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五国大乱 ― 【第五部】 不死魔王 堀田蓮左 ―  作者: 牧谷マサトシ
 第一章 耳長族編
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 第4話 「船遷宮」

 蓮左が小岩原家の居候として生活を始めて、一週間が過ぎた。

 当初、すぐにでも仕事を探す予定だったのだが、「旅の疲れを取る為」などと自分に言い訳しながら、今日も今日とて、ブラブラと霞浜村を探索している。


 「(見るもの聞くもの面白すぎて、働いてる場合ではござらん。せめて、道中に稼いだ懐の金子(きんす)が寂しくなるまでは……)」


 別に、「拙者、働きたくないでござる!」などと駄々をこねているわけではないし、ただ暇を潰してダラダラすごしているわけではない。魔術の訓練は続けているし、今も、何か興味を惹くものがないかと、目的あっての探索である。

 よって、一々言い訳など不要なのだが、本人的には、居心地の良い状況ではないらしい。ブラブラしていれば、同年代の子供が親方の仕事を手伝ったり、見よう見真似で打ち込んだりしている姿が嫌でも目に入ってくる。


 どうしても比べてしまうのだろうか。

 蓮左の年齢は12歳。まだ子供である。本来、そこまで金や働くことに対してシビアになる必要はないのだが、彼には彼の考え方があるようだ。弥四郎からは小遣いの打診もあったのだが、それも断っている。


 若さゆえの、「野心は一人で叶えるもの」という狭い発想なのだろう。独立心とも言えるし、意固地とも言える。周りに助けられて叶えた野心も、たった一人で叶えた野心も、野心は野心。価値は同じである。


 そんな蓮左がここ二日ほど、気になって仕方がない建物がある。門も立派で、


 『手配屋 霞浜(竜刺し組)』


 と大きく看板が出ている。

 手配屋とは、いわゆる口入屋。人材派遣業のことである。たかが一村落にも関わらず、霞浜村には、それだけの仕事があり、人がいる、ということだ。


 「(竜刺し組)」の文字が入っているということは、竜刺し組が管理、運営しているということ。六海藩の城下町には同業組織もあるが、ここ霞浜村においては、竜刺し組の独占状態であった。


 竜刺し組は霞浜村――に限らず、六海藩ではかなり大きな組織であり、竜刺し組が斡旋する仕事も、海竜狩りや港湾関係の仕事に限らない。一次産業、二次産業、三次産業と、実に多岐にわたる。


 大看板の下の小さな看板には、


『歓迎! 新規会員登録』

『今なら登録料無料!』

『研修制度あり! 担当手配師が丁寧指導』


 とある。

 そして、蓮左が一番興味を惹かれた文言は、


 『15歳以下、60歳以上の会員は租税免除』


 つまり、上記条件に当てはまらない者には納税義務が生ずるということ。


 「(日雇い人夫の日当にも税が課せられるのか……。これは手配屋の中抜きと考えれば良いのでござろうか?)」


 初めて蓮左がこの文言を見た時の感想は、「そこまでぶっちゃけるのか?」というものであった。

 由島の城下町にも「口入屋」はあったが、ここまで開けっぴろげではなかったように思われた。もっとも、蓮左は口入屋を利用したことはなく、通り一遍の知識でしかないが。ただ、そもそも口入屋の利用者自体が少なかったように記憶している。

 「研修制度」が何なのか、蓮左には詳しい部分は分からないが、技術や就業規則を学ばせる制度があるのだろう。


 「(少なくとも、由島の口入屋はこのように行列を作るような場所ではござらんかった)」


 橋の架け替えや河川の護岸工事、道路補修などのいわゆる公共事業については、朝の速い時間、口入屋も忙しく回っていたが、今は午前10時を過ぎている。

 仲介者が中抜きを堂々と宣言しているのに、どうしてこうも就業希望者が溢れているのか。とにかく、手配屋は異様な活気に満ちていた。

 人がひっきりなしに建物に出たり入ったりしている。


 蓮左が出入りしている者から、手配屋の簡単な仕組みを聞いたところ、それは蓮左の余計な心配、取り越し苦労の類だと判明した。


 中抜き宣言ではなく、本当に税だったからだ。


 「霞浜村では日雇い人夫にも税を課すらしい……」


 なるほど、村に入った瞬間から道路は綺麗だし、建物は立派。公共の施設も利用者が多いとはいえ、他村どころか、他藩でもあり得ないほど機能的に運営されている。

 充実した社会保障、インフラ整備の賜物だろう。金はどこからか湧いてくるわけではないので、その財源が就業者への課税というわけだ。

 村の「分」を完全に逸脱した活気があった。



 「(俺と同じ年代の子も出入りしているようだし、問題はなかろう)」


 今日はもともと手配屋の門をくぐるつもりであった。気に入らなければ、無料の登録だけして、依頼を受けなければ良いのだ。蓮左は大胆ではあるが、無謀ではない。それなりに事前調査をし、問題なしと判断した上で行動する性質である。


 「すまぬが――


 「会員登録なら三番窓口、仕事の発注なら二番、受注なら一番でございます。受注はそこの貼り出し板より受注手続き用の番号札を一番窓口にお持ちください。それ以外の要望や苦情、依頼の相談などについては二階窓口にお願いします。」

 

 にこりと笑った女の前には、「総合案内」とある。

 

 「他にご質問はございますか?」


 おまけに良く見ると、女性の隣には、建物の図面まである。

 まさに、至れり尽くせり。


 「……かしこまってござる」


 いきなり出鼻を挫かれたような形だが、蓮左の内心は全く逆。蓮左は即座に手配屋の仕組みを理解した上で、大いに感心していた。


 案内女性の容姿は美しく、その上、対応が速い。懇切丁寧とは言えないが、雑、あるいは不親切と感じないギリギリのラインである。それだけ処理する仕事量が多いのだろう。現に、蓮左の後ろにも手配屋に用事のある者たちがズラリと並んでいる。


 しかも、勝手知ったる者たちは目的の窓口に直行するので、蓮左たちが並んでいるのは、手配屋に不案内な者に限られる。それでもこの行列であった。

 

 蓮左は建物の図面を見ながら、耳を『強化』し、それとはなしに観察する。そして衝撃を受ける。


 「私は網元の差配を受けて、網の補修を――


 「仕事の依頼でしたら二番窓口、依頼の細かい要望、相談は二階の窓口にて改めて案内をお受けください」


 「(!!)」


 案内女性の「早見え」に蓮左は驚いた。さらには、女性の案内に満足した男が言われた通り、二階に上がる階段を昇っていったことにも。


 言っている意味は分かる。依頼者の男は必要十分な条件を出している。そこから類推すれば、答えは己ずと導き出されるだろう。

 男は年の頃は50過ぎ。「網元」、「網の補修」というキーワードから漁師ではないが、漁業関係者だと分かる。網元は多くの網を保有しており、そのメンテナンスも重要な仕事となる。だが、網の数や網を多く入れるシーズンには、当然、網の傷みも早い。結果、網の補修作業が追いつかなくなる時があるのだ。

 そういった時に臨時で人を雇うのだ。


 「(確かに慣れや日々の経験によって説明できる。だが――)」


 蓮左が衝撃を受けたのは、蓮左の時と対応が違ったからだ。言葉を途中でさえぎったのは同じだが、蓮左と先の男では言った内容も対応結果も違う。つまり、案内女性は明確な理由があって、対応を変えたわけだ。


 「(しかし、あんな一瞬で……。一体、どういった魔術でござろうか……)」


 女性が、一瞬ではあるが、わずかに魔力を放出したことを蓮左は確認したのだ。

 スキル名はそのまま『早見え』。


 『早見え』は『解析』に近いスキルで、「分析」の正確性においては『解析』の下位互換だが、その速度は同レベルの『解析』よりも速い。蓮左をして、一瞬だと思えるほどに。

 蓮左にとってはスキル名はおろか、スキルの存在すら知らぬことだが、魔力異常を感じた以上、魔力が関与した特殊技能の一種だと予想はついている。蓮左にとって、スキルとは特殊技能であり、「特殊魔術」である。


 そのまま会員登録をする為に一番奥の三番窓口に行っても良いのだが、すぐ目の前に依頼書が貼り出されている。

 登録自体、急ぐ類のものではない。

 どんな仕事があるのか、ザッと目を通しておくのも悪くはないように思えた。


 「(……網の補修や、地引網の手伝いが多いな。堤防や桟橋の補修もある……。――ッ!? 日当銀8枚ッ!?」


 銀8枚とは、一分銀8枚のこと。日本円換算で約8000円になる。通常、日雇い仕事の場合の拘束時間は朝7時から午後3時まで。中休憩30分と昼休憩一時間が入るので、実質拘束時間は6時間半になる。


 「(信じられぬ。どれだけ過酷な仕事なのか……)」


 霞浜村以外で、この手の日雇い仕事の日当額は銀5枚が相場である。つまり、日当5000円。

 それでも、現金収入が限られる者たちにとっては十分な金額である。貧しい藩や、都市部を除けば、日当銀2枚や3枚といった土地さえあるのだから。


 蓮左が周囲を見渡すと、仕事を探す者たちが、依頼票の下にある小さなケースに入った番号札をどんどん抜いていく。10人募集の依頼なら、番号札は10枚入っている、という仕組みだ。


 彼らの表情は総じて明るい。

 もちろん、ニコニコしながら仕事を探している者はいないが、気が重いのを我慢して、嫌々探しているような者はいない。

 漏れ聞こえてくる会話にも、「楽な仕事が良い」という至極真っ当な本音は伝わってくるものの、「これは嫌、あれは嫌」といったネガティブな印象は受けない。

 彼らからは「過酷な仕事」、という空気が伝わってこないのだ。

 

 土地柄、仲仕(なかせ)(港湾関係の仕事)や、漁師の手伝い、他にも霞浜ならではの魔術関連の仕事などもあるにはあるが、基本的にはどこにでもある仕事が主である。


 蓮左は定食屋の値段を思い出す。

 外食一食の値段が日当のおよそ1/10である。比較的安定していると言えるだろう。高いと思った外食の値段は、日当換算で妥当な金額だったのだ。


 「(つまり、物価が高い……、ほぅ、これはこれは)」


 つらつらと依頼票をチェックしていた蓮左だが、三枚目の貼り出し板に貼られている依頼票の内容が、それまでと明らかに違うことに気付く。

 一枚目二枚目の貼り出し板に貼られていた依頼票。その右上に印字されている「○級」という文字。

 六級だったり、五級だったり。

 しかし、三枚目の貼り出し板にある依頼票には二級、あるいは一級。中には「特級」と印字されているものまである。

 当然、依頼の難易度を示すものだろう。


 そもそも、依頼票を見ている者たちの雰囲気が違う。

 一枚目と二枚目の板に大量に貼り出されていた仕事は、熟練技能が不要な、いわゆる日雇い仕事が多かった。

 一方、三枚目に貼られているのは、魔道具関連、回復魔術関連、薬草採取関連、漁船の魔術補助などなど。海竜や海獣の討伐関連もある。

 材木運搬の依頼など、仕事の内容自体は簡単そうだが、日当額が銀ではなく、「両」単位だ。右上の印字は二級。当然、普通の仕事なわけがない。


 「(くふふ。さすがは霞浜村。魔術が普通に罷り通ってござる)」


 

 『式年船遷宮 継続募集 一級』


 「これは面白そうでござるな」


 思わず言葉に出てしまった。

 太文字の後には、『経験者、形態操作系魔術師は特に優遇』とある。


 「船遷宮」とは、巨大な船を(かたど)った「船神社」を式年(30年)ごとに、技術継承を目的に作り直す神事のことである。

 別名、「漁座(リョーザ)神社」。

 漁座神社の「漁座」とは、イェツ・エバレットが村に漂着した時に乗っていた船、フィオ・リョーザ号に由来する。


 「船を象った」と言っても、小高い山の神社の境内に作られることを除けば、三本マストの外洋船そのものである。そのまま海に浮かべれば、遠洋航海すら可能だと言われている。天子様、すなわちイェツ・エバレットを祀った神社である。


 当然、蓮左も「船神社」について、知識としては知っていた。

 その仕事に携われる。

 「一級」である以上、賃金も高い。

 依頼票には、『最低保証日当:一貨銀2枚~』とある。

 一貨銀は一分銀10枚に相当。一貨銀2枚は日本円で約20000円になる。

 二万円が最低賃金なら、悪くない仕事だ。

 雇ってもらえるかどうかは不明だが。恐らく求められる技術レベルも相当だろう。


 「(形態操作系魔術とは、土や金属、木材を魔術で加工しようということでござろうか。先日の『紅磯鯛』を見る小岩原家の面々を思い出す限り、俺の形態変化は通用しそうだが……)」


 蓮左のさしあたっての希望は、宴席で弥四郎に宣言した通り、魔術を学ぶことと、イェツ・エバレットの足跡を辿ることである。イェツ・エバレットを祀った神社を作り直す神事など、仕事としては、まさに、打って付けの依頼である。



 「……それ、死人が出てる。坊やの歳じゃ危険」


 ふと隣を見ると、同じくらいの背丈の女が、ハイライトのない、節穴のような目で蓮左を見ている。

 先ほどから気になってはいたが、特に話しかけてくるわけでもない為、無視していたのだ。


 「?」


 それがやっと話しかけてきたかと思えば、死人? 式年船遷宮に関する仕事は神事であり、基本的には大工仕事のはずだ。どうして死人が出るのか。高所での作業はあるだろうが、一応、それなりの人材を集めているはずだ。


 「……私の歳は18。次に小さいなどと口走ったら、殺す」


 そんなことを蓮左は口走ってはいない。

 12歳だが、当たり前の分別くらいはある。被害妄想をこじらせて、防御反応が反射レベルになっているのだろうか。それとも、単純に蓮左に喧嘩を売っているのだろうか。


 「そんなことを言った覚えはありません。とりあえず誤解です。しかし、『船遷宮』がそれほど危険な仕事だとは知りませんでした」


 「……『船遷宮』……」


 女の目が泳ぐ。


 蓮左が見ていたのは「船遷宮」の依頼票だが、その上に貼られている『11本足の討伐』についての忠告らしい。

 節穴のような目は、本当に節穴だったらしい。


 「……『船遷宮』()危険らしいという噂を、昔、人伝てに聞いた友達がいたような気がする」


 多言は無言。何を言っているのか蓮左にはさっぱり意味が分からない。


 「……左様でございますか。いろいろとありがとうございました」


 気味が悪いので、蓮左は女に一礼すると、「式年船遷宮」の番号札を一枚抜いて、会員登録をする為、三番窓口に向かう。


 「?」


 今度は女の頭に疑問符が浮かんだ。


 「坊や、依頼を受ける時は一番窓口。それに、それは一級依頼」


 依頼は六級から一級、その上の特級まで難易度ごとに7つに区分されている。

 蓮左は依頼に区分があることには気付いていたが、興味の無い依頼を受ける意味もないので、興味がある依頼を受けようと、番号札を抜いたまでのこと。


 「まずは会員登録をしませんと」


 「……会員ですらない子供が、一級依頼とはさすがに無謀」


 「ええ、登録した後に受けようと思います。ご忠告ありがとうございました」


 「……坊やには年長者の助けが必要」


 何とか振り切ろうとするも、女はしつこく食い下がる。

 それに、先ほどから坊や坊やと蓮左を見下した態度である。蓮左はそれほど気にしてはいないが、気味が悪いのは事実であった。


 「……はぁ。一応、お気持ちだけお受けします」


 「……私の気持ちを受けた。私の気持ちは安くない。特別に昼食一食で手を打つ」


 12歳の子供に因縁をつけ、タカりを仕掛ける18歳(自称)の小さな女。

 しかも、ここは竜刺し組が運営する手配屋。その建物内で子供相手のゆすりタカりが罷り通るほど霞浜村の治安は悪くないはずだ。

 さらに付け加えるなら、蓮左の祖父、小岩原弥四郎はその竜刺し組の株持ちである。蓮左が株持ちで、分限者の孫だと知られれば、女が所払い(追放刑)になる程度の可能性は十分に考えられる。


 良く見ると女の着物は薄汚れていて、奇妙な形の黒い帽子を被っている。古い大陸の魔術師が被る、いわゆる三角帽だが、蓮左に知る由はない。

 しかもその下は着物とあっては、似合っていないのを通り越して、それこそ大道芸か見世物の類かと思われるほどだ。

 しばらく食べていないのか、血色も悪い。

 

 「(乞食でござろうか。それにしては、随分と偉そうな態度でござるな)」


 かと言って、女に同情の余地があるとも思えなかった。

 蓮左としては、ただただ迷惑千万である。


 「(霞浜にもこんな頭のおかしい人がいるのか……不憫な……)」


 「……少し行ったところに、飯大盛り無料の定食屋がある」


 だから何だと言うのだ。

 蓮左は大声で叫びたい気分である。

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