第14話 「災厄の王」
いろいろ忙しくてすんません。
エタってるわけじゃなくて、物理的に時間が……。
短いですが、投下しておきます。
原初の時代、陸、海、空、それぞれ支配する王がいた。
陸を支配したのは「陸王」ベヒモス。
海を支配したのは「海王」リヴァイアサン。
空を支配したのは「空王」ドラゴン。
巨人族、竜人族、獣人族は、彼らを「災厄の王」と呼び、激しく抵抗した。
戦いは熾烈を極めたが、やがて巨人族が「陸王」ベヒモスを追い払い、竜人族が「空王」ドラゴンを追い払った。
だが、獣人族だけがリヴァイアサンを追い払えなかった。
獣人族の長は助けを求め、竜人族に縋った。
その様子を見た巨人族の長は大笑いし、竜人族の長に至っては呆れ果てるばかりであった。
「何が獣王種か」と。
獣人族はかつて、愚かにも自らを「獣王種」と呼んでいたのだ。
「獣人族の伝承」より
◇◆◆◆◇
遊んでいるのだろうか、「11本足」が長く巨大な足で、海面をバシャン、バシャンと叩いている。
一本一本の足が楠王の巨木よりも太いのだ。
その威力は推して知るべし。
「竜刺し組」が乗る平船などひとたまりもないだろう。
「11本足」が海面を叩くたびに、小波が起きている。
「か、母ちゃん、あれがリヴァイアサンって怪物か?」
「そうだよ。あれがあんたの父ちゃんを殺した海の悪魔、災厄の王さ」
毛長族犬種の母子。
息子の方は16歳、成人したばかりといったところか。
なかなかの居丈夫である。
二人は番屋(漁に使う道具の保管や「素潜り漁」をする者たちが身体を温める小屋のこと)を見下ろす高台にいる。
もちろん、犬種の親子二人だけではない。
多くの村人たちが「11本足」の危険が及ばない距離を保ちつつ、湾の様子を伺っている。
「11本足」が竜引湾に現れたのは、16年振りである。
当時の様子を覚えている者は多いし、先ほどの犬種母子の父親もその時命を落としたのだろう。
番屋の周囲にはかがり火が焚かれ、火の粉を舞い上がらせていた。
「竜刺し組」の者たちは総出で、征竜刀を持ち、「11本足」の襲撃に備えている。
興奮と緊張からか、かがり火の近くにいるとは言え、春まだ遠い季節であろうに、半裸の上半身には薄っすらと汗すら浮いていた。
彼らの身体から立ち上る湯気が、一層勇ましい雰囲気を醸しているのだが、同時にどこか滑稽さも感じさせた。
実際に「11本足」が攻撃してくれば、ひとたまりもないだろうからだ。
「11本足」の恐ろしいところは、その巨大さもさることながら、頭が良い点にある。
しかも、彼らは海を住処としつつも、数時間程度なら陸上でも活動出来るのだ。
肺呼吸も出来るので、肌が乾燥しにくい海岸沿い、気温の低い今の季節なら――
「はぁ、はぁ、間に合ったでござるか!?」
――ズゥウウン
蓮左が駆けつけた時、先ほどまで海面を叩いていた「11本足」が、40mはあろうかという巨大な身体をゴウッと跳ね上げた。
浜に押し寄せる巨大な波。
陽は落ちているのに、その姿がくっきりと浮かび上がる。
体表面が発光しているのだ。
もっともホタルイカのような風情のある青白い光ではなく、赤黒い、見る者に恐怖以外の感情を想起させない色であったが。
海面を叩いていた足が、今度は岸壁に喰らいついた。
そこから次々に50m以上ある長い足が岸壁に張り付いていく。
「なっ、何という……」
あまりの迫力に、蓮左の感情は言葉にならない。
次の瞬間には、野次馬の多くが逃げ出していた。
彼らと「11本足」の間にはかなりの距離があったが、下手をすれば命に関わると、本能が判断したのだろう。
懸命な判断と言える。
40~50cmのイカでも、相当な力があるのだ。腕や足に巻きつかれたら、はがすのにも一苦労である。
ましてや、相手は全長100mを超す「災厄の王」。
逃げない方がおかしいのだ。
蓮左がふと周りを見回すと、先ほどまで湾を見下ろしていた大勢の村人たちは、そのほとんどが姿を消していた。
高台に残っているのは、蓮左と、犬種の母子らしき二人だけ。
どうやら母親の方は腰を抜かしているようだ。
蓮左は息子らしき方と目が合ってしまった。
「見ただろ。俺は初めて見たが、ありゃ『竜刺し組』の連中でもどうにもなるまい。お前も早く逃げた方が良いぞ。俺たちもすぐに逃げる。ほらっ、母ちゃん、肩に手を回して!」
「あぁ……」
母親が息子の肩に腕をかけると、息子はすっくと立ち上がった。
辺りは暗く、足場も悪いのだが、母親を背負った状態でひょいひょい歩いていく。
力も十分。
さらにはなかなかのバランス感覚と、体幹であった。
「え?」
蓮左と母子がすれ違う。
「ご忠告感謝するでござるよ」
「おい! お前! そっちじゃねぇ! 逆だ!」
犬種の青年の怒声に蓮左は立ち止まる。
「暗くて、ここからでは良く見えないのでござるよ」
「親はどうした!? ガキが一人であんな化けもんに近付くんじゃねぇ!」
「『化けもん』ではありませぬ。あれは『11本足』という魔物で、討伐依頼も出ているでござる」
「だっ、だからどーした!」
会話は成立しているのに、意志の疎通が出来ていない感覚。
「近付いて観察しないことには、どうやって討伐して良いのか、わかりますまい」
犬種の青年は背筋に冷たいものが走った。
それは腰を抜かした拍子に母親が漏らしたものが、背中に染みたことだけが理由ではないだろう。
討伐?
討伐とは、どういう意味だ?
あれは災厄だろ?
嵐を討伐しようと思うか?
時化た荒海を討伐しようと思うか?
一目見たら分かるじゃないか。
アレはそういう類のものだろ?
青年が僅かに逡巡した隙に、蓮左はすでに番屋に向かって走り出していた。
◇◆◆◆◇
「あれがお前の言っていた少年か?」
「爺ぃの『鑑定』でも届かねーか? 堀田蓮左、ギフト持ちだ」
折りたたみ式の椅子に座るのは、「千里眼」トバル。
十二聖人の一人で、かつて大陸より渡って来たエルフ族である。もちろん、十二聖人最後の生き残り。
青年の方は賭春仁。
トバルはすでに200歳を超えている。だが、正真正銘、仁はトバルの息子である。200歳を超えても尚盛ん。そっち方面ではいろいろと頑張ったのだろう。
「実の父親に向かって爺ぃとは……」
「見た目爺ぃなんだから諦めろ。恥かきっ子の俺の身にもなってみろってんだ。」
恥かきっ子とは、遅くに生まれた子を指す。いい歳して頑張ったのね、という揶揄を含んだ言葉。
「俺は昔からモテるんだから仕方ねーだろ。それよりジン、大丈夫なのか? あのガキ、クラーケンに向かって走って行ったぞ」
「大丈夫だろう。自分の身くらいは守れるさ」
「しかし、ギフトとは気になるな。どんなスキルなんだ? 魔眼の一種か?」
「それが良く分からねーんだ。アクティブスキルじゃないみたいだし、スキル名からも想像が付かない」
「ほぅ。スキル名は何だ?」
「『コンティニュー』だ」
「聞いたこともないな。古代語かも知れんが、俺はそっち方面はからっきしでな」
「古代語」は大昔のエルフ族が使っていた言葉である。
トバルが神和に渡って約200年。
その間、時間はあったし、何かを学ぶには良い機会だったのだが、何しろ神和にはエルフ族がいなかった。いわゆる十二聖人以外には、北王土は「英留府」に僅かに住まう血の薄い子孫だけ。
しかも、「英留府」は禁区とされ、御所には一般の人族はおろか、幕府の将軍ですら用がないのに近づけないという。
実際のところ、勉強したくても出来なかったのだ。
「長生きのくせに、意外に役に立たないのな」
くつくつと笑う仁。
「親に向かって――まぁ良いか。俺も昔はそうだったし……」
トバルの後半の言葉は小さく、暗闇に消え入った。
しかし、辺りが暗かったのはここまで。
彼らから離れること数百m地点。
かがり火と松明だけだった岸壁に、本日、初めての照明弾が上がった。
遅まきながら、霞浜の「魔術師」たちが到着したようだ。
「で、うちの魔術師と竜刺し組の連中はあの怪物とどれくらい戦えるんだ?」
「時間の無駄だな。お前、あれ見て分からんのか? あれが生き残ってるということは、俺たちが倒せなかったということだろ」
「それ、やべぇじゃん!」