表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五国大乱 ― 【第五部】 不死魔王 堀田蓮左 ―  作者: 牧谷マサトシ
第五部 不死魔王 堀田蓮左
1/15

 第0話 「光の精霊王」

 コーカ暦前44年(青樹暦4179年)、今からおよそ1850年前、カトラス半島中央部の貧しい村の、貧しい羊飼いの一家に彼は生まれた。

 貧しい一家の常として、七人兄妹の末っ子であった。

 貧乏人の子沢山の理由は簡単、「死んでも良いように」である。

 もちろん、可愛い我が子が死ぬことを望む親はいないが、それぞれの家庭にはそれぞれの家庭の事情があり、思惑も打算もある。


 当時の「羊飼い」とは、広い土地を持ち羊牧場を運営する者の意ではなく、周辺地域の羊を飼っている農家から羊を借り集め、放牧して、その手間賃を稼ぐ者のことである。

 契約農家が複数あれば、食べて行く分には困らない。

 代々、契約している農家があれば、ある意味、固い仕事でもあった。

 その為、跡取りは欲しいが、だからと言って子沢山過ぎるのも困るのだ。手間賃は大した額ではなく、基本的には貧しいのだから。

 一応、乳幼児期に死ぬことも計算に入れた上での、七人兄妹であった。


 しかし、幸か不幸か、上の兄弟たちは健康そのもの。

 しかも、妻の腹の中には、次に生まれてくる子が待機していた。


 コーカ家は一人も失うことなく、彼の誕生の日を迎えた。


 アラトにおける人族の平均妊娠期間は8ヶ月。

 妻の妊娠発覚から、約240日後、その日、男はうんざりとした様子で、我が子の産声を聞いた。


 元気な男の子であった。

 

 「ベラはいるかい?」


 ベラとは男の妻の名前。

 訪ねて来たのは、近所に住む妻の友人ポーラ。

 朝の洗濯の時には、毎日飽きもせず井戸端で日常の不満を延々と言い合う仲である。


 「あー(・・)いる(・・)よ、奥だ」


 男は適当に答えて家の外に出た。

 代わりにポーラが遠慮無しに家の奥へと入っていく。


 その日生まれた子の名前はアーイル・コーカ。


 後に世界の形が変わるきっかけになる子であった。


 妻ベラの友人ポーラが、父ログの言葉を勘違いしたことで、名付けられた、駄洒落のような名であったが、「アーイル・コーカ」という響きは、アラトの人間にとって、奇妙に心地良い響きを持っていた。



 それから10年後、アーイル・コーカ10歳。

 兄たちは町へ出て、既に別の仕事をしており、姉たちも結婚や、町へ働きに出るなどしていた。 すぐ上の姉だけがまだコーカ家に残っていたが、彼女も近く、羊の毛を扱う商人の元に働きに出ることが決まっている。


 「アーイル、今日は父さん用事があって、昼頃、少し抜ける。双子岩の洞窟で塩を舐めさせたら、そこで待ってなさい。雨が降りそうだし、お前一人で山を下りるのは危険だからな」


 どうやら、「羊飼い」の仕事は、末っ子のアーイルが継ぐことになりそうであった。

 確かに契約農家の飼っている羊を放牧させる仕事は固い。毎日羊を連れて、真面目に放牧地と村を行き来するだけで、決まった賃金が入ってくる。

 だが、その額だけで一家が生きていくのは厳しいと言わざるを得ない。

 コーカ家の場合、ログが猟も出来た為、何とか妻と7人の子を飢え死にさせることなく今日まで暮らして来れただけである。

 羊飼いの収入だけでは、到底、9人家族食べていくことは出来なかっただろう。


 「分かった」


 「バウッ!」


 アーイルと共に返事をしたのは、牧羊犬代わりの『黒狼』である。

 黒狼は子供の頃から育てると、人に懐くのだ。

 魔核を持った魔物である為、知能も高く、実際に牧羊犬の代わりとしている者は少ないが、なるほど、適任かも知れなかった。


 通常の放牧コースとは別に、数日に一度、羊たちに岩塩を舐めさせる為、双子岩の洞窟を訪れることがあった。

 双子岩の洞窟は、通常の草原コースとは違い、山の中腹にある。


 何とか、アーイルと黒狼、そして80頭ほどの羊たちは雨に打たれることなく、双子岩の洞窟に到着した。

 洞窟に着くと、すぐに小雨が降り始めた。

 雲の厚さから、やがて本降りになるだろう。

 しばらくは止みそうにない。


 洞窟の中は厚い岩盤に囲まれている為、染み込んだ雨水が岩塩を溶かすことはない。また、入り口も傾斜があり、外気の影響をあまり受けない。冬は暖かく、夏は涼しいので、アーイルにとっても、羊たちにとっても、お気に入りの場所であった。


 羊たちは勝手知ったる岩塩洞窟、各々でどんどん奥に入っていく。

 そして、岩壁に露出した岩塩を舐め始めた。


 その様子をしばらく見ていた黒狼であったが、アーイルが渡した小さな干し肉の欠片を2~3切れ食べると、その場で寝息をたて始めた。


 「(弁当を食べたら、父さんが迎えに来るまでに、火の用意でもしておくか)」


 アーイルは腰のカバンから黒パンのスライスと、塩辛いだけの干し肉、そして水筒を取り出した。


 今日は雨が降り始めた為、薪を集める作業は中止である。

 洞窟にはもしもの時に備えて、薪が積んであった。

 突然の雨や落雷を避けて、夜を明かすことも無いわけではないからだ。実際、アーイルも父の仕事を手伝い始めて、過去に一度だけ洞窟で一夜を明かしたことがある。


 洞窟には稀にゴブリンなどの魔物が住み着くことがあったが、ログが狩れないような魔物が住み着くことは無かった。岩塩が豊富な上に、魔力が薄い為、魔物もほとんど出ないという、実にありがたい仕様となっていた。


 アーイルがこの洞窟を気に入っているのは、何も、環境が人族に適しているからだけではなかった。

 双子岩の洞窟には、広義の人族や、魔物や獣とは別の、もう一つの生き物(・・・)がいたからだ。



 『精霊』



 精霊は体長30cmくらいで、ふよふよと宙を漂っている不思議な存在だ。


 ほとんどの精霊は半透明で、触れることは出来ないが、中には姿容(すがたかたち)がはっきりしていて、触れることができる固体もある。

 この触れることが出来る固体こそ、狭義の『精霊』、つまり、『契約』が可能な精霊である。


 精霊は火、風、水、土、光、闇、6種類が存在し、通常、エルフ族の秘術『精霊召喚』で呼び出す異界の存在だが、何故かこの洞窟には普通にいた。

 場所によっては、召喚しなくても存在するらしいのだが、精霊の習性はあまり一般的ではなく、都市に住む者たちは、その存在すら知らない者が多い。

 また、精霊が出没する場所の魔素の濃い薄いもあまり関係が無い。

 現に、ここ双子岩の洞窟は魔素が薄く、洞窟にも関わらず、魔物もあまり出ない。


 それぞれの精霊たちには『精霊王』と呼ばれる上位種がいるとされるが、現在までにその存在が確定しているのは、水の精霊王のみ。

 つまり、半透明の精霊、契約可能な精霊、精霊王の三段階が存在すると認識されている。


 アーイルの父ログは半透明の精霊を、いつも鬱陶しがっていたが、アーイルはその理由を母から聞いて知っていた。

 かつて、精霊と契約しようとして、手酷い仕打ちを受けたことがあるのだ。


 精霊は清く正しい存在ではなく、イタズラ好きで、気まぐれな生き物だ。いたずらに関しても、人間の限度とは別の尺度があるらしく、受ける人間にとっては、ただのイタズラで済まない場合も多い。

 自分たちが仕掛けたイタズラに人間が引っ掛かると、ケタケタと大笑いするのだ。

 少なくとも、半透明の下位精霊に関しては、精霊と言うより、小悪魔的な印象の方が強い。

 半透明の精霊の知能はそれほど高くはなく、会話が可能なのは、姿容がはっきりしているタイプのみ。

 半透明の精霊は下位種で、姿容がはっきりしているタイプが上位種とされる。

 理由は不明だが、上位種は契約が完了すると、消えてしまう。

 何故、消えてしまうかは不明である。

 異界に戻り、更なる上位種を目指して修行でもするのだろう、と言われているが、精霊自身に確認した者はおらず、想像の域を出ない。


 精霊との契約は、一様ではなく、様々なケースがある。

 精霊から持ち掛けられることもあれば、人間から望んで契約することもある。

 精霊と契約するメリットは、その精霊が持つ属性の『精霊魔術』が使えるようになることである。正確には、精霊がアシストしてくれる。デメリットは、人間の運命や因果律から外れることだと言われているが、これも確証はない。


 『契約』と言うからには、対価が必要である。

 人間が差し出す対価は、『魔力』である。

 どうして精霊が魔力を欲しているのかは不明。

 それも、体内魔力のみ。

 

 かつて、水の精霊王と契約したエルフ族が『大樹の記憶』に残している。

 精霊は魔力を必要としているが、体外魔力を取り込むことが出来ない。その為、一度人間のフィルターを通してからでないと、必要な魔力を得る手段がないと。

 魔核から取り込むことが出来ない上に、精霊の性質が魔核と反発するらしく、魔物や魔族といった、魔核を持つ生物とも契約出来ない。獣との契約は不可能ではないが、コミュニケーションが取れない為、精霊の一方通行になってしまう。

 『契約』と言われるのはこの為である。

 つまり、一方通行では、精霊は魔力を得られないらしいのだ。

 精霊魔術を使った対価(・・)とした場合に限り、精霊は魔力を得ると。


 以上の理由により、精霊は魔核を持たない、広義の人間とのみ、契約が可能だということだ。



 アーイル・コーカには夢があった。

 それは、精霊と契約し、その対価を払いながら、世界を旅することである。

 アーイルは一人になると、いつも世界を旅する自分を夢想するのだ。何より、楽しい気分になれるし、時間もあっという間に経つ。今のような状況にはもってこいであった。


 では、精霊が漂う洞窟で、アーイルは何故、夢想に耽っているのか。

 精霊と契約するのが夢の第一歩ならば、さっさと契約すれば良いではないか。


 理由は、人間と契約出来る精霊がいないからだ。

 

 現在、洞窟内には10体以上の半透明の精霊が漂っているが、契約が可能な姿容がはっきりしたタイプは一体もいない。

 半透明の精霊はコミュニケーションが取れないので、どうすれば上位種と会えるかも分からない。

 今日まで(・・)、アーイルは一度も上位種を見たことがなかった。


 「(いつか、精霊と話をしてみたいな……)」


 アーイル・コーカは今日、正確には約11分後、精霊の上位種と出会い、そして『契約』する。


 

 何やら羊たちが騒がしいので、アーイルは夢想を中断し、様子を見に行く。

 10頭ほどの羊が固まっている。

 何かの死骸でも転がっているのかと考えたアーイルは、羊をかき分け、覗いてみる。


 羊が小さな男(アーイルは男と判断した)を鼻でつついていた。


 「獣ども! 生臭い身体で我の身体に触れるでない!」


 身体のサイズは1mにも満たない。

 白いのようなものを身体に巻きつけ服としている。

 体重は10kg以下だろう。羊たちの方がサイズも数も上とあっては、勇ましい言葉も何やら微笑ましい雰囲気すら醸していた。

 しかも、身体のあちこちを怪我しているようで、その部分が半透明になっていた。赤くはないが、血のようなものも流れている。


 アーイルは一目で確信する。

 目の前の弱った小さな男こそ、契約可能な精霊であると。


 「ほら、お前たち、どいた、どいた! あっち行ってろ!」


 アーイルが羊たちを追い払うと、精霊が弱々しく顔を上げる。


 「すまんな、人の子。全く、言葉も通じぬ獣どもめ。我の弱みに付け込んで、好き勝手しおってからに……」


 弱々しく立ち上がるも、生まれたての子鹿のように、腰から下がぷるぷると震えている。

 何とか、背もたれにしていた岩に手を付き、支えとする。

 随分と消耗しているようだ。


 「それより、身体は大丈夫ですか?」


 「何、魔力さえ補充出来れば、これしきの傷、すぐに我の『治癒術』で治せるのだがな……」


 チラッ

 

 ――とアーイルの表情を伺う精霊。


 アーイルの表情は、これから始まる「冒険」を予感しているのか、元々赤い頬が、さらに上気している。

 その表情を見た精霊は、先ほどまでの力ない雰囲気とは打って変わって、急に元気になったようであった。

 元気を無理矢理振り絞っている、と言った方が正確か。


 「くふふふ。お前は運が良い。我が二度目の『盟約』、受け入れるや否や?」


 「受け入れます! 是非とも受け入れます!」


 精霊の申し出は急なものであったが、アーイルは一も二もなく、ノータイムで了承する。


 アーイルは契約が何かも良く分からない。

 契約したら、あーしたい、こーしたいと夢想していただけで、契約自体がどういうもかなど、細かいことは一切考えたことがなかった。

 精霊の『盟約』に至っては、全く不明だ。

 契約することによって、何が変わり、何が変わらないのかも。

 

 しかし、目の前にずっと夢見てきた姿容のはっきりした精霊がいるのだ。アーイルにその申し出を拒否する選択肢は存在しない。

 精霊側が契約を望んでいるのだから、どの道、契約することは確定しているのだ。

 ならば、細かいことなど、考えても意味がなかった。


 「僕はアーイル。おじさん、名前は?」


 「おじさんではないッ! 我が名はエドラ。光の精霊…王である」


 傷だらけの精霊は、洞窟内に響き渡る声で、そう名乗った。

 最後は少し小声であったが。


 戸惑うアーイルの前で、エドラが両手を広げ、『精霊語』(後にアーイルがエドラから聞いた)の詠唱を開始する。

 それは、(うた)うような、心地良い響きであった。


 アーイルの足元に真っ白な魔法陣が浮かびあがる。

 初めて見る、青ではない、白い魔法陣。

 陣に刻まれた文字は一文字たりとも読めない。


 アーイルは血が逆流するような興奮を感じていた。


 「その身体に『盟約』の印を刻め!」


 最後の一節だけ、アラト語であった為、アーイルにも理解出来た。

 だが、次の瞬間、一気に体内魔力が抜かれる感覚が全身を包んだかと思うと、急激な魔力欠乏でアーイルは気絶してしまった。

 

 気絶する瞬間、アーイルは確信していた。

 

 これから冒険が始まると。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ