第12話 「平賀右京」
「平賀右京だ。一応、棟梁の一人をやらせてもらってる。よろしくな」
蓮左の前にいる男の名は平賀右京、17歳。
現役の棟梁の一人である。
現在、蓮左と右京の二人は、前回の船遷宮の際に作られた本殿、その裏にいる。
裏には5mほどの石製の階段があり、上ると船に乗り込む為の梯子が架けられるようになっている。本殿である以上、日々の掃除やメンテナンスも船神社宮司の重要な仕事となる。
船を固定する為の巨大な土台はあるものの、それでも風などで横倒しや損傷を受ける可能性は残る。そこで船全体をロープやアンカーで補強している。
さながら陸のドックと言ったところか。
船体の左側面は参拝客が拝観する側に面している。
二人がいるのは、船の構造としては右側面だが、本殿としては裏面になる。
左側面は参拝客から見えるように、巨大な注連縄などで装飾されているのだが、裏は装飾もなく、まさしく船そのものであった。
そろそろ昼の時間。
春草芽吹くには少し早く、今日のような雲の厚い日はまだ肌寒い。
さすがに仕事中は脱ぐだろうが、右京も薄めの綿入れを羽織っている。
右京としては、昼食前に面接と仕事内容の紹介を済ませようということだろう。
ただし、右京の態度や雰囲気から、もう蓮左の採用は決めているようだ。
本人も17歳。よもや年齢を理由に足きりするようなことはあるまい。
船神社は船内にこそ一般参拝客は入れないが、本殿が拝殿を兼ねており、本殿と拝殿の区別はない。
通常の神社は本殿=神様(ご神体)の安置場所、拝殿=参拝する場所、と区別されるが。
「式年船遷宮」を請け負っているのは、造船集団「天剛組」。
創業者は「大聖人」イェツ・エバレット。
【天剛組】
・大棟梁(統括責任者):綾瀬周五郎
(1)棟梁:平賀右京(船体構造部)
(2)棟梁:遠藤佐治(甲板、マスト)
(3)棟梁:亀井太助(帆、内外装)
以上が現場の作業員をまとめる棟梁たち。
この下に多くの作業員たちがいる。
もっとも、他にも事務方や部材や建材の調達などに携わる多くの者たちがいなければ、巨大な外洋船の建造は不可能である。
「さっき、事務方の先輩に聞いたが、12歳での採用は史上最年少らしいぞ。俺ですら14歳だった」
14歳で神和一の造船集団の仲間入りとは、かなり凄いことなのではないか。
しかも17歳で棟梁。
蓮左は自分が12歳なのも忘れて、大いに感心する。
一応は採用に喜んでいるようだが。
ただし、公平を期するなら、17歳での棟梁というのは、技術だけを優先しての結果ではない。技術の無い者が棟梁になることはあり得ないが、そればかりではないのだ。
若さである。
そもそも「船遷宮」の一番の目的は技術継承である。
つまり、高い完成度を求めつつも、次代の職人育成が本旨なのだ。
腕に覚えの年寄りばかりを集めて最高の船を完成させたところで、何の意味もない――どころか害悪である。年寄りが出しゃばったばかりに、最悪、その代で技術が途絶えかねないからだ。
外洋航海が当たり前の環境ならいざ知らず、神和国では外洋船建造のチャンス自体が30年に一度しかない。年寄りの我がままを一々通していては、船神社の存在自体が危うくなってしまう。
もちろん、見てくれだけのハリボテで良いのなら問題はないが、そういうわけにもいかない。
創業者の思惑もある。
職人は自分の技に酔うだけでは一流とは言えない。
「技」に惚れ込み、それを一つ一つ自分のモノとしていく喜び。
それでは足りない。
「自分の技」にではなく、「技」そのものへの信仰と献身。
「技」そのものに対する献身があるなら、何をさておいても、次代への継承こそ第一となる。
人は必ず死ぬが、「技」は死なないからだ。
そうすることで、やがて「技」は、たかが天才の一生程度では到底追いつけないほどの域に達するのだ。
その証拠に右京以外の棟梁、遠藤佐治は27歳だし、亀井太助は39歳である。
亀井太助が若干、歳かさなのはさすがに内装や外装、調度類や細かい部分の補修には経験が必要だからだ。
それでも40歳以下。
いかに技術継承が重要視されているのかが分かる
「気になるか?」
右京の話を聞きながらも、船の内部構造が気になる蓮左。
「もちろんでござる」
だが、それだけではない。
蓮左は大胆にも、あることを考えていたのだ。
「(構造さえ分かれば、作れるのではないか?)」
前回、本殿を見て己の下衆な性根を省みたというのに、またも不遜な発想する蓮左。
だが、蓮左が考えていることは正しい――というより、自然だ。
なぜなら、「作れない」者はそもそもこの仕事に携われないのだから。
「天剛組」の職人たちは全員、船を作りたいからこそ此処にいるのだ。
そして実際に作っている。
人の手にかかれば、海竜が溢れる地獄を正面突破し、「大凪原」を渡る巨大な船すら作れる事実。
だからと言って、蓮左一人で作れるわけではない。
それは右京であっても同じだ。
時間も金も建材も、全てが無制限なら右京だって作れるかも知れない。その場合、「天剛組」に在籍する必要はないが。
詳しい設計図があり、工期が無限で、予算があり、高いレベルの職人が大量にいて、最高級の建材を無制限に仕入れるアテがあるなら、誰だって――とまでは言わないまでも、作れるものは多いだろう。
だが、実際にはいっちょ噛みで多少現場を経験したからと言って、すぐに独立、起業できる者は少ない。
技術職なら技術さえあれば簡単そうだが、それはあくまでもフリーランスの場合。
「大きな仕事」をするには、経験や技術だけではなく、「物量」も必要になってくるからだ。
だからこそ、イェツ・エバレットは一人の天才職人ではなく、「天剛組」という集団を作ったのだ。
蓮左はまだ若く、社会経験が少ない為、多くの時間と金と人をつぎ込んで実行する「大きな仕事」という認識が薄い。
また、己の才への自負もあるだろう。
蓮左が「天剛組」で学ぶべきは、細かい技術や魔術の運用ではなく、「集団の力」そのものかも知れない。
ギシッ
蓮左が見上げると、丁度、箒とチリトリを持った宮司が船から下りてきた。
掃除をしていたのだ。甲板には泥や埃、落ち葉などが溜まる。屋根があるわけでもないのだから当然だ。それを宮司が毎日掃除しているのだ。
「まぁ、良いさ。昼飯でも食いながら話そうか。お連れさんも待ちくたびれているみたいだし。くふふふ」
右京の「昼飯」という言葉に反応したのだろうか、どこからか現れる江田島いつき。
本来、蓮左が持っているはずの弁当の包みを大事そうに抱えている。
「おお、右京さん。下で声がすると思ったら、右京さんでしたか」
「ええ、今日からウチに採用になったこちらの堀田蓮左君に『ご神体』を見せていたところです」
船神社の場合、船自体がご神体である。
少なくとも、表向きには。
「何と、そちらの少年が?」
「この度、『天剛組』に採用になりました、堀田蓮左と申します。以後、お見知りおきをお願い致します」
「船内の紹介も兼ねて、中の船室で昼食としたいのですが、構いませんか?」
「もちろんですよ。ただ、暖熱器の魔石が減っています。吸魔性能がかなり落ちてますから、そろそろ交換のようです」
吸魔性能とは、魔石が自然に魔力を補充する能力のこと。
この場合、魔道具に使う魔石の魔力が残り少ないから、暖熱器を使うならいつ魔力切れになるか分からんぞ、というわけだ。
「構いません。切れたら自分のを使います。では、梯子はそのままでお願いします」
「はい」
そう言うと、宮司は詰め所(社殿)がある方に去っていった。
彼も昼食なのだろう。
「……二人前が精々」
ボソリと呟くいつき。
「はははは。いや、ご心配なく。俺は自分の分があるから。一般人は入れないんだけど、中で食おう」
◇
「魔石はいつも持ち歩いているのでござるか?」
「ああ。魔道具はいつ魔力切れになるかわからないからな。自分用のを一つ持っていると便利だぞ。簡単な魔道具なら、その場で作ることもあるし、動作確認が必要な場合もある」
「!?」
「何にしても、一つ持っていると――ん? 何かおかしいこと言ったか?」
「魔道具をその場で……作れるのでござるか?」
「あれ? もしかして、魔術大学――の出身者じゃないのか……?」
右京は慌てて「手配屋」が作成した推薦状を見直す。
確かに魔術大学の専攻などは記入されていない。
「――魔術大学を出てないのに、あの『造形魔術』の試験を通ったのか。しかし、『手配屋』の推薦状はベタ褒めだぞ」
「魔道具の作り方は大学で学べるのでござるか?」
「まぁ、魔道具というよりは、魔法陣だな。魔法陣が描けたら、あとは簡単な工作だ。魔道具も作れるぞ。魔法陣って、ようは魔術回路のことだろ?」
「何と!」
蓮左も「古代語」で描かれた魔法陣を丸暗記すれば、自分にも作れるだろうとは考えていた。神和における魔道具とは、基本的にはコピペした「古代語」の魔法陣を器を変えて連綿と継承しているだけだからだ。
だが、今の右京の口ぶりだと、まるで、即興で魔道具を作れるかのような言い方だ。
小岩原家の風呂場にある魔道具。
浮かび上がる魔法陣は現代語で描かれていた。
「(なるほど。魔法陣を描けるようになれば、魔術の展開も魔道具も思いのままか。なれば魔術の応用範囲も一気に拡がろう)」
工作なら得意だ。
風呂場にある高価な温水用魔道具を分解せずに済みそうだ。
「おい、これにある魔力容量って、マジ?」
「まじでござる」
「俺の10倍くらいあるぞ……」
平賀右京の魔力容量は1年前(元服時)で約2400。
現在は約2500。
1年で容量100の増加は年齢を考慮すると少ない。
つまり、平賀右京の、少なくとも魔力容量に関してはそろそろ成長期を終えそうだ。
もっとも、魔力容量が2500もあれば十分ではあるが。
生活するのに十分という意味ではない。
魔術を使う仕事なら、どんな仕事でも十分だ、という意味である。
「俺の記憶じゃ、大棟梁が4000近くあったはずだが、それでも5倍以上か。むちゃくちゃだな」
「別に魔力容量の多い少ないで船を作るわけではありますまい」
「もちろんそうだが、多いに越したことはないさ。多いと何となくハッタリが効くしな。はははは」
身体が大きい。
力がある。
ケンカが強い。
アレが大きい。
魔力容量もそれと同じということらしい。
男子とは単純な生き物だ。どうしてもその辺りに拘るものなのだろう。
蓮左とて自覚はある。
だがそれよりも今は――
「それよりも、船内を一通り見てみたいでござる」
「それよりも、か。それよりも、俺にも見せて欲しい」
「何をでござる?」
ゴトッ
表面にサビの浮いた鉄の塊。
直径は5cmくらいの円筒形。
「何、『手配屋』でやったのと同じことを、俺の前でもやってみて欲しいと。推薦状には一瞬だったと書いてある」
「たかが大道芸でござるよ。霞浜に来るまでには道中、随分と助けられましたが」
グニャリ
蓮左が言いながら魔術を展開する。
触れることもなく。
蓮左が考えるところの『造形魔術』。
熱ではなく、膨大な圧力。
外から見ただけでは、一体、どれほどの圧力が掛かっているのか、想像も付かない。
しかし、肝はその強弱、すなわち圧力のコントロールだ。
鉄を分解・再構成しているわけではない。
実は、固い粘土を腕力でもって捏ねているのと本質的には変わらないのだ。ただし、対象は粘土ではなく鉄だが。
木材と鉄。
種明かしをするなら、蓮左は「手配屋」において、対象の材質によって、別々の魔術を展開していたのだ。
ダブル――という意識も蓮左にはない。
平賀右京の目の前に出来上がったのは、羅針盤。
先ほど、ザッと船内を見せた時に一番蓮左の興味を惹いたものだ。
もちろん、触れたわけでも、『鑑定(非生物)』したわけでも、『解析』したわけでもない。
構造も仕組みも知らない。
よって、羅針盤としての機能はない。
ただ、見てくれだけの羅針盤モドキである。
「「……」」
いつきは一度、「手配屋」で遠目に見ているが、間近では初めて。
「い、いったい、一体、どういう魔術なら鉄が……木材でも可能なのか?」
右京の度肝を抜いたのは、蓮左が羅針盤を一目見て記憶した『完全記憶』ではなく、鉄の塊を変形させたことについて。
「木材は別でござるよ。油や水分が出たり、組織が潰れても問題ないなら、不可能ではござらんが」
「材質は問わないのか?」
「一つの魔術に拘る必要はないでござる。材質によって、違う魔術を使えば良いのでござるよ」
「そりゃ理屈はそうだが……」
右京は背筋から冷たい汗が流れていることにも気付かないほど恐怖していた。
「(手も触れずに……?)」
蓮左は手を触れずに鉄の塊を一瞬で変形させた。
どれくらいの力が加わっていたのか想像も出来ない。
だが、鉄ですら触れずに変形させたのだ。
目の前の少年は、他の材質の時は別の魔術を使えば良いと言う。
右京は己の命よりも大事な、槌を振る右腕が――
髪の毛より薄い厚みを、ノミの刃先で調整する左腕が――
グニャリ
――と無惨に変形するのを想像してしまった。
鉄ですら一瞬なのだ。
肉や骨なら、一瞬すら長いのではないかと。
「(まずは第一段階は成功と言ったところでござるな)」
確かに船には興味がある。
作業員の一人として大いに学ぶつもりだ。
報酬も良い。
だが、それは第一義ではない。
船は大陸に渡るには必要なものだ。
だが、それ以上に必要なものがある。
『二人目は平賀右京。若干17歳にして、船神社建立の棟梁の一人。大陸に渡るには外洋船が不可欠だからね。彼は外せない一人さ』
定平二郎の言に蓮左も賛成だ。
平賀右京を抱き込むことが出来れば、船についての心配は軽減する。
もちろん、本来の「天剛組」の仕事とは別に船を作らせようというのだ。当然、ドックの場所や建材の心配は残るが、最悪、本殿=船を盗む、という方法もある。
盗む?
どうやって小山の上から海まで運ぶのか。
細かいことは後回しだ。
とにかく、海に出るのだ。
だが、いざ航海に出た後で、船上で痛んだ箇所の修理も出来ないでは困る。
乗組員として、抱き込まなくてはならないのだ。
いずれにしても、命を落とすかも知れない冒険に誘うのだから、ことは慎重に運ぶ必要がある。
――若者の遠大な計画に瑕疵はつきものだ。
綻びはそこかしこに。
どうでも良いことに慎重で、細かい調整が必要な部分で大雑把。
そういうものだ。
「……子供の使う魔術にしては生意気」
蓮左の魔術を見たいつきの言葉。
「……」
蓮左は弁当を2/3も食べられた礼に、まさかそんな言葉を吐かれるとは――と少々信じられない表情。
「(いつき殿はどうにか引き剥がすとして、今日のところはこの辺にしておくでござる。あまり性急に冒険だ、大陸だ、などと放言したのでは軽く見られるし、足りない子供と思われても面倒)」
一方、平賀右京は――
「(怖い。俺はこのガキが心底怖い。だが――)」
湧き上がる興奮は何なのか。
時間はある。
「天剛組」の作業員として、特に問題がないのなら、蓮左とは毎日のように顔を合わせるはずだ。
その時で良いではないか。
タイミングを見計らい、準備を整えて。
何も今でなくても良いはずだ。
――だからこそ、今だ。
はああ~~ッ
右京は大きく息を吐いた後、何かを決心した表情だ。
「実は俺は蓮左君を知っていた。以前、先代の大棟梁と本殿の前で話しこんでたことがあったろ?」
「え、ええ確かに」
「あの時、先代が蓮左君のことを『あの子はまたここに来る』と言ったんだ。今日、君を見て、すぐにあの時の少年だと分かった」
「はぁ」
話の方向性が見えない。
「いつきさん。俺は君がどういう人なのかを知らない。だけど約束して欲しい。今日、ここで聞いたことは忘れると。君を一時的に追い出しても良いが、蓮左君の友達みたいだから、そこまではしたくない」
「……」
「了承したと判断するよ」
「蓮左君。俺は正式に君を俺の船の乗組員に加えたい」
◇◆◆◆◇
その頃、竜引湾では怒号が飛び交うほどの大騒ぎになっていた。
漁船が転覆し、「竜刺し組」の漁師に死者が出たからだ。
霞浜の漁師は、おそらくは神和一である。
その漁師たちが湾内で船を転覆させるなどという間抜けがあり得るのか。
少し肌寒い程度で、海は凪いでいる。
しかも、転覆させたのはただの漁師ではない。
海竜を討つ「竜刺し組」の組員だ。
それが一度に三人も死者を出すとは――
「11本足」が出たのだ。