第2話 許可証発行
傭兵団のテレベーテ支部を出てから十数分ほど歩いたところで、私たちは立ち止まった。誰かに追われている気配がするのだ。気のせいかもしれないけど。
もし尾行されているなら、早めに対処した方がいい。そう考えた私たちはお互いに示し合って路地裏に行くことにした。路地裏に行ったら、2人で武器を手にするつもりだ。もちろん、私は実際にスキルを使ったりはしない。
それにしても、私とティアが気付くことが出来る程度の尾行の仕方は少しまずいんじゃないだろうか?
これがプロなのだとしたら、相当へたくそに違いない。
だけども、そう思っていた私はいい意味で予想を裏切られることとなった。
「で、どちら様ですか?」
私が振り返って話しかけると、
「よかった、気付いていらしたんですね。一向に振り向いたりしないから、気付いておられないのかと……」
ティアに心配されていたようだった。
私たちが気付くように行動していたのか。それなら、わかりやすい尾行も納得だ。ただ、もう今回限りにしてほしい。
周囲で私たちを訝し気に見ている人が多かったのはきっとこの人のせいだから!
「そこの人、そろそろ姿を見せてほしいんですけど?」
私がもう一度言うと、後をつけてきていた人が姿を見せる。
その人は青髪を肩下まで伸ばし、深海のような色彩をした目はくりっとしていた。
「よく気付いたわねっ!」
前髪を右手で払いながら見下ろして言う。……いや、見下ろせてはいない。ティアと同じくらいの身長だからだ。
私はティアよりも30センチメートルほど高い。確かゲーム設定では172センチメートルだったはずだ。そこから換算すると、ティアはおよそ140センチメートルになる。
「気付くも何も……バレていないと思ってたんですか?」
「えっ……えと、当然、バレると思ってたわっ!」
思ってたな。
ティアと顔を見合わせ、恐らく同じことを思っていた。
「そ、そんなことより、私は怪しい者じゃないわ。それを仕舞ってもらえる?」
確かに、この人はドジっぽくて、とてもじゃないけど、私たちをどうこうできそうもない。むしろ非戦闘員ですらありそうだ。
それは尾行がバレバレだったことからもわかる。
「そうですね……ティア」
「はい、フォルン様」
アイテムボックスに入っていた全職業で装備可能な【平器】のLANK1【鉄の剣】という武器だ。魔法使い状態でも装備出来るもので、だけど、これを装備している間に魔法を使っても、それほど効果は期待できない。
とはいえ、手加減して攻撃するにはちょうどいい武器である。
「ふぅ。それじゃ、これ支部長から。渡すの忘れてたみたいだから」
何気なしに渡ししてきた1枚の封筒を受け取ると、その青髪の女の子はどこかへ行ってしまった。
「ダリアット様から、ですか?」
封筒の裏を確認し、私は頷く。どうやらテレベーテ支部の支部長、ダリアットからのようだ。
「みたいだね。ここなら……人もいないし、今みても問題なさそうだね」
路地を目視で確認し、こっそりマップで赤点がないかの確認も済ませる。
封筒の口を破り、中身の手紙を取り出す。それと同時に2つのバッジも出てきた。
「ん……なんだろう?」
呟きながら、まずは手紙を開いた。バッジが何か気になるけど、その説明を手紙にしているはずなのだ。
「
フォルン殿下へ
先ほど申し忘れておりましたことがありまして、この文を認めた次第です。
まず、こちらの文と同封されておりますバッジは、傭兵団に所属していることを示すものです。殿下のLANKは3つ星とさせて頂き、ティアのものは5つ星とさせて頂きました。
また、これらは偽造したものですので、傭兵団支部では見せないようお願い申し上げます。
そして、これからジェボリックへ向かわれると思います。ジェボリックに入るためには、専用の入退場許可証が必要となり、その際に必要となる身分証明書の代わりとなります。
ですので、入退場許可証を得るために、最初に役所へ向かったほうがいいかと思われます。
これで以上となります。
」
読み終わり、なるほどと頷く。
これほど懇切丁寧に教えて貰えたのだから、やはり【ジェボリック】へ向かうべきだろう。
そこへ行くために、まずは役所へ行かなくていけないらしい。
「ティア、このバッジはティアのだから見につけといてね」
「わかりました!」
ティアの返事を聞きつつ、どこにつけようか悩む。
キンガリーたちのように胸のあたりに付けるのもいいけど、私の胸は、測ったことはないし憶測で主観でしか判断出来ないけど、たぶんDはあるので、胸につけるのは躊躇われた。
もしつけようものなら乳首にピアスでもしているのかと思ってしまう。
「フォルン様……?」
呼ばれてティアを見ると、キンガリーたちと同じように左胸に付けている。今は私服だからいいけど、やっぱり装備を整えるとなれば、敵の攻撃次第ではとても痛い。
私にはそんなこと関係ないけど。
だって、羽衣だもの。ひらっひらだもの。元々防御力も低いし、見た目も低そうである。
だからこそ、悩む。
もっといいところはないのか、と。
「ティアはどこに付ければいいと思う?」
「そうですね。では、ここはどうでしょう?」
そう言って髪の中に突っ込んだ。
と、思っていたら、前髪が少しスッキリした気がする。
「お似合いです!フォルン様!」
「ティア、もう少し声抑えてね」
「あっ、はい、すみません……」
あまりにも大きな声だったため注意すると、項垂れて反省した。
それほど気にすることでもなかったかとしれないと思いながら、鏡で今の姿を確認したい。
「それでしたらこちらに」
リュックを下ろしてすぐに手鏡を取り出すティア。
……鏡ってあるんだね。
若干ずれた感想を抱きつつ、手鏡を持って覗き込む。
すると、前髪を目にかからないようにバッジで固定していた。
こんな使い方は思いつかなかったなぁ……。
「ありがとう、ティア。これなら問題なさそう」
にこりと微笑みかける。
「いえ、お役に立てたなら嬉しいです!」
ティアの頭を撫で、役所の場所を思い浮かべる。
この【テレベーテ】に来た時に一通り、主要な建物の場所はキンガリーたちに教えてもらっていたのだ。
その脳内地図を広げ、位置を確認する。
と、この裏路地からでは現在位置がわかはないことに気付いたので、大通りに出た。
「わ、人が増えてる」
ティアが驚きの声を上げる。
支部から出たのは時間にして10時頃。
そして、現在は11時を回っている。随分と長い間、話していたようだ。
もうじき昼食だからと思われるが、まだ少しはやいような気もする。
何か起こったのかな?
そう思ったけど、知らない人に話しかける勇気はない。
目の前にある建物を見て、現在位置を確認したところ、ここ大通りから一本隣の通りにあるらしい。
「ティア、移動するよ」
ぼーっと人の波を見ていたティアの手を引き、人ごみに飲まれないようにする。
人ごみというほどではないが、森の中にあったエルフの里の人口と比べても、比較にならないほどに多い。わかりきっていたことではあるのだが。
隣の通りに出た私たちは、意外にも閑散としていることに驚く。だけど、こちらには食事処も宿屋もないのだから、必然かもしれない。この通りには役所の他に、雑多な公的機関が並んでいるようだ。
「ここ、かな?」
初めて来たので確証は持てないけど、たぶん、ここだと思う。
「行くよ」
「は、はい!」
ティアが若干怯えながら返事した。それもわからないでもない。
先ほどの支部が小学校なら、ここは駅のような感じで、いかにも役所!という雰囲気がある。
駅が役所に変わることなど、よくあることだから、使い回しのところも多いと聞く。特に田舎では。
役所の扉は傭兵団支部よりもしっかりとした作りをしていて、中に風が入らない仕様となっていた。書類仕事が多いだからだろうか、と思いつつ、傭兵団でも書類仕事は多いはずだ、と思い直す。
中に入ると、やはりお役所仕事。
プラカードのようなものが天井から吊り下がり、そこには様々な分野が書かれていた。
それも十数個に及び、駅のように横長な建物はこのためのようである。しかし、2階、3階建てにするという発想はなかったのか……。
そのプラカードの中で、1番混み合っていて、受付を3箇所使用しているところがあり、そこが私たちの目的の場所だとすぐにわかった。
このようにプラカードがあれば、とてもわかりやすい。
「人がいっぱい並んでますね」
「そうだね〜。でもまぁ、ここを通さないと【ジェボリック】に入れないんだから、当然といえば当然なのかもしれないけどね」
おとなしく列に並び、騒ぎなどは起こさない。ただでさえ特殊な出で立ちなので、目立ってしまっても悪いことしかないと思われる。
待つこと数十分。ようやく私たちの番が回ってきた。昼前だったのに既に正午は回っているし、お腹も空いた。はやいところこの手続きを済ませて、昼食にしたいところだ。
「あの……」
「あ、ちょっと待ってください」
要件を言おうとしたら、受付の人に遮られる。どうかしたのか、と思って彼を見るも、その手は忙しなく動き、何やら片付けている様子だ。
「すみません。遅くなりました」
「構わん。この子たちからだから、間違えるなよ」
「はい」
どうやら担当の交代時間だったみたいだ。
座っていた40代の男性は、自分の荷物を持ったのか席を立ち、20代の男性と入れ替わる。
「ふぅ。お待たせしました」
「あ、はい。それで、ええと……」
「【ジェボリック】入退場許可証ですね。身分証明書はお持ちですか?お持ちでないなら、あちらの窓口で手続きを済ませてからお越しください」
ついつい、彼の差した方を見てみると、確かに身分証明書発行というプラカードを発見できた。だけどそれはここから遠い。まるで時間稼ぎをするかのように、端にあった。この窓口も端っこにあるので、端から端まで移動しなければならない。
「フォルン様」
ティアの声でハッと我に返り、彼に向き直る。
私たちは一応、身分証明書を持っているのだ。
「これでいいですか?」
バッジを髪の毛から取ると、前髪が目にかかりそうになった。
そのままバッジを彼の目の前に置くと、信じられないというように目を見開く。
「そ、そんなところにありましたか。いや、申し訳ありません。ああ、そちらの方もお願いします」
やっぱり、髪の毛に付けるのは常識外れなようだ。
彼はティアにも提出を求め、ティアはそれに応えてバッジを外すと、机の上に置いた。
「はい、確かに。それでは手続きに移りますね。それと、幾つか質問をさせていただきます」
「わかりました」
「ではまず、お名前をお願いします」
「フォルンです」
「ティアです」
「次に、これまでに犯罪を犯したことはありますか?」
「ありません」
「私もありません」
「次に、【ジェボリック】での目的を教えてください」
「目的、ですか?」
「はい。観光目的だとか、鉱石の買い付けが目的だとか、そう言ったことで構いません。あと、ここからはそちらの小さいお子さんは答えなくてもよろしいですよ」
「なるほど、そういうことか。観光目的です」
「ガイドマップはお持ちですか?」
「持ってない、ですね」
「ではこちらを」
スッと自然に差し出され、受け取る。それは本というより冊子と言った方がいいだろう。厚みはなく、ほんの10ページもなさそうである。
「え〜、それでは最後の質問ですね。あなた方はカセイロンをご存知ですか?」
いまいち容量をえない質問に、私は首を傾げる。
「いえ、知りませんね。……有名な、食べ物、ですか?それとも鉱石の名前?」
思い当たるだけ言ってみたもの、
「ご存知でないなら、問題ありませんよ。では、こちらバッジのお返しと許可証になります」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いえ、それが仕事ですからね」
そう言って、彼は笑った。
いろいろなことを聞かれたけど、無事に許可証を手に入れられたことに安心する。バッジはもう一度ティアにつけ直してもらい、許可証はなくさないようにアイテムボックスへ。
「これでやっと行けるのか……。行くのは明日でいいかな」
「はい。私、お腹すきました」
「そうだった、お昼もまだ食べてないんだった」
私たち役所を出て、腹が減っては戦はできぬ、とばかりに空いた腹に昼食を掻き込んだ。
追記しておくと、その日の夜、宿ではトイレが混み合っていた。