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五国大乱 ― 【第五部】 不死魔王 堀田蓮左 ―  作者: 牧谷マサトシ
 第一章 耳長族編
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 第5話 「江田島いつき」

 現在、蓮左と奇妙な女の二人は、手配屋の建物があった同じ通り沿いの、そう遠くない場所にある定食屋にいた。

 時刻は11時を少し回ったところ。

 ランチタイムのピークはまだだが、店は開いており、気の早い客がぽつぽつ入っていた。


 「(一体、何杯食うつもりでござろうか……)」


 女は親の仇のように飯を腹に詰め込んでいる。

 すでに、おかわりは5杯目。

 女の言う通り、大盛りは無料だったが、当然、おかわりは不可。

 だが、品書きの中に「白飯 8文(約160円)」とあった。

 商機と見たのか、飯盛り女が「12文でおかわり自由だよ」と女に注進した為、以上の仕儀となった。

 すなわち、12文(約240円)のライスを追加注文し、狂ったように空のどんぶりを重ねているという状況である。


 煮魚定食(刺身の小鉢付き)50文に、追加ライス12文。日本円で約1240円也。

 12歳の蓮左が他人におごる食事代としては、結構な値段である。


 蓮左としても、目の前で繰り広げられる、遠慮無しの女の食いっぷりに見落としそうになったが、最初から追加ライスは想定内だった可能性が高い。飯の減り具合に比べ、おかずの減りが明らかに遅かったからだ。

 

 「(手馴れてござる……)」


 結局、女は空の丼を6杯重ねてごちぞうさま。


 「(しかし、7ヶ月も旅をして辿り着いた霞浜で、何ゆえ今更追い剥ぎに合わねばならぬのか。長い旅の間、このようなことは一度たりとも無かったというのに)」


 やっと聞きだした女の名は江田島いつき。18歳。

 おそらくはエバレットゆかりの人物。ただし、蓮左としてはもうどうでも良くなっていた。


 蓮左が仕方なくにしろ、いつきに食事をおごる羽目になったのは、偶然からであった。

 蓮左が何とかこの奇妙な女を振り切ろうと、手配屋内で孤軍奮闘していたところ、たまたま仕事を探していた男がいつきの肩にぶつかった。男はすぐに謝り、特に問題は起きなかったのだが、ぶつかった拍子に女の被っていた三角帽が落ちた。

 女はすぐに帽子を被り直し、平静を装ったが、蓮左はしっかりと確認した。


 女の耳の形が、人族のものとは違っていたのだ。


 蓮左は耳長族を「絵」ではあるが、見たことがあった。

 それは母ゆきが持っていた、イェツ・エバレットのことを書いた絵草子である。その中の挿絵にエバレットの肖像があったのだ。

 もちろん、女の耳がエバレットの挿絵ほど長いわけではない。

 だが、エバレット一行が漂着したのは約200年前。「数世代の混血を重ねたなら?」と考えれば、妥当な長さのように思われたのだ。


 つまり、女はエバレットゆかりの人物である可能性があると。


 「……うっぷ」


 「いくら何でも、食い過ぎでござろう」


 「……何で突然、お姉さん(・・・・)におごる気になった?」


 「耳の形が人族のものとは違っていたからでござる」


 別に隠し立てする意味も無い。

 思った通りのことを蓮左は答えた。


 「……そう。私はこの耳が嫌い」


 「何ゆえでござる? 別に悪くはないと思うでござるが。特に聴覚に問題があるわけでもありますまい」


 それを理由に、飯をおごって貰うこともある。


 「……聴覚て。くすくす」


 イラッ


 蓮左はどうして「聴覚」で笑われるのか分からない。

 

 「……おごってくれたお礼に、『連』を組んでやっても良い」

 

 何故か上から目線のいつき。

 『連』が何かは分からないが、大方、仲間か相方の類だろうと察しをつけた。


 「『連』とは?」


 「……仕事を請ける際の仲間。6人以上だと『組』になる」


 特にひねりもない。

 蓮左の予想通りである。

 かと言って、蓮左に徒党を組む趣味は無い。


 「なるほど。『連』や『組』なら、気心も知れているし、海竜の討伐なども可能ということでござるか」


 「……くすくす、海竜て」


 イラッ イラッ


 「べ、別に私が狩ろうというわけではござらん! 私は元々、『船遷宮』の仕事を請けるつもりでござる。せっかくのお誘いでござるが、『連』の申し出は受けられませぬ」


 「……『船遷宮』は一級。子供には無理」


 イラッ イラッ イラッ


 「(もう、我慢出来ぬ! 俺が子供だと舐めておる!)」


 幸い、いきなり体格が同じ程度の婦女子に殴りかかるほど蓮左の心は荒んでいない。

 魔術師には魔術師のやり方がある。

 節穴のような目をした女一人程度、懲らしめる手段などいくらでもある。

 

 蓮左の前の器には、刺身定食のツマがいくらか残っていた。

 それを食べる振りして、醤油を小皿にタラリ。

 次に、視線を入り口に向け、「ん?」と一言、いつきの注意を逸らす。特に店の入り口何があるわけでもない。

 単なる視線誘導。

 そして一瞬、いつきの注意が逸れたのと同時――


 「おや、いつきさん。そなたの器には、まだ刺身が一切れ残ってござるよ」


 いつきが自分の皿に目を移した瞬間――


 「ぎゃああああ!!!」


 カサカサと黒光りする大きなアレが、長い触覚をユラユラと動かし、いつきを威嚇する。

 入り口の「光源」まで計算した羽部分のテカり具合は見事の一言。黒とも茶色とも言えない、微妙な光沢がまた本物らしさを醸している。

 もちろん、蓮左の造形魔術である。


 「叫び声は普通でござるな。はははは」


 江田島いつきは泣きながら店を飛び出して行った。

 少々、腹が重そうではあったが。

 いつきとは逆に、蓮左の胸はすぅ~っと軽くなる。

 ただし、どうやらはしゃぎすぎた模様。他の客や飯盛りの女たちが、何事かと蓮左の様子を伺っている。


 「いや、大したことはござらん。内々のことでござる。煮魚定食、大変美味しく頂きました。お勘定を」


 「大丈夫かい? 彼女、泣いてたみたいだけど。お代は112文(約2240円)だ」



 蓮左が店を出ると、ちょうど太陽が南中になろうとしていた。

 昼飯時とあって、元々多かった人通りが更に多くなって来た。


 「(そう言えば、手配屋の登録がまだでござったな……)」


 だが、そんな気分でも無くなっていた。


 「(貼り出し板には、継続募集とあったな。今日明日で埋まる定員でもあるまい。登録は明日にして、今日のところは『船神社』を覗いてみるか)」


 『船遷宮』とはどのようなものなのか。およその想像はつくが、仕事を請ける前に実際を現場を下見をするのも悪くない。

 蓮左は腹ごなしも兼ねて、船神社のある地区に向かった。

 


 ◇◆◆◆◇


 

 「(太陽が高い時間帯だと言うのに、参拝客も意外にいるでござるな)」


 船神社は村の中心から30分ほど歩いた小山の上にあった。

 蓮左が由島で見慣れた『神鳴神社』と似ていた――というより、神社は大体どこも同じである。小高い丘に作られることが多い。神聖な場所と山は親和性が高いのだ。


 木々が茂った中の静かな階段を上ると、鳥居があり、頂上には石畳の境内があった。

 社殿がいくつかあり、その中の一つが本殿である。

 

 社殿の数や祀ってあるものが違うだけで、基本的には神社の作りはどこも同じだが、神社一番のメイン、本殿が他の神社とは一線を画す。

 

 神和に神社は数あれど、船がそのまま本殿として鎮座しているのは、ここ霞浜の『漁座(リョーザ)神社』、通称「船神社」をおいて他にはないだろう。

 船神社の本殿は、三本マストの巨大な外洋船そのものである。

 ゆえに、船神社。


 「(……噂には聞いておったが、これはまた、何と申したら良いのか……、凄まじいな)」


 初めて外洋船を見た感想である。

 

 小山の頂上にそびえる外洋船というのは一見シュールな印象もあるが、船の周りに張られた恐ろしく太い大綱を見れば、神聖なものだということはすぐに理解できた。

 近付いて見上げると、その威容が蓮左の胸に迫ってくる。

 

 30年毎に遷宮という名の復元を何度も繰り返しているフィオ・リョーザ号。

 全長は50m近い。

 甲板までの高さは喫水部分も入れて10m近くはあるだろう。

 これだけの大きさになると、船を固定しておく台座も相当な規模である。


 「重さは400……いや、500t近いか……」

 

 竜引湾で見た海竜狩りの船がおもちゃのように思えた。

 と同時に、蓮左は思わず荒れた「大凪原」の過酷さを想像してしまった。


 つまり、これだけ巨大である必要があるのだと。

 蓮左はごくりと唾を飲み込む。


 「……」

 

 そして、何やら羞恥の感情まで湧いてきてしまった。

 自分は一体、何を考えていたのだろうかと。

 とんだ思い違いをしていたのではないかと。


 かつて、十三年蝉と十七年蝉の羽化の周期から、大凪原が221年に一度荒れることを突き止めた。

 次に海が荒れる時には、自分を試す為、大陸に渡ると誓った。

 さらに、大陸に渡る前に神和一の魔術師になるとも。


 「(馬鹿な……)」


 フィオ・リョーザ号が霞浜に漂着した時、竜骨は折れ、船は二度と航行が不可能なほど破損していたという。

 

 船神社は六海藩においては神聖なものであり、今尚、人々の信仰を集める象徴だ。しかし、元々はイェツ・エバレットを始め、漂着した乗組員たちがいつか故郷に帰るために作ったものであろう。そんなことは周知の事実だ。殊更指摘するほどのことでもない。


 では、なぜここに船があるのか。


 故郷に帰れなかったからだ。

 彼らは巨大な外洋船を作る技術がありながら、結局のところ、故郷には帰れなかったのだ。

 当然だ。

 大陸への航路が出現するのは、221年に一度なのだから。


 彼らにとって大時化(しけ)の周期など、知る由もなかったはずだ。彼らは何の根拠もなく、闇雲に海に漕ぎ出す馬鹿ではなかった。


 蓮左が知るフィオ・リョーザ号の乗組員は22名。途中、海の藻屑と消えた乗組員は10名。命からがら生き残り、霞浜に漂着したのが聖人とされる12名。


 生き残った12聖人は村人たちに魔術を伝え、大陸の進んだ文化を伝えた。更には、当時の六海国に経済的自治を認めさせるほどの力まであった。

 お陰で、霞浜村は神和でも有数の豊かな村である。

 彼らが200年経った今でも信仰の対象となるのは、むしろ必然だろう。


 「(そんな彼らですら、22名いた乗組員のほぼ半数を失い、船が沈没するギリギリのところで、何とか霞浜に辿り着いた……)」


 それが現実。

 それほど堅固な壁を蓮左一人でどうしようというのか。

 仮に、蓮左の望み通り神和一の魔術師になったとして、それでどうやって大陸に渡るというのか。聖人と称えられるほどの魔術師が半数も命を落とす海域を、一体、どうやって攻略するのか。

 

 神和一の魔術師になることが大陸に渡る条件などと、どうして勘違いしたのか。


 気付くと蓮左は圧倒されたように、一歩、また一歩と後ずさりしていた。

 背中が何かにぶつかり、振り向くと70歳くらいの男が立っていた。蓮左と同じように、船を見上げている。


 「し、失礼いたしました」


 「いや、ワシが近付きすぎたのが原因よ。坊主があまり熱心に見ておるので嬉しくてな。これは前回の遷宮の時に、ワシが棟梁をして作った船じゃ。なかなかの出来栄えだろう?」


 「何と! 先代棟梁でございましたか。いや、まこと、船の威容に圧倒されていた次第でございますよ」


 事実である。

 蓮左の真意が老人に正しく伝わったか否かはともかく、船を見て、矮小な自身を自覚したのは事実であった。


 少年から青年へと移り変わる思春期は、楽しいばかりではない。希望に胸を膨らませ、無限の可能性を過信するのと同じく、日々、自身の矮小さを否応無しに自覚させられる期間でもある。蓮左の場合、同年代の子に比べ、身体以外(・・・・)の成長が早かった為、今までそういった経験が少なかったに過ぎない。


 「初めて見たのならそうかも知れんな。それはそれで、棟梁としては誇らしいことよ」


 「これだけの仕事、並大抵の船大工に出来るものではありますまい。棟梁の確たる腕があってのことと存じます」


 決してお世辞ではない。

 覚悟と献身と、経験に裏打ちされた確固たる技術と職人性。皆を束ねるリーダーシップに、アクシデントに対応出来る柔軟性。

 それらを存分に発揮させた結果が、目の前の威容なのだろう。


 「……ワシも歳じゃ。肢が萎えんように、毎日階段を上ってここに来とるが、ワシはいつも思うのよ」


 「何をでござるか?」


 「天子様たちは、どうしてこんな小山の上に船を作ったんじゃろうかと。大きな船屋ドックを作るなり、湾から引き込みの水路を作るなりして、海に浮かべてみれば良かったろうにと」


 「……」


 調べれは判明する事情もあるだろうが、現時点では蓮左には知る由もない。

 六海国との契約だったのか、単に、見慣れたものを本殿の意匠に選んだだけかも知れない。そもそも神社を作る場所としては悪くない場所だ。本殿が船だから奇妙な想像を掻き立てられているだけかも知れない。


 「この船は哀しいのよ」


 「?」


 「船には必要不可欠なものが、この『漁座号』にはないんじゃ」


 「私に船の知識はございませんが、海に持っていけば、そのまま浮かびそうでございますが」


 「浮かぶだけよ」


 「他に一体何が足りないのでしょうか?」


 「はっはははは。簡単な話よ。この船には水夫がおらん」


 「水、夫ですか……」


 外洋船を作る技術がありながら、神和国の者は外洋に出ることが出来ない。

 西は大凪原、東は竜落としに囲まれているからだ。

 「竜落とし」とは、突発的に――否、断続的に発生する、海に叩きつける巨大な空気の塊のことである。飛竜はおろか、古代竜さえ、海に叩き落とすという。海に落ちた竜は、海竜の餌食となるのみである。巨大な体躯を、海面から飛び立たせるのは難しいからだ。

 また、天候が荒れることも多く、落雷も多い海域となっている。


 大凪原と竜落としは、神和を守る壁であると同時に、内に閉じ込める(かご)でもあった。


 外洋に出るためには船だけでは足りない。それを操舵する水夫が必要なのだ。それは船大工の技術と同じく、経験に裏打ちされたものでなくてはならない。神和国には過酷な外洋航海の経験を積む場がない。


 「ワシもかつては己が腕だけが自慢の船大工じゃったが、昔取った杵柄もとうに腐って、今やただの耄碌(もうろく)ジジイよ。それでも、長い航海に必要なものくらいは想像できる」


 「……」


 「未知の航海に船出するには、野心を持った多くの若者の献身が必要じゃろう。それなくば、どれだけ船大工が持てる技の粋を尽くそうと、出来た船はただ浮かぶだけの張りボテよ」


 「では、天子様たちは必要な数の水夫を調達できず、故郷に帰れなかったと?」


 「さぁ、それは分からん。ただ、こんな丘の上に船を作ったということは、天子様たちも帰郷は諦めておったんじゃないかの」


 あり得ることであった。

 老人の言葉は全て想像の域を出ないが、少なくとも、蓮左が聞いている分には真に迫っていた。

 エバレットたちも、まさか後代に渡って祀って欲しくて、山の上に船を作ったわけではないだろう。当然、何か理由があるのだ。

 その理由は、夢や野心の類とは限らない。諦めや悔悟の可能性だってあるはずだ。


 「だからこの船は哀しいのよ」

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