おっぱい
ダプタさんが帰ってから、数時間後。
店内に、ティエッタの深いため息が響いた。
「はぁ……」
ソファにもたれかかるように座り、ぐったりとしている。
「元気ないですね、ティエッタさん」
「そりゃ、まぁ……」
「おっぱいが大きすぎて耳そうじができないなんて、あるんですねぇ」
「あうぐっ」
イアリスさんの容赦のない言葉の矢が、ティエッタに突き刺さった。
そういえばいつぞやか、巨乳の女性は、足元のボールが見えないためにゴルフができないというのをテレビで見たけど……。
「揉んだら小さくなりますよ」
さらっと嘘をつくこの腹黒妖精。
「本当ですの!」
そして信じるアホの子エルフ姫。
「男の人に揉んでもらうのが効果的です」
「そ、そんな……で、でも、それでアユノスケさんに耳そうじをしてあげられるなら……」
もじもじ恥じらったのち、決意を固めて、ティエッタは薄緑色の瞳でこっちを見つめる。
「お、お願いしますわ、アユノスケさん……わ、私の胸を……」
「まてまてまて、なんだか私が得しかしない気がするけど待ってください! 胸をもめば小さくなるなんて嘘だ! また、大きくなるというのも嘘だ! イアリスさんも、偉い大魔法使いなら適当な嘘をつかないでください」
「ここいらでお色気シーンの一つも入れたほうがいいと思いまして」
「なにワケのわからないことをいってるんですか!」
「う、嘘だったの!」
衝撃を受けるティエッタ。
「♪~」
口笛を吹いて悪びれることない耳かき妖精に対して、ふるふると握り拳を固める。
エルフの姫たるもの、ここでただやられるわけにはいかない。
そんな決意が、彼女の表情からうかがえた。
「いいですわね……イアリス先生は邪魔になるものがなくて」
「お、やる気ですか? 三百年生きてきた耳かき妖精たるあたしにおっぱいのおっきい小さい程度のことがトラウマになるとでも……なるとでも!」
なってるのかよ……。
その背に怒りの炎を燃やす大魔法使いの頭を、私は指先でつついた。
「イアリスさん、大人げないですよ……そうだ、こうしましょう! ティエッタが膝枕係り、イアリスさんが耳そうじ係り、私が耳そうじされる係り。どうです、みんな幸せになれる提案ですよ」
「なんだか、アユノスケがとても嬉しそうなのが癪に障りますが……」
「しょ、しょうがないですわね……アユノスケさんがそれでいいのなら」
ティエッタがソファに座りなおして、私はそこに横になる。
ああ、何度味わってもこの膝枕は素晴らしい……。
私の肩から降りたイアリスさんが、トコトコとほっぺたの上を歩いていく。
耳かき妖精は耳の前で足を止めて……しかし、一向に耳かき棒が降りてこない。
「どうしたんですか?」
「えっと、それがその……」
言い淀むティエッタが、サイドテーブルに置いておいた手鏡を私に手渡した。
私は鏡の反射を利用して、自分の顔の上を見る。
おっぱい。
おっぱいの谷間に、イアリスさんが、埋まっていた。
ティエッタのおっぱいの谷間に埋まって、イアリスさんが身動きが取れなくなっていた。
おっぱいって、すげぇな……。
妖精って、すげぇな……。
うらやましい……。
来世はぜひとも妖精になって、こんな目に遭いたい。
そんな風に感じた私を、私は恥ずかしいとは思わない。
ていうか、イアリスさん、息できてるの?
胸の谷間にはさまって、ジタバタともがく耳かき妖精。
ああ、やっぱり息できてないのか。
「ひゃん! う、動かないでくださいまし」
甘い声をこぼすティエッタに、私はどうしたらいいのかわからず、おっぱいは宇宙だとか、中学生みたいなことを考えていた。