第8話 「定」
【六海十二聖人】
「英雄」船長イェツ・エバレット(エルフ族)
「連槍」エダ・スィーマン(エルフ族)
「雷撃」ロム・ドウ(エルフ族)
「千里眼」トバル(エルフ族)
「竜殺し」マシュウ・ボラン(人族)
「赤壁」ドン・バロウ(人族)
「泥神」ルカス・ベッカー(エルフ族)
「黒天烈火」ギーシュ(人族)
「片風魔」セト・ジャラベル(エルフ族)
「七つ風」ベン・アレク(エルフ族)
「双剣」ケルン・烏丸(人族)
「礫平原」モリア・ベージュ(エルフ族)
江田島いつきが懐より書き付けを取り出し、蓮左に手渡す。
「……そこに書かれているのが『六海十二聖人』と呼ばれている大陸からの漂着者」
蓮左にとっては、多くが既知の情報であったが、『「双剣」ケルン・烏丸』については初めて知った。
「連槍」エダの家名については、先日、いつきに聞かされている。
「一つお聞きするが、聖ケルンの家名が『烏丸』とあるが、これは如何な仕儀にてかような家名になったのでござろうか?」
「……大本土の剣客集団『烏丸衆』に弟子入りしたと聞いてる」
「何と……」
もちろん初耳である。
「烏丸」と聞いて、蓮左がまっさきに思い出すのはヒョウの顔だ。
不思議な『魔術』を使う少年、と記憶している。
ショウロとの決闘、すなわち「木刀vs無手」の戦いもなかなか興味深かったが、何と言っても蓮左の印象に残っているのは、ヒョウが見せた「体内で召喚魔法陣を描く魔術」である。
当時、魔法陣の存在も、召喚魔術の存在も知らなかった蓮左に理解出来ようはずもなかった。
ちなみに、「体内に召喚魔法陣を描く魔術」は烏丸流のオリジナルであり、大陸の魔術師が見たとしても、やはり驚いただろう。
そもそも、体内に魔法陣を描く、というアイデアが思い付きそうで思い付かない。普通に体外で描けば良いではないか、という話だからだ。
突然、魔術が展開する(ように見える)ので、フェイントや目くらましには使えるかもしれないが。
いずれにしても、蓮左が記憶しているヒョウは、「剣士の卵」ではなく、「奇妙な魔術を使う少年」、であった。
どんなに剣を極めようと、剣士が魔術師に勝てるわけがないではないか、という自負のようなものが当時から蓮左の中にあったことも否定出来ない。
「(結局、あれ以来、確認する機会は訪れなかった。未だに理解不能でござる)」
5年前、手習い師匠である母ゆきの関係で、短い期間、行動を共にした――というほど、仲が良かったわけでもなく、溜まり場だった神鳴神社で時々顔を合わせていた程度だ。
何度も聞くチャンスはあったはずだが、結局、聞けず仕舞いに終わったことは残念の至りである。今では、単なる思い過ごしや錯覚の類だったのではないか、とさえ考えている。
「十二聖人と烏丸衆が繋がっていたのでござるか」
「……あくまでも聖ケルンと烏丸衆との個人的な繋がりだったらしい。あと、六海藩には聖ケルンの剣術は正式には伝わってない」
「どうしてでござるか?」
「……十二聖人と六海藩の間で、『回復魔術』に関する取引きがあったから」
「?」
もしくは、烏丸衆によって門外不出とされたか。その辺りは想像の域を出ない。
ようは、聖人側と六海藩(当時は六海国)の間で、何らかの取引があり、聖人側は『回復魔術』を提供したと。
烏丸衆との繋がりのある「双剣」ケルンの存在は六海藩にとっても大きなものであったはずだが、『回復魔術』の方が重要度では上だったのかも知れない。結果、スルーされた。
確かに大陸の『回復魔術』は、古来より断片的に神和に存在していた『治癒術』よりは遥かに体系的で、その効果も劇的であったろう。
民草への影響力を考えれば、福利厚生的にも、経済的にも、もはや選択の余地はない。
「ちょっと難しいでござるな」
いくら大人びていても、所詮は12歳。
いつきの説明だけでは、実際の当時の状況までとなると、なかなか想像力が及ばない。
想像力とは知識と経験を元に生み出されるものだ。
ただ、12歳の蓮左としては、どうしても腑に落ちないことがある。
「……聖ケルンの剣が不問とされたのは、『回復魔術』よりも更に強い手札を聖人側が出したから……だと思う」
ますます腑に落ちない。
「ちょっと待つでござる。そもそも、十二聖人は魔術師でござろう。剣士もいたが、全員一通りの魔術は使えたと聞いておる。12人も魔術師がいれば、下手をしたら、六海藩くらい一気に落とせるのではござらんか?」
当時の六海藩は、十二聖人たちによって豊かになった六海藩とは違う。
竜刺し組があったとしても、東州土の一国に過ぎなかったはずだ。
にも関わらず、どうして強力な手札を次々に提供する必要があるのか、という疑問。
魔術という強力な武器があり、しかも『回復魔術』まである。
なぜ、そんな下手に出る必要があるのか。
「……無知」
蓮左としても、無知は承知しているが、だからと言って納得できるわけがない。
「……聖人側が提供した『回復魔術』よりも大きな手札は――これ」
ブォンッ
と音がしたような気がした。
巨大な青い魔法陣が宙に浮かんでいた。
そして――
「『魔陣槍』ッ!」
ドゴォオオン
「な……ッ!」
黒曜鉄製の巨大な槍が4~5mはあろうかという巨大な岩を半分ほど砕き、突き刺さっていた。
岩の残り半分も亀裂が生じている。
いずれ砕けるだろう。
圧倒的であった。
巨大な自然石を砕く破壊力と貫通力。
「連槍」エダの子孫ということなら、この威力の槍を連射出来る野だろう。
「……烏丸衆にはこの魔術も全く通用しなかった」
馬鹿な。
どうして、たかが剣を振り回すだけの腕力自慢に魔術が通用しないのか。どんなに高度な技術が集約されていようと、剣士など、所詮は刃物を振り回すだけの徒ではないか。
連射性能にもよるだろうが、今いつきが展開した魔術なら、間違いなく城すら破壊出来る。
しかも、展開速度はほんの一瞬。
小回りが利かないということか?
「(いや、十二聖人の中には、小回りの利く魔術が得意な聖人もいたはずだ。どうして剣士に通用しない?)」
蓮左は兄雪平と違い、烏丸衆の剣技を目の当たりにしたことはない。
烏丸衆が強い、という噂くらいは知っている。
だが、それは戦場の噂に尾ひれが付いて、大袈裟に広まったものだろうと。
しかし、もっと気になることがある。
「今のは魔法陣……」
「……そう、『魔法陣』こそ、聖人側が提供した最も価値のあるもの。聖人側は『回復魔術』に限らず、魔術の体系そのものを伝えた」
現代語による『魔法陣』はシンバ皇国で発明された魔導技術の一つである。
それまでも魔法陣は存在したが、術式は『古代語』による記述であった。現代語でも描けるということで、一気に幅が広がったのだ。
今では、魔法陣=現代語で描かれたシンバ皇国以降の魔法陣、と一般には理解されている。
この発明によって、エルフ族の他種族に対する優位性が大いに毀損することとなったのだが、エバレットたち十二聖人が漂着するまで、体系的な「魔法陣学」が神和には存在しなかった。
それもそのはず、神和にある魔法陣は『古代語』で描かれるものであり、伝えたのは3000年以上前のエルフ族だ。しかも、今となっては、魔道具の設計図としてしか残っていない。
「連綿と伝承している」と言えば聞こえは良いが、その実、意味を解する者など一人も存在せず、既存の設計図(=古代語で描かれた魔法陣)をひたすらコピー&ペーストしてきただけである。
つまり、聖人が伝えたのは、現代語で解する、当時、最新の魔導技術だったのだ。
◇◆◆◆◇
「「「「「これは……」」」」」
奇跡を目の当たりにした役人たちが呆気に取られている。
エバレットたちの前には10人ほどの罪人が後ろ手に縛られ、腰を抜かしていた。粗末な麻の上着はあちこち血に染まっているが、痛がっている者はいない。
ほんの数分前、「七つ風」ベンの風魔術によって斬り刻まれ、彼らは痛みと恐怖で絶望の呻き声を上げていたのだが。
六海国が提供した罪人を使った実験が成功裏に終わったところである。
エバレットたちの前には罪人だけではない。
六海国主・六海雲仙もいた。
歳は63、身長は160cmほどだろうか。
好々爺然とした雰囲気だが、そこは戦国の世の一国一城の主である。
大陸でも指折りの戦力を誇る彼らが斬った張ったで負けるとは露ほども思ってはいないが、さすがは国主の器といったところか。六海雲仙には一目置かざるを得ない雰囲気があった。
青い魔法陣がすぅーっと消えていく。
既にエバレットの『回復魔術』は完了していた。
痛みなどどこ吹く風、ケロリとした罪人たちの表情がその成功を如実に物語っていた。
「今のは『マクスデバッガヒール』、上級の『回復魔術』です。私なら同時に最大で30人は行けますよ」
使われた『回復魔術』の質そのものは高度なものではないが、その展開規模により上級とされる。「大規模魔術」という言葉があることを考えれば、「大規模回復魔術」と言えるかも知れない。
エバレットが『ヒール』や『ハイヒール』ではなく、『マクスデバッガヒール』を使ったのは、ハッタリが効く、というのが最大の理由だ。
「これがお前たちの言う、『回復魔術』か。ワシが知っとる『治癒術』とは全く別物だな」
「『治癒術』がどんなものかは知りませんが、最新の大陸の魔術です。これを使って、六海国のお役に立てないかと」
トバルを除く漂着者全員が揃っていた。
雲仙の目から見ても、誰も彼も大した面構えである。
相当な戦力であることは想像に難くない。
しかも、今見た『マクスデバッガヒール』。
戦場で使えば、まさに不死の軍団――は大袈裟にしても、多少の傷など物ともしない、疲れ知らずの一軍が出来上がることは間違いない。
エバレットが漂着者たちを率い、城に攻め入れば、果たして六海軍だけで止められるかどうか。
「六海国内における行動の自由と、霞浜村の『半自治』を認めて欲しいのです。ただし――」
「ただし?」
「竜刺し組とはこれまで通りの付き合いをしていただいて構いません。あくまでも、我々漂着者が関わる分野の自由と自治を認めて欲しいのです」
「半自治」に関しては曖昧すぎて疑問が残るが、後で詰めれば良い話である。今は相手の示す大まかな枠組みや希望を確認する時だ。
「なるほど。して、お主らはその見返りに六海に魔術を提供するということか」
雲仙は「回復魔術」と限定せず、「魔術」と範囲を広げた。
それに気付かぬエバレットではない。
現在、スキル『交渉』が発動している。
「そういうことになります」
「お主ら自身を戦力として提供するわけではないと」
「ええ。我々には我々のやることがあります。ただ、我々の行動は基本的には各自の自由としています。つまり、六海国が我々個人と交渉したり、何かを依頼することは問題ありません」
つまり、漂着者一行として、一個の集団として扱うことは止めて欲しいということ。
エバレット自身、フィオ・リョーザ号の船長ではあるが、「漂着者代表」という認識は薄い。
船長としての義理はあるが、これから先、何年神和で生きるのか全く分からない。その間生じた責任を全て背負うなどということは、正直、勘弁願いたかった。
ようは、普通の村人として扱え、ということであった。
交渉ごとなら個人で勝手にやれと。
「『魔術』を提供すると言ったが、具体的にはどういう具合になるのだ?」
「これも各自の裁量に任せます。私は霞浜村に魔術大学を作ろうと思っています。そこを卒業した者がどう行動するかは、彼ら次第ということになりますね」
「『大学』というのは何だ? 手習い学舎のようなものと考えれば良いのか?」
「手習い学舎がどのようなものかは判りかねますが、魔術を教える場所、という認識で宜しいかと」
「うむ、やはり、どう考えても我が国にとっては得な取引のようじゃ。細かい話は今後詰めていくとして、大まかにはこの取引を歓迎しよう。お主たちの望みはそれだけか?」
雲仙は魔術を「仙術」の最新版のような感覚で理解している。
大きくは間違っていない。
仙術は神和の戦でも大いに活躍する攻撃方法の一つだ。運用の仕方によっては、防御にもなる。ゆえに、その扱いは慎重にならざるを得ない。軍事情報を含むことだからだ。
だが、それらは細かい話を詰めることで、どうにでもなる。
重要なのは、敵対か友好か、ということ。
雲仙は友好の方が得だと考えた。
その選択は間違っておらず、この後、六海国は六海藩となって後も、東州土一の雄藩として発展していくことになる。
「そうですね。あとは霞浜村の村長や、『竜刺し組』との話し合いになるかと思われますが、高台に我らが信仰する神を祀る社を建てたいと思っています」
「ほう、それは興味深い。お主たちが奉る神とはどのようなものじゃ?」
大陸の「神」は雲仙としても、興味を惹かれるところである。
「『船神』ですよ。我々が信じる神など、航海に出る時、その命を託す船をおいて他にはありません」
「『船神社』ということか? それを霞浜の海岸ではなく、高台に?」
船乗りであるエバレットたちの信じる神が「船神」と聞いて、得心がいった様子の六海雲仙。
得体の知れない唯一神などに比べれば、八百万信仰が存在する神和においては遥かに理解しやすい。
「ええ、出来れば村や海を一望出来るような場所が良いですね。またぞろ海に出て、大凪原を越えようという話ではないので、景色の良い高台が良いでしょう」
会談の最初に、大凪原で多くの船員を失ったことは説明済みである。
その際、烏丸衆のことには一言も触れていない。
脱国目的ではない、と軽く念押しをした格好か。
「なるほどな、そういう見方もあるか。確かに参拝するには、景色の良いところが望ましい。神和には八百万の神が存在すると言われておる。大陸だと、その数はさらに多いのだろうな。ははは」
込み入った話は今後詰めていくとしても、取引が上手く運んだエバレットも、相手の雲仙も、共に満足のいく交渉だったようだ。
エバレットなどは老いた国主を手の平で転がしたような、満ち足りた気分だったのではないか。
その証拠に、エバレットたち11人は誰一人気付かなかったではないか。
雲仙の背後、居並ぶ役人の中に天賦の固有スキル、『魔眼(洞察眼)』を持っている者がいたことに。
相手を甘く見て失敗した烏丸宗吾との一件。
案外、人は失敗を繰り返すものなのだ。
『洞察眼』は対象の嘘や作為、物事の仕組みや内容を看破する魔眼の一種。
スキル『洞察』、『看破』、『解析』などの上位互換といったところだ。
魔眼は全て固有スキル(世界で唯一のスキル)であり、レジスト不能でもある。当然、彼の魔眼も同様だ。
ゆえに、仮にエバレットたちが気付いていたとしても、防ぐ手立てはなかったのだが。
ただ、知っていたなら、不用意な発言は控えていたかも知れない。
彼の名は定次郎。
定家次男として生まれたが、兄が夭逝した為、現在は跡取り。
六海国に仕える木っ端役人の一人である。
烏丸宗吾との一件と違い、今回エバレットたちが幸運だったのは、彼に特段の野心も腕力もなく、『洞察眼』の矛先が単なる興味本位に立脚したものだったからに過ぎない。
定次郎は『洞察眼』が「千里眼」トバルによってバレた後も、好奇心からエバレットたちに長く付きまとうことになる。