第5話 死者蘇生
今回ガチ戦闘を挟んでいます。
手早くポイズンルーツ他100匹程度の敵を殲滅する。ティアは魔法を使い続けていたので、恐らくMPがすっからかんだと思われる。それでも瓶を何度か煽っているので、MP回復でもしているのではないかと考察していた。
彼女の手に収まっている瓶の形状は下級MPポーションに酷似している。確かゲームの序盤、それもNORMALのChaptar1でしか使わないような代物だ。実際今はその最中だからいいのだけど、次の段階に入ったら役に立たないだろう。
「ティア、ここで一夜明かしてから森を出ようか」
空を仰げば夕暮れが迫ってきている。今から森の外に出るのは、日の出ている内には辿り着くことは不可能に違いない。そう判断を下し、ティアにこの場で野宿を提案する。
「えぇっ!?ここで寝るのですか!⋯⋯いえ、フォルン様が言うのであればいいのです。はい」
ティアは遠い目をしながらぶつぶつとうわ言を言っているようだ。大丈夫だろうか?けれど、確かめたいこともあるので、この場に留まらなければならない。夕暮れでなければ他の言い訳を考えないといけなかったはずだから、こればかりは感謝する。
私の気になっていることとはズバリ、エリアボスが復活するかどうかである。復活するのであれば、またパワーレベリングが出来る。ただし初心者に限るけれど。それでもないよりはマシ、と言った扱いになるはずだ。あの里の者たちのレベリングとしてもいいだろう。
ただ、復活しなかったら?ゲームでは再起動しなければ復活することはなかった。なら、この世界での再起動とはなんだ?それは、死を意味するのではないか?到底死ぬなんて選択肢を選ぶことはできない。
とりあえず、寝ている間に何かあっては困るので罠を仕掛けて置くことを忘れない。何がいいかな、とスキルを思い浮かべていると、ちょうどいいスキルを見つけた。そのスキルは【火柱】。半径5m以内に敵が近づくとその範囲が燃え上がるのである。
スキルレベルは当然Max。そこに28が加わり48なため、正直ここのエリアボス程度なら倒せる火力がある。即死罠ではなかったのだけど⋯⋯復活しない確率のほうが高いと思っているから、あまり気にしなくてもいいかもしれない。
朝起きると、罠には何もかかっていなかった。ティアはまだ寝ているようで、昨日の夜の駄々が嘘みたいだ。昨晩、寝る直前になって隣で寝たいだとか抱きしめてほしいだとか言ってきたので、言う通りにしておいた。結果、私の方が少し寝不足だ。
「ふぁ~」
大きな欠伸が漏れ出ることを防げず、手を広げて口を抑え無理やり覆う。罠は正常に機能するのか、気になったので一匹くらい魔物か獣を連れて来よう。ついでに獣なら調理して食べることが出来るから、獣を探そう。
スキル【スピード】を発動し、MPの減少を感じながらも足が軽くなったような気がする。いや、実際軽くなっているのだ。【スピード】は移動速度を200%まで引き上げることが出来るスキルなのだ。そのため、装備による移動速度の底上げはある程度の範囲に抑えている。
森の中を疾駆する。視界が揺れ、目を瞬いた時には全く別の風景に早変わりした。高速で移動する私のマップに赤い点が無数に散りばめられている。その内の一つ、おそらくこの群れから逸れたと思われる一匹に向かう。
それは小熊だった。見るからに魔物ではない獣。その小熊と一瞬、視線が交錯する。マズイ、逃げられる!そう思った瞬間に次の行動をとった。小熊に向かって急速接近し、その首にそこらへんの蔓で作った縄を巻いた。
少々残酷だとは思うけれど、仕方のない犠牲である。私はいかなる罰でも受けよう。とは言うものの、元々敵である。
案外遠くに来すぎてしまったかもしれない。ティアの反応がマップにないため、相当離れてしまっている。あの罠の外に出ていなければ大丈夫だろう。しかし、出ないとも限らない。今のところ火柱が上がっている場所はないため、問題ないだろう。
私はMPを3消費して【スピード】を発動し、小熊を抱えながら木々の隙間を縫うように駆け抜ける。その速さは⋯⋯言葉では言い表せない。とにかく速いの一言に尽きる。
ゲームではこのように敵を抱えるなんてことは出来なかったので、新感覚のゲームをしているかの気分に浸された。けれどそれは間違いであり、ここは今の私にとって本物の世界なのだと叩きこまれた。
その光景を見ることによって。
「ん⋯⋯?」
違和感に気付いたのはあと少しでマップ内にティアが入るかな、と言うところだった。そして、違和感は確信に変わる。近づいて行くに連れて赤の点が複数現れ始め、その中央には緑の点。
なんてことだッ!
どうして罠は働いていない!?
いや、そもそも、どうしてティアを連れて行かなかった⋯⋯!
けれど、今更悔やんでも栓のないことである。
私は咄嗟に小熊を手放した。小熊は慣性で空中を浮いていたけれど、次第に沈んでいき数秒後には地面を転がり、見るも無残な姿となっている。それをやった張本人でありながらなんとも思わない自分に対しても違和感を感じる。
何かがおかしい。
こんなことをすれば、良心が痛むはずだ。
なのにどうして何も感じないのか⋯⋯。
「考えるのは後⋯⋯!」
今はティアを救出することが先決である。それは揺るぎないことであり、尚且つここで助け出さなければ私は、自分自身を許せないだろう。自分を許すという保身のために、私は森の中を疾駆した。
もっと速く、速く、速く。そう思って足を前に踏み出す。けれど、移動速度は200%の最大値であり、これ以上の速度はない。システム的にはこれが最高速度であり越えられない壁。
まだ視界に入ったばかりで、だけどもうじきに到着する。そんな時だった。
ティアは魔法を使い続け、疲れているのか、マナエリクサーを使わない。どうしたんだ?それだけの敵なら、魔法を使い続けてMPが必ず枯渇する。ならば飲むはずだ。飲まないわけがない。飲まない理由⋯⋯それは。
「まさか、手持ちがなくなった?」
何故言わなかった!そう怒鳴りたい気持ちを押さえつける。私が気付いていればこんなことにはならなかったのだから。全ての元凶は、私自身。
許せない。
許せない過ちを犯した。
それを許すには、ティアを助ける他、ない。
結局は我が身欲しさなのだ。おそらくこの世界で一番強い人間であると自負していても、精神は未熟で、誰よりも弱い。今あそこで戦っているティアは既に地面にペタリと膝をつき全てを諦め、達観した表情だ。
そして、彼女が喰われる。
文字通り、喰われた。
あの敵は⋯⋯なんだ?あんなのここにいたか⋯⋯いや、まさか。そんなはずはないッ!
ないとは言い切れない、かもしれない。でも、それを受け入れたくない。それはだって、まだまだ先の事だったはずだ。だけど、それは、今まさに目の前にいる。
私は無数の雑魚を【連鎖】と【3連射】で即死させ、それを食らったにも関わらず反応を見せない余裕の表情の敵を見る。その敵の気はこの物語のスタート地点では見ることがない。
そう、数年後、人類すべての敵になるはずだった、宙に浮くその体は小さくも内包する力は凄まじく手は長い。頭⋯⋯と言っていいのかわからないが頭部は丸みを帯び、下半身は幽霊のように煙に巻かれている。これは、マナリスだ。
何故、どうして。
そんなことはどうでもいい。ティアを返せ。ティアは、あの子は最後まで私のことを呼んでくれていた。例え喉元を食いちぎられようとも、最後まで助けを求めた。それに答えられなかった自分が腹立たしい。
せめて、こいつだけでも倒さなければ、気が収まらない。
「Lv.90ね。そりゃ、通りで強いわけだ」
即座に【連鎖】を打ち消し【スピード】をかけなおす。こういったサポート系のスキルは一つしかかけられない。よって、複数敵ではない、単体の敵である今の状況においては移動速度が物をいう。
私は完全な戦闘態勢に入る。すると、完全装備が虚空から現れ私の体に巻き付くように装着されていった。それを確認したかのように、まるで待っていたと言わんばかりにマナリスが力を吐き出し始めた。マナリスとの戦闘において、最重要なのは周りにいる雑魚敵を最優先に殲滅することだ。マナリスのこの気を浴びると狂化状態になり、ステータスが2倍から10倍にランダムで跳ね上がる。
【2連射】【2連射】【2連射】⋯⋯
私の戦い方は基本的に【2連射】のヒットアンドアウェイの連続攻撃。これが基本であり最大の攻撃でもある。2連射は無属性の攻撃。つまり、何者にも染まる攻撃。その意味するところは、装備に関係してくる。装備にある追加攻撃力”属性”が影響してくるのだ。
これこそが弓の唯一の長所と言ってもいいだろう。
【2連射】の1射目、マナリスに命中し追加攻撃力”土”が効果を現し石化する。その効果は約2秒間。その2秒の内に3射が撃ち込まれた。
マナリスが怒りの表情を作り、こちらに攻撃しようと手を振りあげた。だけど、その手は振り下ろされない。いや、振り下ろせないのだ。
5射目がマナリスに命中し、追加攻撃力”水”が効果を現し氷化する。この効果は石化よりも長い約3秒。その間に4射も撃ちこむことが出来る。
マナリスが腕を振り下ろし⋯⋯そして上空へ舞い上がった。
10射目である。その攻撃は追加攻撃力”風”を帯びていた。その効果は大ブレイク”上昇”であり、ブレイクと呼ばれる攻撃を撃ちこまれる度に溜まっていくゲージのようなもの。それが3度撃ちこまれるとブレイクという現象になり、最後に受けた攻撃によってブレイク時の動きが変わってくる。
この場合は非常に運がいい。ブレイク時に大ブレイク”上昇”が来る確率は極めて低いのだ。
上昇とはその名の通り、上空へ撃ちだされる。滞空時間およそ2秒。そして、地面に叩きつけられ1バウンドするまで約1,5秒。更に1バウンドし、マナリスが起き上がろうとした瞬間に至るまで合計約5秒。その間に叩き込んだ攻撃数は7回である。ここまでで17射。
そして、18射目が起き上がろうとしたマナリスに衝突し、ひよこが生まれる。このエフェクトは追加攻撃力”光”の効果、気絶。気絶状態は長い。それはもう長い。これはチャンスだ。
一番威力の高いスキル【溜め撃ち】を発動。
これは発動までに1,5秒もかかる。そして着弾するまで0,5秒の計2秒。
しかし、威力は攻撃スキルの中でも最強である。【溜め撃ち】は攻撃力+920%であり、【2連射】と比べればその違いが分かる。【2連射】の一つ一つは攻撃力+125%だ。そして、2秒の間に打てるのは3,4発。なら、【溜め撃ち】を連発すればいいじゃないか。
それは愚考であると言わざるを得ない。
【溜め撃ち】も無属性ではあるけれど、手数が少ないため状態異常に陥らせられるかわからない。つまり、手数を増やし状態異常にした時に放つスキルなのだ。こうして安全圏を渡る。
敵マナリスのHP残り残量は約8割。これでもまだ2割しか削れていない。本当につまらないただの作業ゲーの戦いは始まったばかりである。
気絶から復活したマナリスはHPが削られていることに気付く。そして憤怒の表情に変わった。起き上がり、そして今度は自分の体の前に球体を作り出した。
これは魔法かっ!
咄嗟に【緊急回避】を使用し、けれどその魔法は体に着弾する。しかし⋯⋯
「ゲームと同じ、か」
そう、ゲームと同じ。つまり、緊急回避中である約2秒間は無敵状態。とは言え、これだけのスキルを連続で使えるわけがなく、スキルクールタイムが2秒設定されている。これでも短くなった方なのだ。スキルLv.Maxでさえクールタイムは5秒。そこから更に28Lv.上昇し3秒も縮めた。
このタイプのマナリスの攻撃感覚は長い。2秒もあれば、十分だ。
【2連射】
更に先ほどと同じことを繰り返していく。時には追加攻撃力”闇”の効果である毒に侵し、そのHPをじわりじわりと確実に削っていった。
そんなつまらない戦闘の末、ようやく残り2割となりレッドゾーンへ食い込む。刹那、マナリスが爆ぜた。
マナリスはレッドゾーンへ入り込むと一回り大きくなり、攻撃力と素早さが1段階上昇する仕様になっている。幸い、攻撃速度はそのままだ。
【アイスアロー】
確実に動きを止めるため、そして、レッドゾーンへ入ったマナリスだからこそ起こせる現象に賭ける。
そのスキルを放つとこれまでより少し多めのMPが持っていかれた。とはいっても10にも届かない。そして、着弾。予定通り氷化し、その時間は約3秒。
【溜め撃ち】
2秒の間を置いて、新たな無属性の矢が、弓職業中最大攻撃力を誇るスキルが狂化したマナリスへと向かい命中した。すると、パキンッと音が鳴りマナリスに亀裂が入る。その亀裂は瞬時に全体に広がってマナリスそのものを砕け散らせた。
これこそが、私の狙っていた現象。
石化や氷化している時にのみ発現する、極めて低い確率で起こる出来事。
雑魚敵であれば、レッドゾーンまで待たなくとも、それこそ【溜め撃ち】を使わずとも【2連射】で砕け散らせることが可能だ。でも、マナリスは違う。あいつらはレッドゾーンに入らないと砕け散らないし、【狙い撃ち】もしくは【溜め撃ち】でしか出来ない。そして【溜め撃ち】の方が爆砕率が高い。
これは威力が関係しているのだと思っている。
「ティア⋯⋯」
彼女は今、体の至る所を欠損し息絶えている。
こんなことしたくはないけれど、それをしなければならない。
私が意識的にしなくても、Chaptarによって遂行されるだろう。
それなら自分の意思でやった方がまだマシである。
私は魔法装備に身を整え治し、【神器・怨嗟ノ声】をティアに優しく当てる。
そして、協力プレイでしか使えないスキル【魂の呼び声】を使用した。その効果はすぐに現れ、ティアを優しく包み込む。光が収束し、ティアの体には肉付きが戻り、苦しそうな吐息が漏れた。——目覚めは近い。
「ぅ、ん⋯⋯?フォルン様⋯⋯、どうして泣いているのですか?」
このスキル【魂の呼び声】は見ての通り、死者を呼び戻すための魔法。死者を冒涜する行為、死者蘇生。私はそれを、私自身の過ちの全てを擦り付けるかのように使ってしまった。使ってはいけないと、ずっと思っていたものだ。けれど、想像以上に早く出番がやってきてしまった。
「ん、なんでもないよ。それより体調はどう?」
見た感じ、外傷はもうない。気になるところと言えば⋯⋯周囲の惨状を見てもコテリと首を傾げているところのみ。それは即ち、死ぬ前の記憶が曖昧でありおぼろげであり覚えていないということである。
他にも代償があるかもしれない。私の知らない何かが。
でも⋯⋯、このスキルの確認が出来たことはよかったと思うべきなのか。
私の心は既に凪いでいた。
評価ありがとうございます。