


言葉をなくす。

そこにいたのは、身長十五センチほどの小人だった。

桃色の髪の毛。その身を包むのは、フリルのついた黒いドレス。背中には薄くて透明な、蝶の翅。

童話のピーターパンでみたティンカーベルを、私は真っ先に思いだした。

その手に持ってるのは身の丈ほどもある金の耳かき棒と、黄色い私の耳垢である。身長十五センチほどの彼女には、本当に手のひらよりも大きかった。


「いっぱい、ためてましたね」

「いや、お恥ずかしい限りで」

「いえ。堀りごたえがありました」


小人の少女は、抑揚のない声で告げて、ぺこりと頭を下げた。

まるで吹き替え映画を見ているみたいに、聞こえてくる声と口の動きが微妙にずれている。彼女が日本語を話していないことの証だろう。

ここはやはり、異世界なのだ。


「あなたが汚い耳をして召還されて、いつまでも起きないから、我慢できずに耳そうじをしてしまいました。すみません」

口とは裏腹に、表情に変化がなく、あまりすまなそうには見えなかった。とはいえ、少々眠たげな視線にのぞき込まれて、その愛らしさに胸の内が温かくなってくる。

すまんな、私はジト目萌えなのだ。



「えっと、私は、召還されたんですか?」

「自己紹介をするべきですね。あたしは耳かき妖精のイアリスです。他人の耳かきをするのが、三度の飯よりも好きです」

「それは素晴らしいですね。私も、人に耳かきをしてもらうのが大好きです。それが生きる目的といってもいい」

「知っています」

「知ってるんですか」

驚いた。

「あたしのお店の手伝いをしてもらうために適性のある人を、女神ライダスに召喚してもらったのです」

イアリスさんは、手に持っている金色の耳かき棒で、地面を示した。

首を捻ってみてみると、私が横になっている床には、いかにも魔法陣といった感じのものが刻まれている。


あの塩対応女神、なんだかんだで私の転移先について考えてくれていたのか……。


「今、魔法を解きますね」

イアリスさんは耳かき棒をくるりとまわして呪文を唱える。


「ルーアムエスエーエミミミキカミミ」


青白い光の粒子がふわわっと私の身体を覆って、今まで動けなかったのが嘘みたいに、上体を起こすことができた。

「魔法だったのか……」

はじめて見た異世界の魔法に、ちょっぴり感動する。


「耳かきをしている最中に動かれると危ないですからね」

「そこまで私のことを気にかけて……」

「寝返りでもされたら命にかかわります」

ああ、自分の心配か……。

まぁいいけど。なんであれ、とても気持ちよかったわけだし。


「あなたの名前を聞いてませんでした」

「私は早河鮎之助と申します」

着ていたスーツ(耳癒やし亭に向かったのは、仕事帰りだったのだ)の懐から、名刺を取りだして、小さな彼女に差しだした。


イアリスさんは、身体で抱きかかえるようにして私の名刺を受け取りながら、

「アユノスケ……変な名前ですね」

「同感です」

もう今は慣れたけど、昔はよくからかわれたものである。

イアリスさんは名詞を床に置いて、それをのぞき込む。

「異世界の言葉は、まだ勉強中で、ほとんど読めません……」

「勉強してるんですか」

「あたし、これでも大魔法使いなのです。300年ぐらい生きてて、そんじょそこらのフェアリーとはワケが違います」

得意げな顔で、薄い胸を張った。

どうやら、イアリスさんはフェアリーという種族らしい。


「驚かないんですね?」

桃色の髪を揺らして、イアリスさんは不思議そうに私をのぞきこんだ。

人形のような仕草が、妙に愛らしい。

「どうしてですかね、イアリスさん、不思議に貫禄があるからでしょうか」

「悟り世代ですか」

「そうかもしれません」


「ならば、話は早いです。アユノスケには、これからあたしがはじめるお店の助手になって欲しいのです」


「これからやるお店って……」

「耳かき専門店です」


イアリスさんは、金の耳かき棒を振り上げて、高らかに宣言した。

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