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やっと出尽くしました。


ちょっと長いです

 ピピピピピ!ピピピピピ!


「ううん……」


 目覚ましに起こされ、寝ぼけ気味の頭を抱えて起き上がる。

 視界に流れ落ちるのは真っ黒な髪の毛、一瞬期待してしまったが下を見ればシャツを押し上げる二つの山がこれでもかというぐらい自己主張していた。残念ながらまだ女のままか。

 鏡へ向かい確認すれば、気だるげな瞳に異常なまでの長身、そして長い濡れ羽色の髪の毛。よかった、レパートリーは7つで終りらしい。それでも十分多いが。

 というか、前よりも背が伸びている気がする。鏡もかなり屈まなければ顔が映らないし、天井が異常に低く感じる。

 成長期はもう終わったはずなんだが……いや、実はこの状態ではまだ成長期だったりするのだろうか?

 いつもより低い場所にあることに苦労しながら、何とか朝食を作り食べる。

 トーストにハムをのせただけだで少しだけ足りないような気がするが無視できる程度、これほど体がでかいのだからもっと必要なんじゃないかと思ったがそんなに必要はないみたいだ。

 逆に【天使】の時はなんであんなに必要だったのだろうか、やっぱり胸か?それでもあまり大きさ自体は今の状態と変わらない気がするんだけどなあ。

 箪笥を開けてみると、今度はちゃんとブラも入っており服も多少変化していた。デザインもそうだがサイズも全てとんでもない数のXがついたサイズへと変わっている。3Lなんて初めて見た。


「どうでもいいところばかり準備がいいんだよなあ」


 そこまで複雑な構造でもなかったのでパパッと身につけて鏡で確認すると、今度のテーマはクール系らしい。ただどうにもこの体の雰囲気がぼんやりしているので微妙に合ってない気もする。ギャップ萌えなら狙えるだろうか?


「……あれ?」


 髪をかきあげたときに、手首に刻印が入っているのが見えた。

 おかしいな、確か黒髪状態は舌だったはずじゃなかったか?

 舌を出して鏡を見ても、ピンク色の健康な舌が見えるだけでありバッテンマークなんて欠片も残っていなかった。


「移動したのかな?」


 爪でかりかりと舌を掻いても隠れた刻印がでてくるということはなく、手首も刻印が消えるということも無い。刻印が変わったてことは、何か変わったのかな?

 そうはいうが目に見えて異形化しているということはない。強いて言うなら身長が伸びたかなというぐらいだ。


「……それだけなはずがないよねー」


 昨日もなんだかんだでうやむやになってしまったが、霊を見るという新たな異能を発見している。

 仮に変身パターンが七種類としても、他五種類が何らかの力を身につけているのにこの姿だけが例外とは考えづらい。

 だが、【人狼】みたいに何かの知識が思い浮かぶことも【死神】や【械姫】みたいに奇天烈な姿もしておらず、【天使】のような特徴的な異能も無い。うむ、さっぱり予想がつかない。

 というか深く考えすぎたら頭がくらくらしてきた、いかん知恵熱かもしれん。

 とにかく、今最もやらなければいけないことを思い出すんだ俺。

 数十秒ほど熟考して、ようやく俺は思いついた。


「大学行かなきゃ」


 難しいことは後回し。というか一番やばいのは出席日数である。


         *


 おかしい。


 出発時間はいつもと一緒、天気が怪しいので徒歩だが普通に歩けば十分前には確実につく時間。

 なのに到着時間は講義開始十分オーバー。

 なぜかと聞きたくなるが、理由はわかっている。

 この体、異常に足が遅い。

 牛歩どころか亀歩といってもいいレベル、身長が高いと言うことは歩幅が大きいということで普通ならもっと速くなるはずなのに何かに押さえつけられるように足が動かない。

 というか、速く歩こうとすると足から力が抜ける。今回、目立つし遅いしで全く良いことが無い。一番最初の時コンビ二までの足取りが重かったのは気のせいじゃなかったのか。

 驚いた顔で二度見してくる教授を無視して、一番後ろの席に着く。流石にこの身長で前に行くわけにはいかない。

 学生の性質からして、前の席にはまじめな生徒、後ろの席には不真面目な生徒とはよくいったものでほとんどのものが小声でしゃべるかスマホを弄っている―――が、俺を見た瞬間驚いた顔をして凝視してくる。 

 珍しいのはわかるが凝視はやめてほしい。おい、そこの金髪、胸を注視するんじゃない。わかってるぞ。

 わざとらしく咳をするとはっと気がついたかのように一斉に前を見る。おい金髪、お前いい加減にしろや。

 じっと睨んでやると、顔を青くさせて黒板へと顔を背ける。

 その後も、ちらちらと視線を感じながら俺は時間を過ごした。


           *


「でかいな……」


「本当にね……」


 茂は俺の背に対して、伊勢は俺の胸を見てほうと驚く。相も変わらず欲望一直線の奴だ。

 今日の集合場所は喫茶店。

 茂はコーヒーを、伊勢と俺はコーラを頼んでいた。どうでもいいがコーヒーとコーラってなんとなく似てるよな。色とか名前とか。


「目を疑うような奇抜さは無いけど、普通の範疇ではかなり突飛な見た目だな。2メートルぐらいあるんじゃないか?」


「えっと、俺っちが170ちょっとだから……頭二つ分だから2.3メートルぐらい?」


「世界最高身長には届かないぐらいだな」


「届いたら困るんだけど」


 ギネス認定なんかされたら大変なことになってしまう。まあ、異能によるものっぽいから無いとは思うけど。


「まあ、今回のは【巨人】でいいか」


「安直過ぎない?」


「でもよく表してるだろ?それで、今回はどんな特殊異能があるんだ?」


「あるのが前提なんだね……今回のはよくわからないんだよね。今のところ足が遅いっていうデメリットしか見つかってない」


「いつもなら10分前に来るはずなのに遅刻してきたのはそれが原因か。実際どれぐらい遅いんだ?」


「まず走れない感じ。走ろうとすると立つのが限界ぐらいまで力が強制的に抜ける。速く歩こうとしてもおんなじ感じになる」


「それはまた……随分と不便だね」


「たぶんだけど、下手したら中学生よりも遅いかもね」


 ストローを咥えてブクブクとコーラに息を吹き込む。やってらんねえぜまったく。


「ちょっと考えてみたんだけどさ、ハジメっちは異能者なんだよね?」


「まあ、そうだろうね」


 この奇天烈な現象が、異能せいじゃなかったら何だというのか。


「で、異能ってのはよくわかんないけど不思議な現象を起こすことが出来るっていうものなわけだよね」


「何がどう干渉してるのか、どこからエネルギーがでてるのかとか気になるけど、まあそうだな」


「じゃあもしかして、その鈍足ってのは異能の代償ってやつじゃないの?」


「……」


 伊勢の言葉に思わず固まる。


「なにか思いつくこと無い?変身するごとになんか不便なこととか」


 そういわれて考えると、思い当たるものばかりであった。

 例えば今の姿は鈍足、【天使】は過剰な悪への嫌悪、【人狼】の時は解消されない空腹感……【死神】の時の殺人衝動もまさかそうなのであろうか?そういえば、【死神】の時に限って俺は空を飛ぶという異能らしき力を多く使った。そのため代償が積み重なって……


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


「うお、どうした?大声なんか出して」


「ごめん……深く考えたら頭痛くなってきた……」


 風邪も引いていないのに頭がふわふわしてぐるぐる回っている感じがする、それに締め付けられるような頭痛もする。この体、もしかして頭も……いかん疑問を思い浮かべると頭が痛くなる。


「そういえば、漫画とかでは巨人って頭良くないイメージだよね」


「さらっと失礼だなお前。まあ、これでも食って落ち着け」


「う゛う゛う゛、ありがと」


 半分ほどなくなったアップルパイを口に運ぶ。 

 リンゴの甘みとクリームの滑らかさが舌で踊る、うん美味い。脳にほどよく糖分が回ったおかげか、頭痛もだんだんおさまっていく。しばらく何も考えたくない。


「もしかしてこれも代償なんかね?」


「そうかもな。大丈夫か?」


「……だいぶ収まってきた。けど、そういう系の話するならあたしがいない時にして欲しい」


「あ、今回の一人称はあたしなんだね」


「大分重症だな。というか異能は使ってないはずなのに代償はちゃっかり出るのか」


「常時発動型ってやつじゃないの?やっぱり異能者ってのも便利なもんじゃないね」


 机に頭をのせてだれる。沸騰した頭に机がひんやりとして気持ちいい。


「そういえばだが、昨日のからなんか進展あったのかな?」


「昨日のって?」


「あ、復活した。てか覚えてない?昨日の暴動」


 そんなのもあったようななかったような……いかん、ぼんやりしすぎて記憶まで曖昧になってきた。


「それで政府がなんか発表するって……あ、ほらほら今丁度やってるじゃん」


 伊勢が指し示す先には、喫茶店のアンティークな雰囲気には少しかけ離れた最新式の薄型テレビがあった。

 画面の中では、今代の総理が映っていた。


『昨日の暴動は非常に危険なものであり―――』


 なにやら熱弁をふるっているようだが、さっぱり頭に入ってこない。不便すぎるこの体。

 ぼんやりとしていると、再び違和感が頭の中に浮かぶが直ぐに判明した。

 どうやら喫茶店にいる全員がテレビに集中しているようだ。それほど大きな音ではないというのに、この注目率。どうせまた昨日と同じ異能が使われてるんだろうなー。

 うだりながらそう考えていると、にわかに店内が騒がしくなり始めた。

 テレビへ目を向けると、そこにいたのは赤い髪をした少年が炎を操っているところであった。ああ、昨日のを見てなかった人のための実演ね。


『このように、異能と言うの危険なものであります。しかし、ただ否定するだけでなく―――』


 なにやら難しい言葉で解説がなされていくが、ようするに迫害とかしないで有効活用しようぜ。後そのために異能を発現した人は、役所に届け出てね。もし届出しないと面倒なことになっちゃうぞってなことらしい。

 まあ妥当なところだろうな。素直に応じる人間も少ないだろうけど。


「ハジメはどうするんだ?登録するのか?」


「どうしようかなーって思ってる」


 したほうがいいのはわかっている。でも、下手したら不審船事件のこともばれかねない。

 あれの犯人とばれたら、少なくとも今までどおりなんてのは不可能だ。最低でも拘束、最悪問答無用で暗殺なんてのもありえる。

 でも今の頭で誤魔化す方法も思いつくわけも無い。詰んだな、これ。

 せめて【人狼】か【械姫】の時なら誤魔化しようもあった気がするんだけどなー、とことんタイミングが悪い。


「でもしたほうがいいんじゃない?警察に目を……つけられてるね」


「【天使】の時やらかしてるからなー」


「本当にねー」


 そこから探られたら面倒なことになる。重要な情報はごまかせたが、警察に情報があるのに届出が無いとなると痛い腹を探られかねない。

 届け出るしかないのか……


「嫌なの?」


「気は進まない感じ」


「それならさ。別人として登録しちゃったらどう?」


「……どういうこと?」


「あんまりよくないけどさ、ハジメっちの異能の利点ってのは毎回姿が変わる事にあるんだよね。でも届出

したら全部同じ人間ってことがばれちゃう。そうすると、その特異性が生かせない。なら、全員別人として登録しちゃえばいいんじゃない?」


「それは無理じゃないか?名前とか照合されたら一発でばれるだろ」


「そこはまあ……なんとか偽名で突き通して」


「身分証明となるものの提示求められたらどうするんだよ。顔写真変わってても他の情報は一切変化してないんだろ?」


「ええ、ああ、それはその……」


 徐々に言葉が詰まっていく伊勢。本人もあんまり本気で考えずに言ったんだろうな。

 ぐだぐだしていてもしょうがないので、俺の分の代金を置いて立ち上がる。


「とりあえず全部話してくるよ。今の頭じゃ言い訳なんて思いつかないし」


「えー、もったいない」


「もったいないじゃねえだろ。それじゃあまた明日な、ハジメ」


「じゃあねー」


 のんびりと歩みを進めて役所を目指す。

 少し遠いので電車に乗ろうとしたが、猛烈に嫌な予感がしたので直で役所へと向かう。

 前なら何故とかそういうのも思ったんだろうが、頭が猛烈にボイコットをしているので思考すら許されない。早く終わらせて寝たい。

 歩みが遅いせいで日が沈みかけになってしまったが、それでもなんとか営業時間内に到着することが出来た。

 役所に入ると全員がぎょっとこちらを見るがもう慣れたもの、気にせず受付へ向かう。


「あの、すいません」


「へ?あ、はい、あの番号札……」


「異能者の登録ってここで大丈夫ですか?」


「をとって………へっ?」


 俺の言葉に、一瞬だけ空気が固まった。あれ、違った?

 受付の女性はしばらく硬直していたが、時間が経つことにつれ俺の言葉を理解したのか顔を青くさせながら冷や汗を垂らし始める。なんでここまで怯えられてるんだろ。


「も、もうしわけございません。もう一度お願いできますか」


「いやだから、異能者登録ってここで……」


「す、少しお待ちください!」


 受付の女性は腰が引けながらも、全力で奥へと走っていった。話している内容が聞こえたのか、周囲の人間も後ずさり、俺を中心として円ができあがる。俺怖がられすぎじゃね?まだ何もしてないよ?

 数分ほど針の筵状態でぼんやりしていると、奥から慌てた様子でぽっちゃり気味の中年の男が走ってくる。確かこの人は市長だったけな?あんまり思い出せない。


「お待たせしました。別室で話を聞きますので」


「わかりました」


 市長に連れられて、別室へと移動する。役所の奥など、滅多に入る場所ではないので少し新鮮な感じだ。ただやっぱり少し散らかってる感じはするのはどこでも共通なんだな。

 場所が上の階なのかエレベーターに乗るように勧められるが、直感がやめておけというので遠慮させてもらう。すると市長は若干絶望した表情になったが、直ぐに取り直して階段を登り始める。絶望するほど運動したくないのか。確かに八階登るのは結構きついがそれぐらいは運動しろよ中年。

 市長のペースに合わせてのんびりと登り、目的地へと到着する。市長執務室でやるのか。


「ぜえぜえ……ど、どうぞ」


「……大丈夫ですか?」


「お、お気になさらず。それでは係りの者をお呼びしますので、ソファーに座ってお待ちください。お茶はテーブルにおいてあるのをお好きに飲んでください。それでは失礼します!」


 市長はそれだけ言い残してダッシュで去っていった。


「なーんか寂しいな」


 異能持ちってことで恐れられるってのもわかるけど、ここまで露骨にやられるとなー。

 テーブルの上においてあるポットからお茶を入れて机の上においてあったせんべいを咥える。あ、これしけってる。有名メーカーのやつなのにもったいない。

 そういえば異能者登録ってことだがなに聞かれるんだろか。ぶっちゃけると自分でも異能の詳細なんてわかんないから聞かれてもしょうがないんだけどな。あれかな、鑑定系の異能持ちでもいるんかな?

 あれ、そう考えるともしかして俺ってフライング?


「やっちゃったかなー」


「なにがですか?」


 俺の呟きに、少女の声が問いかけてくる。

 入り口のほうを見ると、そこにはピンク色の髪の毛に触角が生えた頭が……って!

 なんでこいつがいるんだよ!お前昨日東京にいたはずだろ!


「あ、どうも」


 驚愕とは別に、俺の体はいたって平静でいた。

 それがつまらなかったのか、ピンク髪は不満そうに頬を膨らませる。


「反応薄いですね。初見の人ならもうちょっと面白い反応が返ってくるんですけど」


「赤い髪がいるならピンクもそう珍しいものではないのでは?と」


 俺なんて既に黒、白、金、茶、紅、銀、翠色を見てるからな。


「ふーん、まあいいです。それにしても随分と早い登録ですね。普通ならもっと悩むと思うんですけど」


「どうせ隠してもばれそうですからね、下手にかんくぐられるよりはいいかなっと」


「そうですか。まあ、こちらとしても素直に登録されてくれるってなら感謝です。それじゃあさっさと登録

しちゃいましょうか」


 いよいよ始まった。さて、なんて答えようか……

 ピンク髪はカバンの中からそれなりに分厚さをもった書類を取り出す。もしかしてあれ全部答えるなんてことはないよな?やめてくれよ、集中力切れて絶対ごまかしがきかなくなる。


「時間は二時間から三時間ぐらいはかかると思ってください。場合によってはそれ以上かかる場合もあるの

でご了承を」


 現実は無情。


「はい、大丈夫です」


 ……あれ?


「それじゃあ始めますね。お名前とご住所と職業を」


千条(せんじょう)千木(せんぼく)。住所はF県……で、無職」


 あれ?口が勝手に動く。千条千木ってだれだよ。というか、俺学生だから。無職じゃないから。

 しかし、俺の意思に反して口は勝手に虚実の言葉を紡いでいく。


「それでは異能はどんなものを?」


「わかりません」


「……異能がわかったから登録にきたのではないのですか?騙りですか?」


「異能っぽいのがあることがわかったからきたんですけど、詳細はさっぱりです」


「それじゃあ、何か特殊な現象は起きていませんか?明らかに現実ではありえない現象とか」


「足が遅くなりました」


 ピンク髪は頭を抱え始めた。おい、気持ちはわかるけど本人を目の前にしてやるのはやめろ。


「そ、それはあなたの体的な問題ではないのですか?」


「いや、速く歩こうとしたり走ろうとしたりすると力が抜ける感じで、どうにもこれはおかしいかなと。背も急に伸びましたし」


「……こちらでは判別がつきにくいですね。身長はどれくらい伸びましたか?」


「だいたい四十センチぐらいですかね?」


「ふむ、それなら……マイナスの異能なんてあるのか……本当のことだよね?」


 ぼそぼそ疑問の声を呟きながらも、種類の欄次々に埋められていく。

 ごめんなさい、俺の話してる内容それぐらいしか本当のこと無いんです。後全部嘘です、俺が言ってるわけじゃなくて俺の体がいってることだけど。

 あれ?それって結局俺が言ってることになるんじゃね?

 その後もしばらく質疑応答が続いたが、全ての質問に対して勝手に答えてしまいピンク髪も深く追求もしないので一時間も立たないうちに終了してしまった。


「これで登録は終了です。最後にですが……不審船の事件について知っていますか?」


 やっぱり来たか。


「ニュースで報道された内容ぐらいには」


「それでは不審船事件についてどう思いましたか?」


「大変なことになってきたな、と」


「……」


 なるべく平静を保って答えたつもりであったが、ピンク髪は無言でこちらを見つめ続けるだけ。どうかばれないでくれよ……!

 時計の針の音が嫌に大きく聞こえる。心臓の鼓動が徐々に早くなっていくのがわかる。

 どきどきしながら数十秒か、数分かの時間が過ぎるのを感じていると、やっとのことピンク髪は書類へと目を落とした。


「……お時間頂きありがとうございました。異能については研究のため血液や髪の一部をいただくことがありますので、その際に関してはできるだけ引き受けていただけるとありがたいです。もちろん、ご協力いただければそれなりの報酬もお払いいたします。それではどうも、ありがとうございました」


「はい、失礼します」


 ガッツポーズをしたくなるのを押さえ込み、今出せる全力のスピードで部屋から出る。

 もうなんか、本当に疲れた。市役所も大学も遠いし、体(主に口)は勝手に動くし、ピンク髪からは変な風に威圧されるし、というか本当になんでここにいるんだよ。特殊部隊ならこんな田舎じゃなくてもっといくべきところあるだろうに。


「カレー屋でも行くかな」


 夕食を作る気にもなれず、俺は外食することにした。

 一番高い牛すじカレーでも食べて、ストレスでも晴らすか。


          *


「お疲れ様でした、柊様。この後は夕食でも……」


「あ、すいません。この後も予定が詰まってるんで遠慮させてもらいます。それじゃあ市長さん、お疲れ様

です」


 市長の返答も待つことなく、ピンク髪―――柊初美は書類片手に専用車へと乗り込んだ。

 柊初美が乗り込むと同時にドアが自動的に閉められ、振動を感じさせること無くゆっくりと車は走り出しはじめる。

 初美は備えつきの冷蔵庫から瓶のサイダーを取り出すと、直で口をつけて飲み干す。本当ならマナー違反であるが、一人しかいない場所わざわざ守る気はなかった。


「うく、うく……ぷはー!いや、やっぱり仕事終りのサイダーは最高!到着はだいたい二時間後くらいかな……じゃあ、さっさと報告しときますか」


 懐から取り出したスマホでワンコール、ドスのきいた男の声が響き渡った。


『なんだ?』


「せめて誰だくらいは聞いてくれませんか隊長」


『名は画面に出ている。わざわざ問うのも無駄であろう』


「あー、もう突っ込みどころは満載ですがひとまずおいときます。―――【ジャック】の件ですが、発見はで

きませんでした。異能を使って逆探知を試みましたがてんで駄目ですね、反応ゼロです。たぶん逃げられま

した」


『さっさと動かないからだ、無能』


「そこは責めるところじゃなくて慰めに入るのが普通だと思うんですが!?」


『どうせ傷ついてなどいまい。それで、わざわざそれだけ伝えようとしたわけではなかろう』


「……はい、そうです。今日の報道において異能者について発表されたのはご存知ですよね?」


『ふむ、そんなのもあったか。それで?』


「出頭者……というのも変ですね。登録者が現れました」


『それは……早いな』


 困惑した様子が電話越しでもわかる。あの冷徹冷血な男が困惑とは、珍しいこともあったものだと柊は少し感心した。


「普通はもうちょっと躊躇うものだと思うんですけどね。まあ、肝心の異能については微妙でしたが」


『微妙とは?』


「身長が伸びて足が遅くなる、といったものらしいです。母数が少ないのでなんともいえませんが、今のと

ころはじめてのマイナス異能です」


『虚実の類は?』


「嘘発見器的には反応なしです。嘘はなかったので読心はやってませんけど【ジャック】との関連性もなさそうですし、詳しくは後ほど調査書を渡しますのでご確認を。後、気になったんですけどこの調査書どうでもいいとことか重複してる部分が多々見られたんですけどわざとですか?」


『知らん。作ったの【パープル】だ。奴に問え』


「ネガティブ野郎製でしたか……こちらも資料に目を通したが初めてなのは悪かったと思いますが、それでも悪趣味な質問が目立ちました。女性が相手だったのでこちらも気を使いましたよ。後でご再考願います」


『権限は与えてある。副長の権限の範囲内なら好きにしろ』


「かしこまりました。それでは東京へ帰還します」


『ご苦労』


 通話が切れたスマホを放り、ソファーに寝転がる。車にあるものとは思えないほどふわふわのマットレスに沈み込みながら、柊は一人黄昏る。

 隊長は陛下に関すること以外は無関心、同僚は脳筋とネガティブとアホで官僚はしょっちゅう無茶振りしてくるし国内には既に異能者によるグループがいくつも完成していると思われ、隣国の動きも怪しいものばかり。隊長が動かない以上、中間管理職にはしわ寄せしか来ない。


「副長に任命されるからってことに疑問をもってなかったのが不運だったなー……」


 よく考えたら何にも知らない小娘に権限を握らせるってことを許すなんて、どれだけありえないことだったか。そりゃ誰もやりたくないわなこんな板ばさみ。


「私ってこんなキャラじゃないはずだったんだけどなー」


 どっちかというと自由気ままってのが自分のキャラだと思ってた。面倒な仕事は隊長に任せればいいと思ってたが現実は非情だ。

 あれだな、働きありの原理ってやつだなと笑う。

 よく働く蟻だけ集めても、働かない蟻だけ集めても結局働く蟻と働かない蟻にわかれるっていうあれだ。

 元は働かない蟻であった自分も、あの集団の中でキャラを固定させ続けるには無理があった。なにせ、仕事をやらないどころか、できないかそもそも根本的に理解してない奴ばかりなのだから。

 どうせなら働くありの中に入りたかったな、と叶わぬ希望をもちながら柊は放り投げたスマホを手に取る。

 最優先すべきは国内の締め付け、獅子身中の虫なんて冗談じゃない。そのためにはまず東と西で対立を煽ってる他国の工作員をぶっ殺して、浮かれるアホ共に身の程をわからせるしかない。その後は外交は政府に丸投げするしかないだろう。自分達が活動できるのはあくまで国内だけだ。


「みんなみんな、千条さんみたいに素直に届け出てくれればいいんですけどねー」


 口に出していってみたが、そんな願いは叶いっこないことを空しく自覚していた。

 


ちなみに柊が身分証明などの提示を求めなかった理由は、単純に異能を使って判断していたからです。

嘘判別を使っていたので、それに反応が無かった以上求める意味はないと判断しました。

まあ、もちろん効いていませんでしたが……その理由はまた今度。


変身バリエーション

・黒髪→【巨人】←

・白ロリ

・【天使】

・【人狼】

・【死神】

・【械姫】

・翠のじゃ


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