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五国大乱 ― 【第五部】 不死魔王 堀田蓮左 ―  作者: 牧谷マサトシ
 第一章 耳長族編
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 第7話 「ここにいる理由」

 ずぞぞぞぞぞぞッ

 ずぞぞぞぞッ

 ずぞッ

 ぞッ……


 「……げっふっ」


 「いつき殿、私はまだ食べている最中でござるよ」


 江田島いつきの無作法を咎める蓮左。

 さすがに下品であろうと。

 蓮左は「親しき仲にも礼儀あり」という言葉が頭に浮かんだが、別に親しくはないか、と口にはしなかった。


 蓮左の批難に対していつきはどこ吹く風。特に気にした様子もない。

 下働きの女を呼んで、蕎麦湯などを注文している。


 「はぁ……」


 「……さすが『六海食事処番付』に載ってる店。天ぷらも蕎麦も絶品」


 いつきは腹をさすりながら、蕎麦湯を飲んでいる。余韻を楽しんでいるつもりらしい。

 いつきの態度がいちいち気に食わない。


 「……それはようござんしたね」


 とは言え、昼食をおごると言い出したのは蓮左である。誰に文句を言えるものでもない。

 12歳の思春期を迎えたばかりの神和男児としては、涙を見られたのが運の尽き。


 「……特に一口かき揚げは白眉の逸品」


 「……(昨日、俺は何を血迷っていたのでござろうか)」


 思い出しただけでも身悶えしそうである。


 昨日の涙に嘘はない。

 むしろ、幼く不定形であった野心がしっかりと形を成したような、ある種の満足感すらある。生みの苦しみと思えば、流した涙にも意味があったはずだ。

 だが、目の前の大飯食らいで品のない女にその涙を見られたのが、何か弱みを握られたようでどうにも口惜しい。

 感謝の気持ちで奢ったつもりだが、まるで弱みを盾に強請られたような気分である。


 見返りを要求しなくてはならない。

 さもなくば、男の矜持が保てない。


 『……明日の昼食もおごってくれたら、もっと話しても良い』


 昨日、確かに江田島いつきはそう言った。

 その為に蓮左は今ここにいる。

 今日も今日とて仕事の手配はおろか、口入れ屋の登録さえしていない。

 このままでは済まされない。

 無駄にした今日を意味ある一日にしなくてはならない。


 「さて、お互いの腹も人心地ついたところで、昨日の約束を守ってもらいたいのでござるが宜しいか?」


 「……昼食時だし、ここは喧しい。少し静かな所に行こう」


 「是非もなし」


 いつきが言うことももっともだと、蓮左も蕎麦湯を一息に飲み干した。

 いつきも奇妙な三角帽子を目深に被る。

 人族よりは若干長い耳を隠すように、丁寧に被っている。

 蓮左は、「さっきまで気にしてなかったではないか」と軽いツッコミが口をついて出そうになったが、やはり言葉にはしなかった。


 「天ざる(上)が二人前で、180文(約3600円)でございます」


 「くっ……これで。(せめて自分の分は「並」にしておくべきでござった)」


 蓮左は紙入れ(財布)から一分銀4枚を取り出し、支払いとする。

 お釣りは20文。


 12歳の蓮左にとって、日本円にして約3600円の出費はかなり痛い。

 何しろ、今のところ収入のアテがないからだ。弥四郎に相談すれば、小遣い銭くらいどうにでもなるのだろうが、居候の身ではなかなか言い出せるものではない。

 蓮左はそこまで図太くはなれない。


 一見、分を弁えた大人の発想のようだが、実は間違っている。

 幼い者が陥りやすい罠だ。


 本当に心から望むことがあるのなら――


 何を置いても優先すべき大事があるのなら――


 弥四郎に助力を頼むべきである。


 プレゼンするのだ。

 金を出してくれと。

 それで金を稼ぐ時間を他のことに回せる。

 自分の夢を話し、情熱を伝え、それを形にする手助けを乞うのだ。

 それは恥ずかしいことでも何でもない。

 ましてズルいことでもない。

 単なる手段の問題だ。


 誰だって自分一人の力で勝負したいと思っている。

 だが、実際は、周囲の人の助けを借りることもあるだろうし、周囲の人を助けることもある。人間はそういう関係性の中で生きている。

一人でやることに意味はないのだ。

 そんなことは当たり前のことである。

 仮に一人で夢を実現したとして、それで誰かが褒めてくれるわけではないし、また、誰かに褒められたくて実現したわけでもないだろう。

 誰かに頼って実現しようと、一人で実現しようと、価値は同じである。


 蓮左の望みは8年後大陸に渡ることであり、それは全てに優先すべきことだ。

 ならば、一時の恥やチンケなプライドで小事に拘泥すべきではない。

 周囲を頼み、周囲を巻き込み、皆の力で実現するのだ。

 その時初めて周囲は褒めてくれるだろう。

 「良くやった」と。

 大事とはそういう道筋で実現するのが正道なのだ。

 一人で実現することに拘るのは、大事よりも小事に拘っているに過ぎない。

 大陸に渡るというのは、それほどの壮挙である。蓮左一人の力でどうにかなるものではない。


 ――と、昨晩、蓮左は悔悟の念に(さいな)まれながら、そう結論した。

 12歳にしてそのことに気付いた。


 男児三日会わざれば云々という諺があるが、昨日までの蓮左とは明らかに発想の起点が違っていた。


 「いつき殿の曽祖父殿はどのような御仁でござった?」


 下衆な性根も自覚した。

 おそらくその性根が変わることはないだろう。ならば、その下衆な性根を利用するまでだ。

 少なくとも、昼食代分は正当な対価として話してもらう。


 「……曾爺ちゃんはコーカ暦1603年10月26日に霞浜に漂着した」


 「承知してござるよ。今から213年前のことでござる」


 「……驚いた。『コーカ暦』を知ってるの?」


 「大陸の暦でござろう。エバレット関連の書物には出てくる暦法でござる。それに我が家は祖父の代まで暦方の家系で、関連した蔵書も多く読んでござる」


 「……へぇ。暦方……」


 まだ爆弾は落とせない。



 ◇◆◆◆◇



 話は今より213年前に遡る。


 霞浜でも山側の土地。

 そこを生活の拠点としていた。

 住居棟と倉庫がある。どちらもエバレットたちが建てたものだ。

 また、大きな倉庫には分解したフィオ・リョーザ号の部品や持ち物などを保管していた。

 彼らが霞浜に漂着して、3週間が過ぎていた。


 「こうして見ると、エダの鉄槍って凄いね」


 とは「竜殺し」マシュウ・ボラン。

 皆の目の前には30本ほどの「連槍」エダの鉄槍が重ねて置かれている。

 この場にいるのは「千里眼」トバルと「双剣」ケルン、「泥神」ルカス・ベッカーの3名を除いた9人。


 時刻は夜の20時頃。

 朝が早い漁師たちはそろそろ寝る時間だ。


 エバレットたち12名は霞浜に漂着した後、霞浜村村長であり、竜刺し組組長の播磨広尾と共に、六海国主・六海雲仙に謁見した。

 エバレットの要求は六海国での永住権と戦奴として霞浜に仕えること。その際、海竜の魔核を20個贈り物としている。


 贈り物に喜んだ国主・六海雲仙はひと月に一度、登城することを条件に了承した。


 この時、エバレットは播磨広尾と事前の打ち合わせの上、烏丸衆との一件、魔術、魔道具、大陸の知識といった手札(カード)はほとんど晒していない。


 「本当に強い敵には通用しないけど、攻城戦なんかには効果的だな。これだけの重さの槍を連射出来る魔術師はそうはいないと思うぜ」


 高さ30m上空から重さ数十キロの鉄槍を高速射出すれば、それだけで相当な破壊力だ。確かにエダの言う通り、攻城戦には絶大な威力を発揮するだろう。


 「まぁ、カラスマみたいな本当に強い敵には役に立たないがね」


 エダが自虐的な笑いを浮かべる。

 一瞬にして沈黙が訪れる。

 皆も同じ思いなのだろう。


 「あれは特別だ」


 エバレットの場合、自虐だけではなく、別の感情も混じっているようだ。


 「じゃなきゃ、船長もやってられないか。で、船長はいつこの国を落とすつもりだい?」

 

 「黒天烈火」ギーシュが質問する。

 二つ名の由来は不明。

 一説には本人が付けたとの噂もある。理由はあまりにも意味不明な上に、妙に気取った響きの二つ名だからだ。


 「……まずは……六海国を落とす前に、周辺の国々がどういう配置になっているのか知りたい。地図が欲しいな」


 「千里眼」トバルがこの場にいない理由である。

 トバルは六海国主への謁見の際にも同行していない。優秀な斥候であるトバルは既に六海国を脱出し、他国に潜入している。

 そのことは烏丸宗吾の後任である烏丸円丈(えんじょう)にも当然露見しているが、特に興味もないのだろう。放任されている。


 「トバルの野郎、上手いことやりやがって。他所でよろしくやっているのかね」


 「「「「「はははは」」」」」


 一応、エバレットたちに大きな目標はあるが、特に強制はしていない。一行を抜けるのも、その者の責任においては自由だ。竜刺し組組長である播磨広尾との会談で決定したことだ。

 つまり、エバレット一行は全員奴隷ではあるが、連帯責任は負わないと。それを播磨広尾は了承した。


 これはエバレットのスキル『交渉』が上手く働いた結果だ――とエバレットたちは理解しているが、実はそうではない。

 播磨広尾はエバレットたちに大して興味がないのだ。


 播磨や漁民たちには、エバレットたちが考えている意味での「奴隷」という意識もない。役に立ってくれれば良いし、漁民たちに迷惑を掛けない範囲で好きに暮らしてくれて構わないと。「奴隷」と言っても、人手が足りない時の安い労働力程度にしか考えていないのだ。


 「しかし船長、下手に動けばカラスマ衆に咎められますよ。何しろ、俺たちは表向き霞浜の漁民の奴隷ですから」


 エルフ族の「片風魔」セト・ジャラベル。

 エルフ族自慢の長耳は片方が欠けている。


 「うむ。カラスマ・ソウゴは別の国に仕事で出向らしいが、代わりに来たカラスマ・エンジョウも化物だ。下手に衝突すれば俺たちは異国の地で一巻の終わりだ」


 「『双剣』ケルンが子ども扱いだったな……」


 現在、「双剣」ケルンはここにはいない。

 ケルンは円丈に両手をついて弟子入りを志願したのだ。

 「エンジョウ殿が霞浜にいる間だけでも良いから」と。

 ケルンに烏丸衆をスパイしようなどという策謀の意図はない。もちろん、エバレットもそんなことは頼んでいない。

 純粋にケルンは烏丸円丈の剣に惚れたのだ。

 円丈は霞浜にいる間だけ、という条件でケルンの申し出を承諾した。


 だが、重要なのはケルンが弟子入りしたことではない。

 彼らエバレット一行は多くの自由が認められている奴隷(・・)という奇妙な身分だが、内規的にも自由が認められているということ。

 ようは、「国に帰る」という目的の為に殉じるか否かは、個人の自由だということだ。

 いかにも冒険者らしい発想と言えるだろう。

 これは烏丸宗吾によって新天地で最初の洗礼を受けた後、最初に皆で確認したことである。

 帰れるかどうかも分からない異国の地で、せめて「生き方」だけは自由でいようと。


 「一体、この島はどうなってるんだ? カラスマ・ソウゴの言っていた化物クラスが20人以上って話、ハッタリの類じゃなさそうだぞ。何でそんな化物がゴロゴロいるんだ?」


 エルフ族の「雷撃」ロム・ドウ。

 ロムは自分たちが束になっても叶わない敵がゴロゴロいる事実が未だに理解できないでいる。

 雷系の魔術は、別名、最速の魔術と言われている。ホーミング性能もある為、発動した後に避けることは不可能だ。

 今、倉庫に集まっている中で、唯一、烏丸衆よりも速い技を持っている可能性が高いのが「雷撃」ロム・ドウだ。


 そのロムが烏丸衆を恐れる理由。

 それは「風斬り」ロンメルの『魔風斬り』が斬られた瞬間をはっきりと見たからだ。

 魔術が斬られた。

 水弾を斬る、石弾を斬るのはあり得る。だから、当然、風だって斬れるはずだ。だが、水弾も石弾も、斬ったからと言って水や石が消えるわけではない。


 ロムの目には、風が消えたように見えたのだ。

 ロンメルの『魔風斬り』が斬られた時、少なくともロンメルは「斬られた」というよりは、「消された」と直感した。

 ゆえに動けなかった。


 「双剣」ケルンはA級冒険者。S級の冒険者に比べれば剣の腕は劣るかも知れないが、仮にS級が相手であっても、子供相手にされることはない。

 ケルン自身、それ以上の差を感じたのだろう。でなければ、両手を付いて弟子入りなどという行動に出るわけがない。エバレットら魔術師には分からない、剣士だけがわかる部分もあるのだろう。


 「調べてみないことには分からんが、剣士を鍛える特殊なスキル体系があるんだろう。しかし、それにしたって、カラスマ・ソウゴの年齢は28歳だと言っていたし、カラスマ・エンジョウはさらに若い」


 エバレットたちが化物クラスと考える烏丸衆は一人や二人ではない。

 両手の数よりも多く存在する。

 それだけの数がまとまっていれば、それを習得する為の体系が存在すると考えるのはごく自然な成り行きだ。

 しかし、それだけでは説明出来ないことがある。


 「仮にそんなスキル体系があったとしても、体系を習得する前に剣士のピークが過ぎるのが普通だろ。北や中央、マレやウストにだって天才剣士はいるんだ。そいつらだって、遊んで技を身に付けたわけじゃない。副船長(リーガン・ロア)だってそうだったはずだ」


 少々熱くなっているのは「赤壁」ドン・バロウ。

 ドン・バロウは名前の通り、大バロウ帝国の前王朝、神聖バロウ帝国の血筋である。


 どんな分野にも天才はいるが、その数は一握り――どころか、10万人に一人、100万人に一人といったレベルの話だろう。

 しかし、世界は広い。

 数は少なくとも、天才はいるのだ。

 神和に天才が生まれるのと同様、他の大陸にも天才は生まれるのが道理だ。神和にだけ天才が生まれるはずがない。

 エバレットたちが知るリーガン・ロアも凡人では決して到達出来ない剣の天才であった。

 「剣帝」の二つ名は伊達ではないのだ。


 だが、そのリーガン・ロアは一瞬で烏丸宗吾に斬られ絶命した。


 どうしてそこまでの差があるのか。

 子供の頃から鍛えてどうにかなる差ではないように思えたのだ。


 つまり、仮に膨大な剣の技術体系があったとしても、それを身に付けるにはそれこそ膨大な時間が必要だと。

 にも関わらず、烏丸宗吾は28歳、烏丸円丈は25歳。

 子供の頃から剣を学んでいたとしても、20年やそこらで到達出来るレベルの剣ではないということ。

 エバレットたちが見た烏丸衆は宗吾と円丈の二人だけだが、若すぎるのだ。


 達人の剣ではない。

 純粋な強者の剣。

 それがエバレットの受けた率直な印象だ。


 「で、俺は結論した」


 「くふふふ。頭の悪い俺にも何となく分かってきたぜ。短期間に剣のスキルを習得する為の未知の『特殊スキル』があるってことだろ?」


 ドン・バロウがニヤリと笑う。

 スキルを習得する為のスキル。

 そのスキルがあれば、他のスキルが取得し易いと。そんなスキルがあるのなら、凶悪過ぎる。


 「それも可能性の一つ。だが、それだけじゃ足りない。カラスマ衆の数の説明が付かないんだ。そんな便利なスキルがあるのなら、取得条件も厳しいはずだ」


 「確かに。緩い取得条件なら、カミワ以外の大陸にも化物剣士がいても不思議じゃない」


 だが、実際にはいない。

 「剣帝」リーガン・ロアがその命で証明したし、つい数日前にも「双剣」ケルンが烏丸円丈に軽くあしらわれている。

 常識的に考えられないのだ。


 「――カラスマ衆とは、剣のスキルを継承する(・・・・)方法(・・)を編み出した連中だ」


 「「「「「継承する…方法?」」」」」


 他人にスキルを取得させるスキル、いわゆる『スキル譲渡』の可能性もゼロではないが、『スキル譲渡』はまだ発見されていない。

 また、『スキル譲渡』である場合、逆に烏丸衆の数が少なすぎる。

 無制限に譲渡出来るのなら、金で売買されるはずだし、もっと一般的なはずだ――というより、あっという間に世界征服が可能だ。強力な戦術系スキルを一軍に取得させれば、無敵の軍隊が出来上がる。


 烏丸衆は血が繋がっていないことから、血統継承系のスキルでもない。

 ならば、純粋に継承、伝承する方法があるはずだ。

 あくまで論理的に考えた上でのエバレットの結論である。


 「そうだ。そうじゃなきゃ、化物剣士を何人も量産出来るわけがない。トバルの報告では、カミワにはどういう訳か、マトモな魔術師がいないらしい。カミワにだって迷宮はあるんだぞ。あり得るか? 魔術師がいないのに、どうやって迷宮を管理するんだ?」


 「魔術師が……いないだと?」


 呆然としたのは「礫平原」モリア・ベージュ。


 「昨日届いた定期報告にそう書いてあった。正確には、魔術体系がない。魔術体系が存在しないから、魔術を学ぶ場もない」


 「魔術師がいないのは、霞浜だけじゃなかったのか……」


 「そうらしい。魔術自体はあるらしいんだが、トバルが言うには、仕事に便利な魔術やスキルが個別で伝承されているだけだそうだ」


 「それなら、魔術が使える俺たちは――っ!」


 無双出来る?

 だが、一瞬浮き足立った「連槍」エダであったが、すぐに沈黙する。


 「――使える俺たちがカラスマ衆には子ども扱いだな」


 「「「「「……」」」」」


 一同沈黙。

 烏丸宗吾にやられて3週間。

 何度目だろうか。

 烏丸衆が絡むと、全ての可能性が(つい)えるように感じるのは。



 「あ、そう言や今日、漁師たちと話していて驚いたことがあったんだよ」


 場を暗くした責任を取りたいのだろう。

 エダが少々大袈裟に話しを始めた。


 「ほう、それは?」


 「いや、ここの漁師たちってさ、何と、海竜を狩ってるんだよ」


 「それは凄いな。海竜を狩る漁師なんて、世界でここだけじゃないか?」


 エバレットたちならサイズを問わなければ、海竜を狩ることはそう難しいことではない。烏丸衆にやられて忘れそうになるが、A級以上の冒険者とは、本来、そういう存在なのだ。


 だが、漁師となれば話は別だ。

 確かに一般人と比べれば腕っ節は強いが、あくまでも一般人レベルでの話。普通、漁師は海竜を狩らない。もっと正確を期するなら、海竜を狩る力があるのなら、そもそも漁師などやらない。漁師などやらなくとも、もっと稼ぐ方法があるからだ。少なくとも、大陸においては。


 「まぁ、俺も狩ってるところを見たわけじゃないから何とも言えないんだけど、俺が驚いたのは、『竜を狩る時にはやっぱり神頼みはするのか?』って聞いたら、『海神様には祈るよ』だと」


 「『海神』って何だ?」


 「知らん。知らんが、まぁ、海の神様のことだろ。面白いのはここからだ。カミワでは、『八百万信仰』と言ってな、漁師たちが言うには、何にでも神が宿っているんだとよ」


 「アニミズムだな。エドラ正教が蔓延(はびこ)る前は俺たちの大陸もそうだった。人族はアニミズム信仰を原始信仰として蔑視した。エドラ正教こそ、唯一、先進的なものとしてな」


 五大国が隆盛してからはその傾向がさらに顕著であった。


 「その辺は俺としても一家言あるが、俺が言いたいのはそこじゃない。つまり、使えないかと思ってさ、その八百万信仰を」


 「「「「「?」」」」」


 「だから、山や海やお天道様だって神様なんだぜ。鍋釜にだって神様は宿ってるんだ。だったら、『船』にだって神様が宿っててもおかしくないだろ?」


 「そうか! 船を作る口実か!」


 エバレットが立ち上がって叫ぶ。

 エバレットの声に驚いたのか、近くの木に止まっていた鳥がギィギィと鳴いてどこかへ飛んで行った。

 そろそろ日付が変わる時刻である。


 少々拍子抜けの、張りのない日々も終わりを告げそうであった。

 元々、仲間の喪に服するなどという殊勝な感覚は薄い。

 彼らは剣士や魔術師であると同時に、冒険者でもあるのだ。

 本来、新しいことや、楽しいことが好きなのだ。


 だから、今、ここにいる。

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