ドワーフの郷へ ~ユニコーン~
「ドワーフの郷に行きましょう」
ある朝、イアリスさんがそんなことをいいだした。
「ドワーフの郷?」
「どうしてまたそんな場所に」
私とティエッタは顔を見合わせて尋ねた。
「これです!」
そういってイアリスさんは、ポケットの中から小さな紙切れを取りだした。
折りたたまれた紙が広げられて、私たちの前に示される。
それはいつだったか、私がイアリスさんに、自分の世界の耳かき棒について教えるために描いた図だった。
「なんですのこれ……スクリュー? 三連ワイヤー?」
頭の上にハテナマークを浮かべるティエッタに、簡単に説明する。
「へー、アユノスケさんの故郷の耳かきですの。それはちょっと興味ありますわ」
「いや、ここにある耳かきを使ってる人は、耳かき好きの人の中でも、ほんの数パーセントじゃないかな……」
統計を取ったことがあるわけではないので、確証はないけど。
やっぱり、耳かき棒は匙の形をしているのが一番だと思うんだ。
「様々な耳かき棒を試してみたい……それが耳かきストというものではありません?」
「否定はしませんけど……それでドワーフの郷に行くっていうのは、金工に優れた彼らに耳かき棒を作ってもらうためと?」
「あら、アユノスケさんはこの世界のドワーフにあったことがありますの? 詳しいですのね」
ティエッタが意外そうにいった。
いやまぁ……テンプレだし。
「けど、ドワーフの郷なら、わたしは行かないほうがいいかもしれませんわね」
ティエッタが小さなため息と共につぶやく。
「前にダプタさんもチラッといってましたけど、やっぱりエルフとドワーフは仲が悪いんですか?」
尋ねると、彼女は残念そうに首を縦に振った。
「森に生きる民と山に生きる民……未熟なことに、はるか昔の確執を未だに引きずっているのですわ。仲良くしてくれる人もいるんですけどね……」
エルフの姫は、上に立つものとしての苦悩を表情に浮かべる。
どこの世界も、そんなに変わらないな……。
「ティエッタさんにも来てもらおうと思ってます。なによりも、ここからドワーフの郷まで、普通にいったら往復で一ヶ月ちかくかかってしまいますからね」
「どういうことですの?」
「足の調達に協力してもらいたいのです」
イアリスさんの言葉に、私たちは顔を見合わせた。
「足の?」
「調達?」
◇◆◇
旅の支度を整えて、近くの森にいく。
イアリスさんはなにも教えてくれないで、大きな木の根元に、ティエッタを座らせた。
「これでエサの準備は完璧です。さぁアユノスケ、我々はあっちの木陰に隠れましょう」
「え、エサ!? ど、どういうことですの! 私食べられてしまいますの?」
ティエッタは、なにがなんだかわからずに戸惑っている。
「あ、そういえば大事なことを聞くのを忘れていました。ティエッタさんは処女ですよね?」
「はにゃあ!?」
耳かき妖精の突拍子もない質問に、エルフのお姫さまは雪白の頬を赤らめた。
「ししょしょしょしょ、処女に決まってますわ! そんな、成人前の身の上で、ふしだらな……」
そういってぎゅっと自分の身体を抱きしめると、彼女のふしだらな胸がたゆんと揺れた。
「それを聞いて安心しました」
「処女で釣るって、もしかしてユニコーンですか?」
「おぅ、正解です。アユノスケは異世界人なのに、詳しいですね」
「わりと、私たちの世界ではありふれたファンタジー知識ですよ」
ファンタジー小説は、私も好きだ。
「ゆ、ユニコーンて、あの獰猛な一角の幻獣ですの……?」
「ええ、そのユニコーンの弱点が処女です。こうしてかわいらしい処女が木陰で休んでいると、それに釣られて膝枕をしてもらいにユニコーンがやって来るのです」
「こ、こわいんですけど……!」
たしかに、処女が座ってたらいきなり現れて膝枕を求めてくるってかなり怖いよな。変質者にしか見えないよな。
「大丈夫です。ユニコーンは乙女の守り手。処女には優しいです。逆に、処女だと欺かれたと知ると怒ってその角で相手を貫くといわれてますが」
逆ギレじゃないか……迷惑な処女厨だな……。
「我が身命に誓って処女ですわ!」
ティエッタは私のほうを見て、高らかに宣言した。
「いえ、別に疑ってませんよ」
「そ、それでも……アユノスケさんに疑われたくはありませんし」
もじもじするエルフのお姫さま。
いかん……こんなに好き好き光線を出されてしまうと、私も流されてしまいそうになる。
「い、イアリスさんが代わりにはなれないんですか?」
「300歳のあたしに、膜が残っていると思うのですか?」
「下品な言い方しないでください……すみませんでした」
先に下品なことを聞いてしまったのは、私だということに気づく。
「処女ですがなにか!」
そして彼女も、薄い胸を張って宣言した。
ずっこける私とティエッタ。
「結局未経験なんですか!? フェアリー族に男はいないんですか?」
「いますよ。いますけどね……もにゅもにゅ」
偉大なる耳かき妖精が、珍しく頬を赤らめてもじもじしている。
「理想の男性というのがですね……なかなか現れなくて。あたしってほら、とても優秀じゃないですか」
「それで300年処女」
珍しくからかえるネタだったのでそんな風にいじると、彼女はムッと頬をふくらませて、私の耳を引っぱった。
「いたいいたいいたい!」
「今のはさすがにアユノスケさんが悪いですわ」
「はい……反省してます」
「そういうアユノスケこそどうなんですか? ヤったんですか? ヤりまくってるんですか!?」
「いや、それはその……」
イアリスさんの質問に、たじろいでしまう。
ジッと、かなり真面目な視線でティエッタがこちらを見ているからだった。
「チェリーです……」
十数秒の間をはさんで、私は答えた。
ほっと胸をなでおろすティエッタ。
実は元の世界にいたときに、上司に大人のお店に連れていってもらって……などとは言いづらい。
「わかりました。わたし、ユニコーンをおびき寄せる役、引き受けますわ」
「健気ですね」
イアリスさんが、私の耳にそっと囁く。
うーん……いいのだろうか。
そして、私とイアリスさんが小影に隠れること十五分ほど。
どこからともなく、涼しい清浄な風が吹いてきた。
「きましたよ」
私の肩にのったイアリスさんが指差した先、目も眩むばかりの白馬がいた。
逞しく隆起した筋肉。
流れるような銀色のたてがみ。
そして、その額から伸びた長大な一本角。
「おおお……」
はじめて見た一角獣の美しさに、私は思わず、声を上げてしまった。
ユニコーンは、ゆっくりとティエッタの下へと歩みよっていく。
エルフの姫の色香に惑わされたように、その隣に膝を折った。
ティエッタが首を優しくなでてやると、ユニコーンは気持ちよさそうに啼く。
「美少女とユニコーン……絵になるなぁ」
ユニコーンは、とろんとした瞳になってティエッタの膝に頭を乗せようとして……。
突如として、頭を上げた。
「きゃっ」
ぶぅんと振るわれるユニコーンの角に、ティエッタは怯える。
「そんな、どうして……? 私は本当に処女ですわ」
『男のにおいがする……』
ユニコーンの声が聞こえた。
さすが一角獣……人の言葉も話せるのか。
「お、男のにおいなど……そんなはずは」
信じて、とティエッタは私のほうを見た。
ユニコーンの首もこっちをむいて、ブルヒッと鼻を鳴らす。
『あそこに隠れている男のにおいだ……おまえ、膝枕処女をすでに許したな!』
クワッとたてがみを逆立てて、ユニコーンは威嚇するように竿立ちして見せた
「なんだよ膝枕処女って!?」
「そ、そう言われてみれば、たしかにわたしは膝枕の初めてをアユノスケさんに捧げてしまったことになるんですのね」
ポポッと頬を赤らめるティエッタ。
「ティエッタも、照れてる場合じゃないだろ!」
いくら太ももフェチとはいえ、いやだからこそ「膝枕処女」などという頭のおかしな言葉は許容できない。
わたしはすでに、オークにもおっさんドリアードにも膝枕をしているのだ!
「どうやら、ハズレを引いてしまったようですね」
やれやれと、肩をすくめながらイアリスさんは金色の耳かき棒を構えた。
「ユニコーンの中には、たまに面倒くさいのがいるのです。世の中の処女はすべて自分の女だと思い込んでいるような思想がありまして。他の男と話をしているだけでも許せないとかほざく輩がいるんですよ」
「いやな処女厨ですね……」
もはや、世界の歪み、世界の害悪と称しても差し支えないと思える。
「仕方ありません。力尽くでいうことを聞かせましょう……ルーアムエスエーエミミミキカミミ」
イアリスさんの振った耳かき棒が、銀色の光の粒子が飛んで、ユニコーンの動きをとめた。
『う、動けない!』
「アユノスケ、あたしをユニコーンの耳の中へ」
「はい」
私の手のひらに乗って、みるみるうちに小さくなっていくイアリスさん。
小指の爪ほどにまで小さくなった彼女を、ユニコーンの耳の中に入れた。
「ちょっとはなれててくださいね」
小さなイアリスさんの声に従って、私とティエッタはユニコーンから距離を取った。
ほどなくして、その場でジタバタと暴れはじめるユニコーン。
わたしたちが固唾をのんでその様子を見守ること10秒ほど後――。
『先ほどは失礼をしました、マドモワゼル。我は乙女の守り手ユニコーン……何なりとご命令をください』
ユニコーンは美しい宝石の如く澄んだ瞳で告げて、ティエッタの前に跪いたのだった。
「な、なにがどうなってるんですの……?」
「一時的に洗脳しました」
よっこいしょ、と耳の中から姿を現す、豆粒ほどのイアリスさん。
耳から入って洗脳って……。
「もしかして、イアリスさんって最強なんですか?」
「? はじめからそういってるじゃないですか」
桃色の髪を揺らして、耳かき妖精は無邪気に微笑むのだった。
2016/09/03 表記揺れなど直しました