第7話 テレベーテ
鉱石の街として有名な、山の麓にある【ジェボリック】という街まではどうやら一つの街を経由しなければならないようだ。彼らに聞いたところ、私たちは今のところ【テレベーテ】と呼ばれる街に向かっているらしい。
当然、私はそのような街は知らない。ゲームではChaptarで出てくる街にしか行かなかったし、行けなかったからだ。例外としてエキストラダンジョンなんてのは行けたけれど。
そのエキストラダンジョンは⋯⋯まぁ、あるんだろうな。と思っている。それはあの裏Chaptarのエリアボス、マナリスがいたことから用意に察することが出来た。
エキストラダンジョンと裏Chaptarは別物で、普通のChaptarの続きが裏であり、エキストラダンジョンは全く別のストーリーが展開されている。強さで言えば、エキストラダンジョンのエリアボスは裏Chaptarのエリアボスより、少し弱いと言ったところだ。
でも、それは裏Chaptar1であるあのマナリスよりかは強い、ということを意味している。それに、マナリスは私の弓と相性がいい。別の敵であれば、例えばエキストラダンジョン【クテルクス神殿】エリアボスのマンティコアであれば、土と風の属性を持っていて、攻撃を食らえば石化と大ブレイク”上昇”を受けてしまう。
防御力と体力が高ければまた別だけど、私は紙装甲なので一撃でも喰らえばどちらかを受けてしまうため、次の攻撃を必ず食らう。それはつまり、HPが0になることを示す。
なら、どうやって倒せばいいのかと言えば、土には水、風には土が強い。だけど、土の属性を持っているから土では攻撃出来ない。そこで、光属性と闇属性が出てくる。この二つは他の属性に対してプラスでもマイナスでもない。その代わり、お互いに対しては属性補正−120%とかいうおかしな数字だ。これがMASTARになると、更に強化されて−200%にまでなる。
「今日はこの辺りでいいだろう」
護衛のリーダーであるキンガリーが停止の合図を出した。まだ日が昇っている内に、テントの設営や食事の準備などをしなければならないらしい。それから、便利なことに魔物・獣避けの魔道具と呼ばれるものがあるらしく、不寝番はしなくてもいいとのことだ。
これはありがたいことだ。まだ小さなティアを不寝番にさせたくないし、私自身も不寝番なんてやりたくない。いざとなれば罠を仕掛ければいいだけなのだけど。
「そっち持ってくれー」
「はーい」
テントの設営は次々と済んでいき、ちょっとしたキャンプみたいで楽しみになってきた。
私は日本にいた頃は料理をしていたので、今回の夕食を請け負うことにしている。ティアも手伝ってくれるそうで、ティアには簡単なものを頼んでおいた。
そうやって夕食を済ませた私とティアはこじんまりとしたテントに入る。男の人たちと違って、こちらのテントは少し狭く小さい。だけど、二人で使うのでこれでも余裕がある。
荷物を簡単に纏め⋯⋯と言っても、アイテムボックスがあるから、現在装備している物を脱いでアイテムボックスの装備という欄に収納するだけだ。念のため杖だけは保持している。何かあっても、杖さえあれば魔法が使えて回復が出来るから。
先ほど、弓装備になれるか念じてみたけれど、成ることは出来なかった。一瞬で換装することが出来ないとなると、緊急事態に対応できない可能性が出てくる。まだこの辺りは序盤なので大丈夫だとは思っている。
それに、最悪弓だけ出す、という手もある。
どういうわけか、装備欄が二つあり、弓と魔法で分かれている。魔法の方は今入れたから入っているけれど、弓の方は元から入っていた。
やはり、Chaptar1はチュートリアルだった、ということだろう。これが本来の仕様なのだと納得することにして、ティアを見る。
ティアはティアで、背負っているリュックの中を整理している。その中にはメインが着替えのようだ。
道中、アイテムボックスに入れようか、と尋ねたのだけど、きっぱりと断られてしまった。もし逸れてしまっても大丈夫なように、とのことだった。それは確かに、一理あるので渋々退かざるを得なかったのだ。
「それじゃ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい、フォルン様」
ティアと手を繋ぎながら、私は更けて行く夜のように意識を闇に沈めた。
「フォルン様~起きてください。もうじき出発ですよ」
少し、寝すぎてしまったみたいだ。ティアが起こしてくれていなかったら置いて行かれていた。けれど、それも仕方がない。だって、これだけ安心して眠りにつけたのは久し振り⋯⋯というより、初日以来かもしれない。
「お待たせしました」
テントを片付けて馬車の方に行くと、既に出発の準備が終わっていたので謝罪も済ませて置く。
「いいってことよ。そんじゃ、今日中には【テレベーテ】に着くからな」
その街に行ったら、【ジェボリック】は半日でいけるらしい。なら、別に【テレベーテ】を経由しなくてもいいんじゃないかと思ったのだけど、【ジェボリック】に入るには【テレベーテ】で身分保証書というものを貰わなければならないらしい。
なんでも、鉱山から鉱石がよく取れるので、以前盗みを働く者が大勢出たそうだ。そこで、【テレベーテ】で身分を示す物を用意し、【ジェボリック】の入退場許可証にもなる。この厳重な管理の中、盗みを働く人は流石にいない。
盗難被害がなくなったおかげで、街は更に賑わうこととなり、それに加えて隣街である【テレベーテ】にも必然的に人が集まることから、【テレベーテ】の街並みが一気によくなったそうだ。ただ、治安は悪化の一途を辿っているらしく、スリや盗難に気を付けるようにお触れが出ているのだとか。
どこかを規制するとどこかで爆発するのはどこでも同じのようで、これには呆れるしかない。
そして、道中魔物や獣が出てくることなく案外すんなりと【テレベーテ】に着いてしまった。護衛なんて一度もしていないのだけど、本当に報酬を貰ってもいいのか不安になってきた。ティアも同じのようで、私のことを上目遣いで見つめてくる。
どうしたものかと思うが、折角もらえるというのだから貰っておいていいかな、とも思っている。
それにフェクトリーさんは良い人だから、構わず受け取ってくれと言ってくるに違いないので、ここはぐっと抑えるべきだろう。
街の中は人が多く、夕暮れ時ということで店を閉じ始める人も出始めてきた。こうしちゃいられない、早く宿を探さないと。
「あ、ちょっと待って、フォルンちゃん」
カツオという、フェクトリーさんの護衛をしていた3人組の内の1人が私を呼び留めた。
「はい?」
「宿は予約してあるよ。傭兵団を通じて予約してあるんだ」
「傭兵団⋯⋯ですか?」
なんだろう、それは初耳だ。ゲームの中では当然なかったし、過去の設定でもそのような話は書いていなかった。というより、過去の話はどちらかというと神話のような感じだったので書いていなくてもおかしくはないか。
「そうだ。フォルンちゃんは登録してないのか?」
「してないですね~」
まさか、正直に知らないなどとは言えず言葉を濁す。この反応を見るに、常識として知っていなければいけないことだということはわかった。私は一刻も早く、この世界の常識を身に付けないといけないらしい。
「そうか⋯⋯これから登録しにいくか?傭兵団は年中無休でいつでもあいてるから、宿に荷物置いたら行くか」
「わかりました」
「こっちだ」
カツオさんについていき、私たちは一軒家の前で止まった。ここはどう見ても一軒家⋯⋯民家にしかみえない。本当にここであっているのだろうか?そう思いカツオさんを見てみたが、一つ頷き迷いなくその扉についている鉄製のノッカーを叩いて人を呼び出した。
中から出てきたのは恰幅のいい宿屋の女主人と言う言葉が似合う女性で、年齢は30台に差し掛かっているように見える。
明るいうちに着いたとは言え、時刻はじきに19時を指す。時計の機能はマップの左上にあったので、とても役に立っている。おかげさまでこちらでもそれなりに規則正しい生活が出来そうだ。⋯⋯起きられるかどうかは置いといて。
「俺たちは傭兵団のキンガリー隊です。予約していたはずなのですが、合ってますか?」
いつになく優しい声色でカツオさんが言った。豪快な笑いと話し方のイメージしかなかった私とティアは驚きのあまり目を見開き、本当に本人であるか何度見もしてしまう。途中どこかで入れ替わったのではないかと思うほどの変わり様だ。
そこへポンポンと肩を叩かれ、振り向いてみるとキンガリーさんとケネディさんがいた。その顔はしてやったり、と言う悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべている。
「ああ!待ってたよ!さあ、おあがり!」
張りの良い声で招き入れられ、家の中をジロジロと観察してしまう。
この街は石造りの家が主流みたいで、ティアの実家のような木造の家ではない。それがとても新鮮に感じる。日本でも、石造りに見せかけているような家は多数あったけれど、石だけで作った家なんてのは無かった気がする。
強いてあげるとすれば、お城の外壁とかだろうか。
何はともあれ、私たちは無事に宿の食事にありつけたのだった。
風呂は大きいらしく、5人が同時に入っても問題ないほどの大きさらしい。なので、私はティアを連れだって、寝間着となりそうな装備と、女将さんから渡されたタオルを持って風呂に向かった。
すると、先客がいたようで脱衣所には一つの女の子の服がある。これはティアと同じ年頃のものだろう。ティアは隣にいるので、違う。となれば、他の宿泊客?いや、それはないか。宿として扱っている部屋は私たちが貸し切りにしているはずだ。
となれば、答えは一つしかない。従業員、もしくは女将さんの家族。
このどちらかの可能性が限りなく高い。
服を脱いで中に入ると、湯気が立ち上り視界が真っ白に染まる。体を洗う場所は2か所あって、先客の子は既に湯船に浸かっているみたいで、ちょうどよかった。
私は自分の体をまじまじと見つめる。今日までずっと、こうして体を見ることなんてなかった。違和感は多少あったものの、尿意や便意も問題なく対処出来たので、この体が馴染んでいる証拠だ。
胸はそれほど大きくなく、とても柔らかい。変な声が出そうになるのを我慢し、まぁ、たぶんBくらいだと思う。そして、下半身に指が伸びる。そこは童貞だった私にとって未知の領域。
指を這わせ、すると、力が抜けて行く。まるで催眠術にかかってみたいに。
「フォルン様⋯⋯?」
声がして、隣を見てみると、いつの間にか体を洗い終えたティアがおかしなものを見るかのような目で私を見ていた。
違うんだ。
これは誤解なんだ。
ティア、今のは全て忘れるんだ。
「なんでもないよ。ほら、湯船に浸かっておいで」
「⋯⋯はい」
どこか府に落ちないという顔をして湯船の方に行く。ティアを見送り、危なかった、と安堵する。湯気がこれだけ出ていなければ、間違いなくばれていただろう。もちろん湯気がなかったのならこんなことしてはいない。
だけど、やはり気になる。
ここは男にとって未知が詰まった場所だ。
今度は体を洗っている振りをしながら、そこを慎重に調べて行った。
そうして夜は更け、いつの間にか湯あたりを起こして倒れていたらしく、気付いた時にはバスタオルに巻かれた状態でリビングで寝かされ、周囲には護衛3人とフェクトリーさんが心配そうに、そして変態的な目をしていた。
気付いたときにはもう時既に遅く、私は彼らに⋯⋯。
「フォルン様⋯⋯やりすぎです」
「やっぱり⋯⋯?」
「はい。もう少し手加減してくれないと、女将さんが大変です!」
あ、そっちなのね。
私の何も上げていない腕力でレベル補正に任せて彼らの股間を思いっきり蹴ってやったところ、変な感触が伝わったかと思えば白目をして地面に倒れてしまったのだ。私はけして悪くない。男の象徴はつぶれていないのだから、安心してほしい。
切実にそう思った。
「あ⋯⋯傭兵団に行くの忘れてた⋯⋯」
それに気付いたのは布団に潜ってからで、カツオさんたちは全員白目をむいて寝てしまっていたので行けなかった。