ティエッタの太もも
以前、世界樹さまの耳かき棒を持ってきたドリアードのダプタさん。
イアリスさんがその耳かき棒を折ってしまったために再び世界樹の下へと帰っていった彼が、再びミミノヒ亭にやってきたのは、ティエッタが住み込みで働くことになった三日後のことだった。
「これはこれは、まさかティエッタ姫がイアリスさんのもとで修養の儀を行うことにしたとは……大変素晴らしい。ご相談がありましたらなんでもいってください」
「ダプタさんとティエッタは知り合いだったんですか?」
私が尋ねると、イアリスさんが教えてくれた。
「ドリアードもエルフも、どちらも森の民にカテゴライズされますね」
「その森の民を統べるのが、我が父、エルフ王ベルンですわ」
「なるほど、ティエッタはダプタさんにとってもお姫さまということですね」
ダプタさんはうなずいた。
「まぁ、ティエッタさまを姫と祝福しないのなんて、野蛮な山の民か、魔物たちぐらいのものですがね」
イアリスさんが再び解説してくれる。
「山の民というのはドワーフなどのことを指します。魔物は、以前来てくださったオークさんですね。魔物なんていう呼び方はかわいそうですが、何代か前に魔王の側についた種族は、そう呼ばれています」
「ダプタ、といいましたか? 確かに我々森の民は、誇り高き高潔な一族ですわ。けれど、あまりそういった言い方は前時代的で感心しませんわね」
ティエッタは、スッと瞳を鋭くして、ダプタさんに注意した。
「いや、これは失礼。私の頭の中も古いものでして」
年長者のダプタさんが、サッと頭を下げる。
「おぉ、本当にお姫さまって感じがしますね」
私がそういうと、ティエッタは途端に表情を崩して頬を赤らめる。
「い、嫌ですわ、そんな、アユノスケさんまでお姫さまだなんて」
「いやいや、大した貫禄だと思いますよ」
ダプタさんも、年下の女の子にたしなめられてすぐに頭を下げるあたり、結構な傑物だと思うけど。顔色一つ変えてないあたり、たぶん、反省してないよな……。
「も、もー! そんな風に茶化すと、怒りますわよ」
「別に茶化してるわけじゃ」
「ほぅ、お二人はもうすっかり仲良しなんですねぇ」
ダプタさんが、関心したようにいった。
「そ、そんな、すっかり仲良しなんて……」
ティエッタは耳まで赤くなってしまう。
昨日は長く垂らしていたブロンドの髪を、今日の彼女は後ろ手に束ねて耳が見えるようにしている。
もちろん、その意図が分からない歳でもないので、今朝私は彼女の耳を誉めた。
林檎みたいに赤くなったエルフのお姫さまだったが、今も、その時と同じくらいに赤くなっている。
「昨日、恥ずかしいところまですっかり見せてしまった仲ですからね」
「恥ずかしいところ!?」
ダプタさんが食いついた。
「どういうことですかアユノスケさん。事と次第によっては、森の民が総出となってあなたのタマを取りに来ることになりますが……!」
「ダプタさん、それ以上このことについて追及するようなら、私としても考えがありますわよ」
ティエッタが私たちの間に割りこみ、助け船を出してくれる。
「しかし、なにか間違いがあったら……!」
「間違いなんてありませんわ。アユノスケさんは、わたしに対してちゃんと紳士的にふるまってくれています」
「一応、あたしも目を光らせているんで大丈夫ですよぅ」
イアリスさんは、いつのまにか私の頭によじ登っていて、ダプタさんを説得する。
「お、お二人がそういうのでしたら……と、そろそろいい加減に本題に入りましょう」
ダプタさんは、手に持っていた前回と同じ大きなスーツケースを開けてみせた。
中に入っていたのは、前回とおなじように羽毛のような緩衝材で守られた、たった一本の耳かき。
「おお!」
イアリスさんが、私の頭の上からその中をのぞき込んで、瞳を輝かせた。
「喜んでいただけますか」
「この艶、光沢……このスーツケースの中に詰められているのは、水鳥の羽根ですね」
「ええ、そうですが」
「これ、いただいていいですか?」
「それは、結構ですが」
イアリスさんの言葉に、ダプタさんはぽかんと口を開ける。
「やりましたよアユノスケ。これで梵天がつくれます」
そういえば、前に梵天のことをイアリスさんに話したっけ。
「え、ちょ、あの、世界樹さまの耳かき棒は……」
切なそうに声を震わせるダプタさん。
「そちらは後回しで」
「のぁーっ!」
世界樹さまの枝から削りだした耳かきが、まさか緩衝材に使っていた水鳥の羽根に後回しにされるとは思っていなかったようで、ダプタさんは世界樹の耳かき棒が折れたときと同様にショックを受けていた。
「すみません。今イアリスさん、私が元いた世界の耳そうじにご執心なんですよ」
「ここ何日かは、ずっとこの『メンボウ』というものをつくっていたのですわ」
マッチ棒サイズに削りだした小枝の棒の両側に、脱脂綿が形で巻きつけられている。
自作メンボウをダプタさんは興味深げにさわった。
「ほぅ……これはなんとも、繊維はきめ細かく、とてもやわらかいのですな。本当に綿花なのですか?」
ダプタさんは驚いていた。
「綿花を叩いてほぐして繊維の方向を整えた後に、石けん水につけて脂分を抜くんです。名付けて、脱脂綿」
「ダッシ……?」
耳かき好きとして、綿棒の歴史を調べたことがある。
綿棒の両端に巻きついているのは、脱脂綿だ。
木綿の歴史はとても古けれど、それの脂分を抜いて乾燥させて吸水性を高めた脱脂綿が発明されたのは、19世紀のことだった。
どうやらこの世界ではまだ、脱脂綿は見つかってないらしい。
「すごい発明ですね、これは」
ダプタさんは、綿棒の先っちょをさわりながら、しきりに感心していた。
「アルコールで消毒すれば、医療にも使えます。患者の傷口がばい菌なんかで汚れているときに使えば、医者は手を汚すことがありません」
「なるほど、たしかに。アユノスケさん、あなたは天才ですね」
「いや、私は自分の世界にあったものを紹介しただけで、なにもすごくはないんですがね」
とはいえ、自分の故郷の文明が喜んで受け入れてもらえるのは、嬉しい話だ。
「どれ、耳そうじをやってみましょうか」
ダプタさんは、神妙な面持ちで、綿棒を自分の耳の中に入れた。
こしょこしょと綿棒を動かして、ほぅっとため息をつく。
耳から出した綿棒の先っぽは、黄色くなっていた。
「おお、白かった綿棒が黄色くなってしまいましたぞ……」
「それだけ汚れていたということですね」
そうしていると、水鳥の羽根をいかようにして束ねるか格闘していたイアリスさんが目を輝かせた。
「なんで耳かき店に来て自分で耳そうじをしているんですか! しかも汚れているんじゃないですか! あたしに耳そうじをさせなさい」
命令形が出た。
「え、しかしイアリスさんに耳そうじをしていただくなど、私にはもったいない」
「なんだかんだで、ティエッタさんが来てから初めてのお客さんです。研修も兼ねて耳そうじをさせなさい」
単に自分が耳そうじをしたいだけなんじゃないか……。
「梵天は後回しでいいんですか?」
「梵天を作るのは後でもできます。しかし、汚れた耳は目の前にあるうちに掃除しておかなくては! 『今年の汚れ、今年のうちに』って言葉があるでしょ?」
異世界にも同じ言葉があるんだ……。
そこまでいうならと、ダプタさんもその気になって、料金入れの瓶の中に、銅滴を七粒入れた。
私がソファに座り、ダプタさんがその膝に頭を預ける。
ティエッタ差は、そんなわたしたちに、熱い視線を送っていた。
「な、なんですか……」
「い、いえその、別に思っていませんわ……う、うらやましいなんて……」
頬を赤らめ、ごにょごにょとつぶやく。
「なんだかんだで、ティエッタさんはアユノスケにべた惚れじゃないですか。やりますね、色男ですね、このこの」
肩にのってきたイアリスさんが、私にだけ聞こえる声で囁いた。
「ま、待ってくださいよ。さすがに18歳の女の子とは……」
「エルフ族にとっては1~2ケタ程度の歳の差なんて問題になりませんよ。長くなれば1000年は生きるんですから」
イアリスさんも300歳ですもんね……。
「それでは、耳そうじをしていきます。円滑な施術のために一方的にアユノスケに感覚を共有していただきますが大丈夫ですか?」
「それ、やる必要あるんですか?」
「ティエッタさんの研修も兼ねているんでいいのです」
ダプタさんの了承を得てから、魔法をかける。
「せっかくですので、今日は綿棒を使ってみましょうか」
愛用の金色の耳かき棒を私に預けて、イアリスさんは綿棒をダプタさんお耳に突っこんだ。
ゾゾゾゾ、と久しぶりの綿棒の感触。
耳かき棒の細い匙に対して、耳の穴をすっぽりと塞ぐ綿棒は、また違った心地よさがある。
「あぅ……」
私もダプタさんも多よす九恍惚とした表情を浮かべてしまう。
「べったりとした、粘りけの強い耳垢ですね。綿棒を選んで正解でした」
すぐに両側が汚れてしまって、イアリスさんは新たな綿棒を用意して再び耳の壁をこすっていく。
「ぐるぐる~」
耳の中で回転する綿棒。
深すぎず浅すぎずの、ちょうど耳の穴がすぼまったところを重点的に攻める。
「おぅ、おぅ……」
断続的に続く快感に、私は情けない声をだしてしまった。
しかし、それを気にする余裕もないほどに、気持ちがいい。
「そ、そんなにいいんだ……」
旗で惹いているティエッタが若干引いているように見えるが、しょうがない。
「あへぇ……イアリスさんの耳掃除最高です……」
「ああ、まるで天国のようですね」
「まったく、大の男が二人そろってデレデレして……」
私たちを見て、ティエッタさんが呆れたようにため息をこぼした。
「ティエッタも、人のことをいえるような状況ではなかったでしょう」
ボシボシと耳そうじの快感に酔いしれながら突っこみを入れると、ティエッタはぎくりと肩を上下させた。
「そ、それについては忘れてくださいましと……!」
「ああ、気持ちがいい……」
「む、むー」
◆◇◆
ほどなくして、ダプタさんの耳そうじは終わった。
小さな耳かき妖精のテクニックによってすっかり骨抜きにされた男が二人、ソファにもたれて多幸感に満たされた笑顔をしている。
「いいものですな、耳そうじ」
「いいものでしょう」
そんな私たちを見て、ティエッタが口を開いた。
「わた、わたしもやってみようかしら……み、耳そうじ」
「ほへ?」
「だって、その、せっかく耳かき店の助手になったわけだし……」
ミニスカートから伸びる白い太ももをモジモジとこすりあわせて告げる。
彼女の大きな胸がわずかに揺れて、なんというか、本当にエッチな身体をしたお姫さまだと思う。
声を荒らげたのは、ダプタさんだった。
「そんな、いけません! エルフの姫ともあろう方に私ごときの耳の掃除をさせるなど!?」
「いえ、やるのはアユノスケさんにです」
「ああ、そうですか」
ほっとしたようで少し残念なようなダプタさんだった。
「いいんじゃないですか。アユノスケ自身の耳掃除は最近ご無沙汰でしたし、ティエッタさんにやってもらっては」
イアリスさんのお許しも出たとすると、私からは断る理由などない。
私とダプタさんが一度立ち上がると、ティエッタがソファに座り、その健康的な白い太ももを「どうぞ」と叩いた。
それがエルフの正装なのか、彼女がはいているのは活動的なミニスカートである。
眼下に広がる、光景に、太ももフェチの私は思わず手を合わせて拝んでしまいそうになる。
「ど、どうしたんですの、アユノスケ……?」
「い、いえ……それでは、失礼します」
私は、エルフのお姫さまの太ももに、自らの頭を預けた。
ははふっ。
やわらかい、あったかい、なんか、いいにおい、すゆ……。
人生で二度目の女の子の膝枕。
しかし、あのときミヤちゃんは着物をきていたけれど、今回は生。
生の、太もも。
それに、なんともいえぬこの抜群の感触。
私を包みこんでくれる癒やしのやわらかさ。
ああ……もう、昇天してもいいかもしれない。
「ちょ、アユノスケさん、こっそり頬ずりをしないでくださ、ん……」
「す、すみませんっ」
無意識の行動だったんです。ほっぺたや目元ににやわらかいものを押しあてたら、誰だって、スリスリしたくなるのが人間という生き物じゃないですか。
「もぅ、こんなのがいいんですね」
ティエッタの長い指先が、私の頭をなでてくれた。
優しい手つきで、硬い私の髪を、優しく梳ってくれる。
幸せ……だにゃあ……。
「では、ティエッタ姫、せっかくですので、耳かきには、こちらをおつかいください」
ダプタさんが放っておかれていた世界樹さまの耳かき棒を差しだした。
「ありがとうございます」
ティエッタがそれを受け取っていざ耳かきをしようとするが……。
「ん? むぅ……」
なかなか、耳かき棒の匙が、私の耳に触れない。
私に膝枕をしたティエッタの上体が、落ち着きなく動いている。
「ど、どうしたんですか?」
「そ、それがその……」
ティエッタははっきりとしない物言いで、お茶を濁す。
すると、イアリスさんが教えてくれた。
「どうやらティエッタさん、おっぱいが大きすぎて、膝枕をした相手の耳を、見ることができないようです」
遅くなってすみません。
異世界で果たして綿棒が作れるのかどうかとかを考えてたら遅くなってしまいました。
課題は脱脂綿が作れるのかどうかで、綿花を脱脂するというのが、果たして可能なのか(こちらの世界の文明レベルは中世ぐらいと、ザックリ考えております)。
油分を飛ばすのなら、石鹸があればきっとできるはずで、石鹸は紀元前にはあったようなので、これで行けるかな、と……(詳しい人がいたら、ご指摘いただけると助かります。実際に脱脂綿を作るのに使われているのは水酸化ナトリウムだそうです)。アルコールで油汚れを落とすなんていうのもあるので、酒に浸けて脱脂するとか可能かな、とかも考えたんですが、まぁあまりわからんことには手を出さないのが吉かと。