第1話 鉱石泥棒
「ここが傭兵団⋯⋯?」
目の前に小学校の敷地面積ほどの広大な土地を保有する傭兵団のテレベーテ支部がある。入り口は西洋の決闘の際に画面の端に映っていそうな扉があり、進んだ先には受付が3か所あった。どこの受付でも問題ないらしく、全て同じ業務を担当しているのだとか。
日本のように、細かく分けられていないから随分とわかりやすい。
そして、キンガリー隊の3人組は今日は休暇にするようで、フェクトリーさんは仕事に行き、私とティアの二人だけでここに来ている。
「ようこそいらっしゃいました」
受付の20代と思しき男性が目を伏せるように礼をする。
「今日はどういったご用件で?」
男性が私とティアを観察するように見る。今は魔法職の装備を着用していて、ティアにはLANK1の平器の装備を着用させている。もちろん、私のアイテムボックスで眠っていた”いつか友達が新規プレイをする時のためにプレゼントする装備”だ。
今日、皆が起きるより早く起床することが出来たので、私は1人で弓装備と魔法装備の換装がどうなっているのか、を検証した。その結果、両方の装備はステータス画面にある切り替えを押すと自動的に換装されることがわかった。
あの森を出た時からずっと魔法装備のステータス画面だったから、魔法装備で固定されてしまっていたようなのだ。ただ、これはとても便利だ。ステータス画面を開くと言う手間はあるけれど、たったそれだけの行為で弓戦闘と魔法戦闘を切り替えることが可能である、ということなのだから。
けれど、元々着ていた服だけは着替えなくてはならないらしく、女物の下着をつける時はよくわからなくてティアに手伝って貰うこととなった。お風呂に入るときは脱ぐだけだったので、特に問題はなかった。
今着ている服はティーゼさんからお古を貰ったもので、私のものと言える服は最初に着ていたお姫様の服装しかない。
「今日は登録をしにきました」
私がそう告げると、男性は「やはりそうですか」と言って2枚の紙を取り出す。机の下から取り出された2枚の紙は同じ内容で、私とティアの二人分だということがわかる。
「では、ここに記入をお願いします」
男性が紙を一瞥し、ペンを二つ渡してきた。これで書けということだろう。これも私の髪色を変化させている指輪と同じ魔道具らしく、握ると魔力が若干ながら消耗したことに気付いた。
記入欄は、名前・歳・特技の3つだけで、順にフォルン・16・魔法と記入する。ティアのものを確認させてもらうと、ティア・14・魔法と書かれてあった。
「はい、確かに。⋯⋯記入間違いはありませんか?」
男性が受け取り、私たちにもう一度確認するように、と見せてくる。たった3項目なのに確認が多いなぁ⋯⋯。
「では、登録を完了する前に⋯⋯」
男性が机の下をガサガサと漁りだし、2枚同じ紙を取り出す。それは登録用紙とは違って文字が羅列されていて、何かの説明書きのように見える。
「こちらの内容をご確認ください。それに同意していただけるのであれば、署名した後私に提出をお願いします。ここでは他の方の邪魔となりますので、あちらでお読みください」
男性に言われ、後ろを振り返るとそれなりの列が出来ていた。いつの間に⋯⋯。確かに邪魔になりそうなので、私はティアの手を引いて男性の示した待機スペースのようなところに入る。中には椅子と机があり、ところどころにチラホラと本を見ながらメモを取っている人が多数いた。
入り口からほど近い一角にある二つの椅子が向かい合うように配置された机を占拠し、男性に渡された用紙をティアにゆっくり読むようにと言ってから読み始める。
「傭兵団所属に関する注意事項
1、まず初めに、王族・皇族の方はご登録出来ません。これは、王族・皇族の方が傭兵団に所属し、他国への侵略や謀略を防ぐための制度となっております。また、王族・皇族の方々は新興国家出ない限り、その血に宿る魔力因子が登録されておりますので、ご勝手に登録をされることも出来ないようになっております。
2、続いて、傭兵団に所属するとLANKによって変動するバッジが支給されます。バッジは1つ星から7つ星まであり、7つ星が最も高いLANKとなります。加入当時は実力の有無に関わらず1つ星から始まります。また、新規加入者の方に限りどこかの隊へ仮入隊する形になっております。仮入隊の際はこちらが手続きや入隊場所等を決定させていただきます。
3、続いて、傭兵団からの依頼による死亡に関しては保険金が降ります。あらかじめ受取人を決めて置くことを推奨しており、受取人がいなければ保険金が支払われません。保険金はLANKによって変動するため、詳しくは受付員にご質問ください。また、傭兵団ではなく各人が個々で受けた依頼については、傭兵団は一切関与しません。
4、最後に、傭兵団から依頼報酬が出ることはなく、全て依頼者側との取引となります。依頼の価格設定は依頼者とよく協議した上でお決めください。また、依頼の発注、受注については各傭兵団にある掲示板、もしくは受付までご相談ください。
これらに同意した上で、下にある記入欄へ署名していただくこととなります。
何卒、ご了承ください。
傭兵団テレベーテ支部・支部長ダリアット」
読み終えると、私はどうしようもない無力感に襲われた。
(王族・皇族が登録出来ないってどういうこと?私は⋯⋯入るよね)
新興国家ではなく滅びた国なら大丈夫かもしれないけれど、もし魔力因子という情報があるのであれば、私の正体がばれてしまい騒ぎになる可能性もある。なら⋯⋯登録はしないほうがいいだろう。
私は登録しないことにし、出来ればティアにはしてほしくない。保険金があるとは言え、それだとまるで私は保険金が欲しいと言っているようなものだ。それに、傭兵団側にランダムで隊というものに所属させられるというのは随分と心配だ。期間も設定されていないようだし、時間を無駄にしたくない私にとっては不必要だと考えた。
驚きと言えば、依頼の受注発注は傭兵団がするけれど、全て依頼を受けてから依頼者との協議で報酬を設定する部分だろうか。随分と放任主義だな、と思う。
「フォルン様⋯⋯」
私より少し遅く読み終え、ティアが心配そうにこちらを見つめる。それには救いを差し伸べてほしいと含まれている言い方で、私は迷うことなく頷いた。
「私はしないよ。ティアはどうする?できればしてほしくないけど⋯⋯したいならしたいで遠慮せずに言ってね」
「私は遠慮させていただきます。フォルン様が所属されないのなら、私が所属する意味もないと思います」
ティアはティアで、自分の中に答えでもあったのか口ごもることなく返事をする。躊躇いもなく、本当に私について来てくれるようだ。
傭兵団に登録すると国境を越えることが容易になるため、出来ればしておきたかったけれど、別に全く出来ないというわけではない。ただ、旅人や商人、一般の方々の旅行等と同じ扱いをされるだけらしい。検査は厳しく、時間は余計にかかってしまうけれど、それでも他国へ渡る手段があるのであれば、私としては何の問題もないと判断を下した。
私とティアは署名することなく用紙を先ほどの男性へ持っていく。人が多く、少しの間待たされはしたけれど、それほど遅くはなかった。淀みのないスムーズな動きだったのだ。
「これはお返しします」
「おや、いいのですか?」
「はい。どうやら私たちはやめておいた方がいいようです」
「そうでしたか⋯⋯ところで、支部長よりあなた方を連れて来るようにとの言伝をされたので、少し時間を頂けますか?」
何の話だろう?そう思いながらも即答する。
「わかりました」
「では、ついて来てください」
男性の後をついて行くため、受付へ入るための扉に案内され、そちらから入っていく。ここは職員専用の通路となっているのか、あまり傭兵団の人たちは入らないのか、奇異の視線に晒された。だけど、これから支部長⋯⋯ダリアットという人に会うことを考えると、そんな視線は気にもならなくなる。
どうして私たちを呼んだのか⋯⋯いや、ティアはオマケで私が本命ということもありえるし、その逆もあり得る。両方に用事があるというのはあまり考えないほうがいいだろう。私に興味があるのか、ティアに興味があるのかのどちらかだ。
男性の後をついて行き、私たちは一つの扉の前で止まる。男性が扉を鉄製のノッカーで来訪を知らせると、歴戦の猛者を思わせる声というより、常から事務作業をしているであろう荒事には向いていないような声が入室の許可を告げた。
「失礼します」
男性が扉を開け、一礼してから入っていく。それを見習い真似をすると、ティアも緊張しているのか若干硬くなりながらではあったけれど、きっちりと挨拶は出来たようだ。
「そこに座ってください」
支部長だろう、と思われる眼鏡をかけた人物が私とティアをソファに座らせる。ソファは4人ほど座れそうなほど大きく、机はその前にあり、それを挟んで二つの椅子がある。よくドラマ等で見かける部屋だ。
「あなたは業務に戻ってください」
「わかりました」
男性はダリアットの指示に従って支部長室を出て行く。残された私とティアは顔を見合わせ、同時にダリアットへと視線を移した。すると、ダリアットが手で何かをいじったかと思えば薄い光の膜が私たちを覆った。
「はぁ⋯⋯これで人払いは出来ました」
「どういうことですか?」
怒気を含ませながら言うと、ダリアットは跪く。
「お待ちしておりました。ネヴィル帝国第2王女、フォルン殿下」
その言葉に私は目を瞠る。ティアは驚きのあまり口をパクパクしており、呼吸出来ているか怪しい。念のため背中を軽く数度叩いてやると、落ち着きを取り戻した。
「髪色を変えようと、私にはわかります。その髪はアビルタですね」
「⋯⋯その通りです」
「ああ、申し遅れました。私はネヴィル帝国次期宰相を務める予定だったダリアットです。殿下が生まれて間もない頃に一度拝見させていただきましたが、さぞお美しくなられた。これなら皇帝陛下と皇后陛下もお喜びになられるでしょう」
懐かしみの視線で言われ、私はたじろぐ。幼い頃に見たと言っても、全てが変わっているはずなのに、どうして一目でわかったのだろうか。
「どうして、一目でわかったのですか?」
「それは⋯⋯魔力因子です。現在生きておられる皇族はあなた様しかおりません。非常に遺憾なことではありますが、ビヒティス王国に皇帝の血が入っている者を全て根絶やしにされてしまったのです」
ダリアットは悔しそうな表情で、今にも泣き出しそうな顔で言った。この人はどれだけの忠義をネヴィル帝国に捧げていたのだろうか。私が旗頭となることでこういった人が救われるのなら、元々やる気ではあったけれど、俄然やる気が溢れてくる。
「それでは、早速本題に入りましょう。アビルタに会い、ここにいるということはネヴィル帝国奪還のために動いている⋯⋯と考えてよいのですね?」
それには無言で頷く。
「わかりました。次に向かうところは鉱石がよく採掘されることで有名な【ジェボリック】だと思われますが、そこでは、まだ一般には知られておりませんが鉱石泥棒が出てきます。これまでなかったことなので、何卒ご注意ください」
「わかりました。ご忠告、感謝します。⋯⋯それはそうと、呼び出したのは他にも理由が?」
「いえ。チラっと下の様子を見た時、見かけたのでお呼び出しさせていただきました。目的⋯⋯というほどのものではありませんが、フォルン殿下との顔合わせと鉱石泥棒についてのご報告を、と思った次第です」
「そうでしたか⋯⋯わざわざありがとうございます」
「いえ、臣下として当然でございます。それより、あまり長くなってはいけませんのでそろそろ⋯⋯」
「あ、はい。では、本当にありがとうございました」
私はダリアットに礼を言い、ティアも礼を言う。
私としては戦力をどう集めればいいのかわからなかったため、ダリアットがいるというのは非常に心強い。それに⋯⋯鉱石泥棒。鉱石を奪えないように対策をしたはずなのに、盗まれている。だから忠告してくれたのだ。
素直に感謝しつつ、私たちは傭兵団の建物を出た。
「びっくりしました。まさかダリアット様が次期宰相だったなんて」
「私もだよ。まぁ、情報が手に入ったのはいいことだ。別に【ジェボリック】に行く予定はなかったけど、行ってみるのもいいかもしれないね」
呟き、空を見ると、私の言葉に賛成をしているかのように環の隙間から太陽の光が降り注いだ。
お久しぶりです。
モーニングスター大賞応募に伴い、更新をしました。
傭兵団には入りません。
新章開始です。